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第一章9 『急な告白はハートブレイク』

「何故……」


 灯りのない一室の中で、一人の青年が奥歯を噛みしめながら、絞り出すようにそんな一言を零した。



 公爵邸から別邸までさほど遠くもなく、馬車に乗って数分でたどり着いた。公爵家の人間が住んでいるとは思えないほど、大きさも装飾も控えめな屋敷だった。

 どうせセリーナの采配だろうが、彼なら逆にこっちの方を好むようにも思う。ただ彼ならば、もう少し芸術的な要素を増やしただろうか。


「……入ればいいのかな」


 それはそうと、アデリナは屋敷の入り口の前で右往左往していた。

 セリーナの性格ならたぶん別邸に使用人は置いていないので、あの壮大な出迎えはないだろうことは分かっていた。

 もちろん、あのヴィクトル・ファンドーリンがお出迎えなんていう儀礼をこなしはしないことも。


 だがこれは彼の家だ。

 もっと言えばつまりは好きな人の家に入るということなのだ。それはなんというか、心の準備が必要ではないか。猪突猛進に突っ込むわけにはいかない。

 

 ここにマリアが居たならば、『先日屋敷に突っ込むと言ってたような』というツッコミが入るに違いない。

 が、ここに彼女やエリカはいないのだ。

 友達の助力がない中、アデリナは意を決して屋敷の扉を押し開いた。


「あ」


 その瞬間、ロビーの向こうで階段を下りてくる途中の『彼』と目が合った。

 目が、合ったのだ。


 雪のように、透き通った白の髪。長めだが目が隠れるほどではない前髪。鋭いが良く見れば柔らかな金色に光る瞳。

 部屋の中でも軍服の一式を着た彼の姿は、あまりにも眩しく格好いい。

 ファンドーリンの人間は多くがそうだが、彼もまた身長も高ければがたいも良く、更に普通の貴族令嬢が見れば卒倒するような威圧感を伴っている。


 ――でも、儚げで美しいのだ。

 全世界にこの良さを伝えたい。いや、自分にしかわからないのもそれはそれで……。


(しまった、妄想に浸ってる場合じゃない)


 自分が見ているだけではなく、見られてもいるのだ。宴会では公式な会話しかしていないので、この世界では初めてのまともな会話なのである。ヘマをしてはならない。

 そうだ、半ば初めましての人間に出会ったら普通は初めに何と言うべきか。

 こんにちは、お久しぶりです――


「――好きです!」


 あ、間違えた。


 階段の手すりを掴んだままの彼の目がほんの少し見開かれ、はっと息を呑む気配が伝わってきた。

 だがその意味を考える暇はもうアデリナにはない。

 終わった。やらかした。普通なら心の声と話す言葉を逆にしたりしないのに、ため込んできた感情が一気に爆発したのかもしれない。


 取り繕うことも否定することもできずにだらだらと冷や汗を流すアデリナだが、対面する彼の口がそっと開かれる。


「……ヴィクトル・ファンドーリン、外務代表」


(あああ、スルーされた――――!)


 だが、彼らしい反応ともいえる。

 好きですと言われたからといって、それを素直に告白とは受け取れないのがヴィクトル・ファンドーリンである。それもこんな唐突に言われてはなおさらだ。

 そしてその答えを確かめることもしない。心を交わして後で失うのを恐れているから。それくらいなら初めから、深入りしないのだ。


 純粋に気まずさもあったので、ある意味ではなかったことにしてくれて嬉しいような気もする。一世一代の告白ではあるのだが。

 やや頬を染めつつ、アデリナは彼に歩み寄って胸に手を当てて一礼。


「わ、わたしはアデリナ・カレリナ。カレリナ家外務代表です。本日より同盟締結のためしばらくここに滞在することになりました。よろしくお願いします」


「……あぁ」


 目標を追っていない時の彼は、大体いつもこれくらい不愛想だ。仕方あるまい。

 というか先ほどの大失敗がショック過ぎて、もうそんなことは気にならない。


 でもまあ――、出会えているだけで、万々歳である。



 それから、どうやって彼と別れたのか記憶があまりはっきりしない。部屋や今後のスケジュールの確認を少しだけした気がする。それもアデリナが問うて彼が頷いていただけの話だが。

 ふと我に返った時には、アデリナはすでにふらふらとした足取りで廊下を歩いて部屋に向かっていた。


「あの……」


 レナート・ヴァイマン。アデリナの専属騎士である男で、今回アデリナが唯一自領から連れてきた人間が、小さな声で主に話しかけた。


「え?」


「大丈夫、ですか」


 レナートの問いに、アデリナは固まってしまう。

 彼は当然ヴィクトルほど警戒心は強くないし人を退けもしないが、普段から物静かな人間だ。

 アデリナのすることにも、基本的に詮索しない。会話さえあまり生まれない。


 それが、心配してくれたということは……。


「そんなにひどい顔をしてたの、わたし?」


「そう、ですね……。真っ青です」


「ああ、もう。初日からこんな大失敗をするなんて、今後の成り行きが心配になってきた……」


「青春、ですね」


「え?」


「……いえ」


 顔を覆い隠すアデリナにかけられたレナートの言葉が意外で、彼女は思わず振り返って問いかけてしまう。

 だがレナートはそう言って、それ以上何も語ることはなかった。


 ――彼も年頃だから、青春に興味があるのかもしれない。

 それならばもしかしたら彼は最初にダメな例を見ているかも、と虚しい涙を心で流しつつ、アデリナはレナートと別れた。

 彼はこの階で、アデリナは最上階で寝ることになっているからだ。


(明日は失敗しないようにしないと)


 セリーナとの交渉が、今回のメインの任務だ。めちゃくちゃ嫌だけど。

 それでも今日の失敗のぶん、明日が順調にいくと願って――、



「――同盟の締結については、もう少し考えたいわ」


 順調にいかなかった。

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