分岐
やけに長い階段を下りながら、私は地下へと移動する。途中で上から話し声のようなものが聞こえた気がするが、気の所為だと思いたいので気にしない。
一分ほど螺旋状の階段を下り、私は地下へと到着した。
(これは...中々に酷いな)
地下には刑務所のように鉄格子が並んでおり、中には死体・骨・手を切断された子供・みだらな状態で放置された女性等々、一つ一つの檻が惨劇に満ちていた。
(腐っても国が運営している騎士団と協会だろう...)と、心の中で呆気にとられながら移動する。
奥の檻に近付いて行くと、徐々に話し声が反響してきた。最後の騎士の可能性も考慮して、吹き矢に毒矢をセットして手に持つ。会話が聞き取れるほどの距離に近付き、少し盗み聞きをする。
「綺麗すぎたがために穢される...悲しい話だよなぁ?」
このゲスの塊の様な声...とりあえずは騎士で間違いなさそうだ。
「アンタの名前は隣の村にまで届くほどらしいぜ?まぁそんな美女が今となっては、劣等種と同じ檻で、同じ扱いを受けてるんだがな!」
なんとも反吐が出る騎士だ、心置き無く殺れる。
「なぁ?なんとか言ったらどうだ?ラペリさんよぉ」
私はその言葉を聞いた瞬間、考えるよりも先に体が動いてしまっていた。
気付けば、私は檻の前に飛び出していた。
「なんだお前!?」
「モル...ス.....?」
「モルス...!なぜこんな所にいるの!?」
私は声を出す前に、ラペリの横で座っている騎士に吹き矢を構えた。
「おい!その武器を使ってみろ!この女が死ぬぞ!」
騎士はいかにも悪役のようなセリフを言い放ちながらラペリの背後へとまわり込み、短剣を首の前に持ってきた。
(これではラペリに当たってしまう...)
何か打開策が無いか考えていると、ラペリが動いた。
なんと、ラペリは騎士の顔に肘打ちをかましたのだ。
「このアマァッ!」
騎士は怒りをあらわにし、ラペリの首を斬り付けた。
ラペリの力が抜けそのまま倒れて行く隙に、騎士の首めがけて吹き矢を吹く。
放たれた毒矢は騎士の首に命中し、数秒経った後騎士も倒れた。
「ラペリ!」
私はラペリの名前を呼びながら、ナイフで檻の錠を破壊し中へ入る。
既にラペリは虫の息だった。
急いで止血を行うが止まらない、傷は想像以上に深かった。
ラペリが掠れた声で何か言っている
「ごめ...ん....ね.....」
ありがとうや愛してるではなく、最も心に残る謝罪の言葉をラペリは放った。
返事をする間もなく、彼女はそのまま息絶えた。
涙も、声も出なかった。ただ彼女が最期に残した「ごめんね」という言葉が、私は気掛かりで仕方なかった。
やるせない感情を味わっていると、それを阻止するかのように出入口側から足音が聞こえてきた。
(二人...いや、三人か...)
足音を出さないように歩いてるようだが、ここは地下で反響しやすい分、そういった音でも分かりやすい。
悲しみを無理矢理引っ込めてナイフを持ち、通路の柱越しに待ち伏せする。
心臓の鼓動と合わせるかのように、彼らの足音も一歩一歩と近付いてくる。
足元に影が見えたと同時に前に飛び出す。
三人のうち二人の反射神経はとても早く、即座に後ろへ下がった。
私は反応出来なかった一人に狙いを定め、ナイフを振りかざそうとした...が、私はギリギリの所でナイフを止めた。
その子は私よりも少し背が低い、ただの少女だったのだ。
「ドールちゃん!」
後ろに下がった二人のうち、一人がそう叫んだ。
ドール...私が元居た世界ではそれを「人形」という風に呼んだ。
こちらの世界でも意味が同じなのかは知らない...。
相手は警戒しながらも剣を抜こうとしない、少女を人質に取られたとでも思ってるのだろう。
そこら辺の騎士や貴族とは違い、少女を傷付けるような趣味は私にはない。
私は少女に「ごめんね」と言い、後ろに下がる。
その少女は不思議と、泣いたり悲鳴をあげたりせず頷いていた。
後ろの二人が少女の心配をしてる間に、彼らの関係性などを推測した。真っ黒なマントを纏った
女性と少女、そして黒い戦闘服のようなものを着た男性...うむ、全くもってわからない。
相手は一通り話終わったのか、こちらに視線を向ける。私は念の為、投げナイフに手をつけておく。
「外の死体は全て君がやったのか?」
男性の方が私に質問を投げかけてきた
「あぁ、その通りだ」
こちらも質問を投げ返す
「貴方達は何者だ?」
「敵では無い、とだけ言っておこう」
あやふやな回答が帰ってきたが、ドールと呼ばれていた少女の服装を見る限り、奴隷だろう。
「その子は?」
この回答次第で彼らの白黒が決まる
「この子は途中で襲った騎士の馬車に囚われていた」
少女の目を見る。嘘をついてる訳では無さそうだ。
「君は...組織の仲間か?」
(組織?何の話をしているのかさっぱりだ)
「いや、違う」
「そうか...とりあえず落ち着いて話をしないか?」
私はゆっくりと頷く。
彼らは何か、訳ありの人間なようだ。