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第一章11 『初めてのすれ違い』

 強い目、強い声、強い感情。

 それが抵抗を突き抜けて心臓に電撃を浴びせたかのような衝撃に、何もないのに世界が揺れたように感じた。


 ――錯覚だ。


「本気か?」


「本気です」


「噂が立つ」


「わたし達の噂ですか? それならむしろ大歓迎です。大好きな人と熱愛疑惑が出るならわたしからすれば嬉しいですね。先生・・からしたら、微妙な心情かもしれませんが……」


 ぐいぐい詰め寄ってくる上に、ぺらぺらと喋ってくる。ヴィクトルの別邸に住まわされたのが嫌がらせであることは、分かっているだろうに。

 今度はどんな商法だろうか。

 暴力や暴言では、社交界はもう満たされないのだろうか。今回は逆な態度の人間を送り込んで、反応を楽しむつもりか。


 確かにそれならば、あの宴会会場で衆目を憚らず同盟申告をしてきた理由にも、キャロルにわざわざ仕返しをした理由にも納得がいく。

 全員グルで、彼女は味方のふりをしているだろう。ついでに邪魔なキャロルという存在を始末したかっただけなのではないか。


 ――でも本当に熱愛報道が出てしまったら、それは彼女にとってどうなのだろうか?


「いや、」


 ふとよぎった考えに、そっと蓋をした。変なことを考えて揺らぐのは嫌だった。


 一方で全てがすべて全く伝わっていないとはさすがに考えていないアデリナは、その返事が「微妙な心情」のあたりへのものだと思っていた。


(絶対気まずいだろうに、やはりやさしんせつ……!)


 ただ、なんだか話がここで切り上がってしまいそうだ。

 それはいけない。告白大失敗をやらかしてしまった以上は――それすらも、糧にする。

 ここは全力で彼の心の壁を壊しにかかるのだ。


「あ、この本。わたしが買い損ねていたものですね。前回作をあまり完璧に理解しきれなかったので、買わないでおいたんです。でも今は段々分かるようになってきたので、そろそろ購入しないと……」


 ふと、アデリナは机の横にある小さな椅子に置かれた、分厚い本の存在に気づいて言及する。書類の山の中、この本だけは唯一『彼』の存在を証明するものかのようだ。

 難しい工学の本だが、アデリナとしては実践は出来ずともこうした理論を見るのが好きだった。

 

「……わかるのか?」


「はい、でも公式が少し難しいです。理科系の内容は、楽しいけれど原理まで本当に理解するまで頭に入らなくて……」


 苦笑するアデリナだが、ふとヴィクトルの方が今までよりも食いついてきていることに気づく。

 彼は書類仕事を自動処理していた手を止めて、本を開いて尋ねる。

 

「どう理解している?」


 彼が指さした公式の一つを、アデリナは覗き込んだ。それは前回作の中にも書いてあったが、一番理解が難しかった公式だ。

 脳汁を絞られる感覚を覚えながら、アデリナは一生懸命自分の知識でその公式を説明する。だが、やはり完全に理解していないからかつまずいて止まってしまった。


「理解に問題がある。その公式は――。……!」


 掠れた低い声が、そっとアデリナの耳を撫でながら説明を続ける。望み続けていた声に涙ぐみそうになりつつも、説明はきちんと聞いていた。

 だが途中で、ふと何かに気づいたようにヴィクトルは言葉を止める。

 しばらく硬直したかと思うと、急に本を閉じた。アデリナも珍しく目を白黒させる。こちら側に回るのはいつ振りか。


「……すまない。僕は仕事がある」


 明らかにバツが悪そうな顔で、ヴィクトルはそんな言葉を絞り出した。その表情の変化の機微は、もしかしたらアデリナくらいにしかわからないかもしれないが。


 彼がどのような意図で説明を切り上げて仕事に戻ろうとしたのかは分からないが、確かに長居しすぎたかもしれない。


「あ、そうですね。それでは失礼します。――先生・・!」


 ぱっ、とほかの人間には見せないような明るい笑みを浮かべて、アデリナは部屋から去っていく。

 いつも冷淡なアデリナ・カレリナらしからぬ表情に、ヴィクトルは戸惑う。だが戸惑いの先はどちらかというより、先ほどからのそのよく分からない称号だ。


 先生、とは何のことか。

 二人で会った事はないし、当然何かを教えたこともない。今さっきあの公式を教えたからではないだろう。それより前にも言っていたのだから。


 いや、悩むだけ無駄だ。

 彼女は同盟のためにここに来ている。カレリナの外務代表として、自領の利益を獲得しに来たのだ。

 同盟が締結されれば、このわけのわからない日々も終わる。

 ――終われば、考えたことには何の意味もなくなるのだ。どうせ答え合わせなどできないし、する気もないし、彼女も教えないだろう。


 だから、もういい。

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