表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/54

第一章20 『好きな人を釣る方法』

 アデリナ・カレリナは幸せな気分でいっぱいだった。当然時間が戻って愛する人にもう一度会えて、もう数週間一緒に暮らしているので、もともと半分キャパオーバー気味で幸せなのだが。

 それでも、今日は格別だ。明日はセリーナとの会談があって苦痛だけど、昨日はついに彼に自分の好意を信じてもらえたのだ。


(いや、でも、まさかそこからだったなんて……)


 最初の数回ならともかく、言動で愛を示したはずなのに、一歩も進んでいなかったとは。

 だからこそ、もっと頑張らねばならない!


「せんせいっ!」


 ばーん、と勢いよく彼の執務室の扉を開いた。

 彼は扉付近に立っていて、急な事だっただろうにもはや驚いてももらえない。


「何だ」


「お菓子を作りました。手作りです。食べてくれませんか?」


「……書類を、取りに行くところだったんだ」


 そそくさ、とヴィクトルは退散しようとする。こういうところは、信じてもらえても変わらない。

 だが、当然この程度でくじけるアデリナではないのだ。


「逃げるんですかっ!? 外務代表! 女の子の、作った、お菓子から!」


「っ……。君の騎士にでも食べさせろ」


「嫌です。好きな人に食べてもらうからこそ意味があるんです」


 たぶん、ヴィクトルはそういうことに理解がない。だから、アデリナが一個一個解説するのである。

 好きな人、という単語が逆効果になったのか、彼はドアノブに手をかけてしまう。


 ――ならば、ダメ押しの一手。

 これさえ言えば、もはや逃げることは不可能だ。


「――『共和とはなにか』」


「!」


 ぴたり、とヴィクトルが手を止めてアデリナを振り返る。両手を後ろに、神妙な顔つきで立つアデリナは、続ける。


「『共和とは、国王のいない国の体制である。その政治は、特定の誰か、または小集団の利益のために動かされず、常に多数の人々のために行われるものである。グラナート共和国は、共和の名を冠する天下唯一の国家である。その政治は、誰のためのものか。元老院か。高位貴族か。それとも、大公家なのか。どちらにせよ、グラナートの政治は、両手で数えられるだけの人数が、両手両足で数えられる人数のために、行っている』」


 固まっているヴィクトルをよそに、アデリナは大きく息を吸って、


「『――私はそれを、弾劾する』」


 その言葉を、口にした。

 しぃんと、やけに長いような、でも実際は数秒にも満たない沈黙が、室内を満たした。

 その沈黙を打破したのは、ヴィクトルの方だった。


「何故、それを……その本は、出回るのを禁止されているはずだ」


「ご存知の通りカレリナは治外法権なので、少量ですが出回ってます。そしてわたしはカレリナの娘で、外務代表で、次期当主です」


「……そうか。読んだんだな」


「記憶するくらいに! わたしが貴方を先生と呼ぶ理由は、これです。わたしより考え方がずっとずっと先進的です。『共和とはなにか』、良い本です」


 『共和とはなにか』。

 一年革命の前後で、ヴィクトルが書いた本だ。内容は、彼の『共和論』について。アデリナが暗唱したのは、その序章である。

 今は純粋に禁書になっているが、カレリナでは逆に密かに人気だ。

 そもそもあの革命は当初割と多くの人が賛成だったのだ。カレリナも、そうだった。


 アデリナは目を輝かせて褒めたが、当の本人はなんだかわたわたしている感じだ。

 まさか感謝の言葉を口にするのが難しく、だけれど言うべきだと葛藤しているとはアデリナも思っていない。

 だから、アデリナはふと思いついたことを勢いで畳みかけた。


「――そうです! 発表しちゃいけないなら、温めておきましょう。膨らませて、完璧な理論を造り上げるのです。いつか出した時に、みんなを唸らせるくらいに。一緒にやりましょうよ、わたしももっとたくさん教えてもらいたいです」


「共和論を、完璧に? 君と?」


「はい! 意見を出し合いましょう、ひとりだと偏りがちですから」


「……確かに。そうだな」


 その後もアデリナとヴィクトルはわいわいと話し込んで、寝る前に執務室に集まり、共和論やその他のことについて考えることに決めたのだった。

 もちろんそうと決まったならば今日から。

 まだ夜にはなっていないが、興が乗った二人はその瞬間から朝方まで喋り続けた。


 ――ただこれは明日になり、不覚にも目の下のクマをセリーナに指摘されてしまうという屈辱に繋がったのだった。


 やはり、良い子は早寝である。

 夜の話し合いはするが、それに時間制限を設けることにした。


 そうして、定例報告に討論会が加えられて。

 それなのに、いつの間にかアデリナが仕事を理由に追い出されることは、なくなっていた。



「あっ、お菓子食べてもらうの忘れちゃった。レナートいる?」


「……いりません。怖い、です」


「何が?」


「……報復……」


「え、どういうこと?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ