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第一章18 『ファンドーリンの一年革命』

 とりあえず尋常ではない状態のヴィクトルを領民の人に託して、アデリナはひとまず暴言(?)を吐いた男を追い出すことにした。

 領民たちの間にも異論はないようだし、さすがの男も貴族らしいアデリナの命令には従って大人しく出て行った。


(だけど――、セリーナの間者だったら、まずい。報告されたらとんでもないことになる。一応『目』はつけたけど、何するかな?)


 『目』とはアデリナの編み出した魔術で、実体はないがそれを付与した人物の追跡ができるというものだ。

 見た感じ、男は工場のあたりをまだうろうろしている。それも怪しいが、セリーナにすぐ報告に行く感じではなさそうだ。


 その日はそのまま、なんだか気まずい雰囲気で時間は過ぎていった。



 工場から撤収する中で、ふとアデリナは思い出した。

 色々ありすぎて忘れていたが、そうだ。


 『堕ちた理想者』。確かに彼は、そう呼ばれることもあった。その名は、むしろ彼がどん底に落ちた最初のあたりにできたものだ。というより、その背景がそのまま理由だ。

 興味がないから聞き流していたが、アデリナはまた前生の無関心と無知を恨んだ。


「――オイ」


 気まずい雰囲気の中ヴィクトルと帰路についていると、どこからスライディングしてきたのか、前方に例の男が現れて怒鳴りつけてくる。


「うわ」


「――離れろ」


(ちょっと、わたしの心配してる場合じゃないでしょう……!?)


「また、なんで出てきたんだよ、テメェはよ。全員セリーナ様に大人しく従ってれば!! あの方の計画が成功する日にはみんな分け前を貰える!! そしたらこんな生活もしなくていいんだ、それなのに、なんでテメェは何度も邪魔をするんだ! テメェも、テメェの父親も!」


 早口でまくし立てる男。ミラの話を聞いてからは、男が大分勘違いしているように思える。何を吹き込まれたのかは知らないが。


 ――父親。

 それを男が引き出すと、ヴィクトルの雰囲気が変わった。

 その目は男を睨みつけており、ぎりっと奥歯が噛みしめられる。その圧迫感に、男は怯む。

 アデリナは驚かない。前の人生、こういう雰囲気の彼の方が多かった。


「僕は貴族の特権だったものを君たちの権利にすると語ったんだ。それなのに君は君達を奴隷扱いする貴族に与するというのか?」


「俺にはんなことわっかんねぇよ!! それでも、従ってれば今日は生きてける、たぶん明日も! でもテメェらの言い分に従って、それすらも失ったらどうする!! その権利ってやつが、飯でもくれんのかよ!!」


「――誰かに従属しないと生活に苦しむ。その状況が、間違っている」


 ヴィクトルの瞳に、強い光が灯る。

 ああ、とアデリナは恍惚の表情を浮かべた。


 力強い理想の光。常に人々の幸福を想い、そのために思考を巡らせ、人々を導いて旗を揚げ最前線を突き進む、そんなひと。

 北極星のように、見上げる先で手を差し伸べてくれる、そんなひと。

 

 前生。

 アデリナの先の見えぬ暗闇と絶望を切り裂いて現れた一筋の光。――それが、彼だった。

 その光が、今度は男を照らしつける。決して、放さない。


「幸福な生活は自分の手で作り上げるものだ。誰かの施しを受けてできるものじゃない。神への祈りや貴族の恩恵に頼る生活を、疑問に思ったことは本当にないのか?」


 男が後ずさる。反論が、浮かばないのだろう。

 ヴィクトルが何を言っているのか、きっと理論的には理解できていないと思う。でも、間違いなく彼の信じていた世界には亀裂が入った。

 きっと、もう元の思考には戻れない。

 ――アデリナには、分かる。


「君たちには、自由の権利があるんだ――!」


「うるせぇええ! やめろ! もうやめろ!! うわああああ!!」


 胸に手を当て、魂を震わせてそう主張するヴィクトルの言葉から逃げて、男が耳を塞ぐ。そしてそのまま、物理的にも逃げ去っていった。

 一応『目』はつけたままだが、彼はセリーナにこのことを報告はしないだろう。

 ――アデリナには、分かる。


 去っていく男の背中にも、諦めず彼は声をかけ続ける。


「僕は必ず、公正な社会を――!」


 男の姿が見えなくなって、ヴィクトルは力が抜けたように胸に当てていた手をそっと下ろした。


「必ず……」


 『堕ちた理想者』。

 三年前、グラナート全域を騒がせた『ファンドーリンの一年革命』。当時の当主と彼が主導した革命の失敗後、当主は死に、彼はその不名誉なレッテルを貼られ、セリーナの操作と共に鼻つまみ者になった。

 当時の革命の主張は今ヴィクトルが語ったものより何倍も落ち着いていて、まとめると十人しかいない元老院が国の全てを運営する状況に抗議し、もっと多くの貴族に参政権を与えるべきだというものに過ぎない。

 多くの者が当時の公爵に賛同し、革命は成功目前まで行ったはずなのだ。


 それなのに。


 ぱちぱち。

 半ば放心状態のヴィクトルの耳に、拍手の音が届いた。

 信じられないものを見るかのような表情で、ヴィクトルは微笑んで拍手するアデリナを前に唇を震わせる。

 それでも、なんとか言葉を紡ごうとして――、


「君は、何故……」


 アデリナも、考えた。

 彼に悪いところがあるかないかと言われれば、当然ある。前回の人生でも、アデリナは惚れてしまったわけだが、その目から見てもどうなのか、という行いは見受けられた。

 でも完璧無欠な人間なんていないし、二回目で彼とこうして接してみて、一度目に不可思議だと思った行動の理由も何となく理解した。


 ――アデリナには、分かる。

 でも、多くのことを知らなかった。

 だから今度は、アデリナが彼の立つ廃墟にスポットライトを当てるなら、どうだろうか。

 不器用に多くの人の幸福を願った彼の幸福を、アデリナが願っていたい。


「――感銘を受けたからです」


「……禁じられた発言だ」


「はい」


 その通りだ。彼の話した内容も、彼の著作も、グラナートでは禁止されている。


「貴族の既得権益を捨てろと言っているんだ」


「はい」


 その通りだ。最低でも、弱めることになるだろう。

 それは一年革命でも変わらない。特に、カレリナのような大貴族にとっては一大事だ。


「君もその特権を捨てなければならないんだ」


「はい。――そうすべきです」


 間髪入れずにそう言うアデリナに、今度こそヴィクトルはもう何も言うことができない。


「……」


「……」


 長い、沈黙。

 まだ少し肌寒い風が吹き抜けて、二人の髪がはためいた。だが二人は構うことなく、視線を交わしている。


「……君は、不思議だな」


「えー、そうですかね?」


 傍から見たらわからないような表情の機微な変化だが、確かに彼が微かに笑ったのがアデリナに見えた。

 初めて笑顔を見せた彼を見て――、アデリナも、嬉しくなった。

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