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虚界の間  作者: Fイエゴウ
第一章 全てを賭けた復讐
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第六話 始まり(上)

灼熱の溶岩に囲まれ、鋼鉄の高壁に守られた監獄要塞の中、屈強な体を持つ豚頭の男が薄暗い廊下を進んでいた。彼が牢獄の前を通るたびに、囚人たちの狂気じみた叫び声や咆哮が響き渡り、鉄格子が激しい衝撃でわずかに揺れた。しかし、最奥の牢獄だけは異様なほど静まり返り、外の喧騒とは一線を画していた。

豚頭の男は足を止め、鍵を取り出し、扉を開けて中へ入った。牢獄の奥、伸淡が静かに影の中に座っていた。

伸淡の姿を目にした瞬間、豚頭の男は突然片膝をつき、額を床にこすりつけるように深々と頭を下げた。そして、低く誠実な声で言った。

「伸淡様、配下の者どもの無礼、どうかお許しください! 本日はそれをお詫びするために参りました!」

伸淡は一瞬きょとんとし、眉をわずかにひそめた後、やれやれとため息をついた。

「そんな正式な謝罪は不要だよ。彼らはただ規則に従っただけだし……」

彼は両手を広げ、苦笑を浮かべた。

「そもそも、あの時の俺は確かに金庫に不法侵入していたわけだからな。」

その言葉を口にした途端、彼の脳裏に数日前の出来事がよぎった。

あの時、伸淡は冥域界へと続く門を通り抜けたが、まさかその先が金銀財宝の山積する金庫の内部だとは思いもしなかった。それだけでも十分に驚きだったが、さらに運の悪いことに、そこには厳重に警備された衛兵たちがいたのだ。

あの場で、伸淡は容易に彼らを倒して逃げることもできた。しかし、不必要な敵を作るのは避けたかった。そこで、彼は大人しく捕まり、監獄へ連行される道を選んだ。ただし、唯一の条件として、衛兵たちにこの件を上官に報告するよう頼んだ。

だが、最初のうち衛兵たちは彼の言葉をまるで信じようとしなかった。

――それも無理はない。

彼らにとって、牢に繋がれた囚人の言葉など、取るに足らないものだったのだ。

だが、その考えが覆ったのは、伸淡が彼らの目の前で素手のまま牢の窓の鉄格子をへし折った瞬間だった。

その圧倒的な力を目の当たりにした衛兵たちは顔を真っ青にし、慌てて上官へと報告に走った。そして、今こうして彼の前で平伏しているのだった。

その時、豚頭の男は興奮した表情で尋ねた。

「ところで、伸淡様!今回は冥域界と空霄界を引き継ぐ準備のために戻られたのですか?」

伸淡は一瞬動きを止め、眉をひそめた。

「……今、何て言った?俺が?冥域界と空霄界を引き継ぐ?」

豚頭の男は、伸淡の反応を見て一瞬驚いた。まるで、彼がこの話を初めて聞いたかのような態度だったからだ。

「まさか……違うのですか? 赫冥様はお出かけになる前に、冥域界の王位を継ぐ者が現れると明言されました。それに、ほぼ同じ時期に空霄界からも知らせが届きました。末滅様も空霄界を離れ、そして彼もまた、王位を継ぐ者が現れると言い残して行かれたのです……」

そう語るうちに、豚頭の男の声は次第に確信を帯びていき、鋭い目つきで伸淡を見つめた。

「伝説の『紫色の瞳孔と白色の瞳仁を持つ虚空の眼』……それを持つのは、あなた様ただ一人ではありませんか?」

しかし、豚頭の男は気づいていなかった。伸淡が驚愕の表情を浮かべていることに。

彼はなおも勝手に話を続けた。

「そういえば、赫冥様がいなくなった日は大混乱でしたよ……この間は、私が何とか冥域界の秩序を維持してきましたが、正直ギリギリでした。とはいえ、赫冥様も末滅様も、ここ数年は一切消息がありません。おそらく、王位の後継者を見つけた後、多莉亞様と一緒に隠居されたのでしょう。

何しろ、あのお二人は何千年も二つの世界を統治されてきましたからね。きっと、長い二人きりの時間を過ごしたくなったのでしょう。そう考えれば、急いで引退されたのも納得がいきますよね!」

彼は軽く笑い、誇らしげで気楽な口調で言った。

「最初は、新しい引き継ぎ役が誰になるのか心配していましたが……あなた様なら問題ありません! これでようやく安心できます!」

しかし、その時になって、彼はようやく気がついた。

伸淡が最初からずっと、その場に硬直したまま、微動だにしていないことに。

「伸淡様?」

豚頭の男の笑顔が固まり、ようやく違和感を覚えた。

「どうされましたか?」

伸淡は数秒間沈黙したまま、じっと地面を見つめていた。まるで、信じられない事実を消化しようとしているかのように。

そして、ついに深く息を吸い込み、ゆっくりと口を開いた。

「……ピグリン」

豚頭の男は即座に背筋を伸ばし、真剣な声で答えた。

「はい!」

伸淡は顔を上げ、異様なまでに厳しい眼差しで、一言ずつはっきりと言い放った。

「これから話すことは、お前にとって信じがたいことかもしれない……だが、どうあろうと、これはもう変えようのない事実だ。」

そう言うと、伸淡はピグリンに、かつての真実を語り始めた。

________________________________________

ある日、任務を終えて家に帰ると、ドアが……開いていた。

眉をひそめる。もしかすると、ただの閉め忘れかもしれない。しかし、心の奥底で、妙な不安が膨らんでいく。

玄関に足を踏み入れると、家の中は異常なほど静かだった。静かすぎる。普段なら感じるはずの、あの懐かしい気配すら、どこにもない。

——ただの気のせいか?

そう自分に言い聞かせようとする。しかし、この不気味な違和感が、胸を締めつけるように消えない。

僅かな希望を抱きつつ、一歩、また一歩と居間へ向かう。

そして、目にしたのは——

血だった。

床も、壁も、鮮血に染め上げられ、空気には鉄の匂いが充満していた。

丘杰、可雅、蘇格、可泣……彼らは、皆、死んでいた。

不自然な体勢のまま、屋内に倒れこんでいる。目を大きく見開き、まるで、自分の死を理解する間もなく命を奪われたかのように。

あまりにも突然の光景に、脳が真っ白になる。悲しみを感じる余裕すらなかった。

その時——声が聞こえた。

「おかしいなあ。この女の子の死体、どうして入らないんだ?」

「入らないなら、消せばいいだろう? 別に、一人くらい減っても問題ないし。」

——蘇亞!!

瞬時に我に返る。声は、蘇亞の部屋から聞こえた!

考える間もなく、無我夢中で扉に駆け寄り、力任せに押し開ける。

そして——目に飛び込んできた光景。

ボラドル・紅が、手を伸ばし、蘇亞の死体を抹消する、その瞬間だった。

「——!!」

頭が真っ白になる。しかし、身体は本能的に飛び出そうとする。

だが——

その刹那、巨大な拳が目前に迫った。

「ぐっ——!!」

まるで山が押し潰してくるかのような衝撃。猛烈な痛みが全身を貫いた。

吹き飛ばされ、壁を突き破り、地面に叩きつけられる。視界が霞んでいく——

目の前に立つのは、ボラドル・藍。

冷たい眼差しで、ただ、こちらを見下ろしていた。

居間はそれほど広くなく、家具はあちこちに倒れ、床には砕けた木片や散らばったガラスが散乱していた。

荒い息を吐きながら、目の前の二人を睨みつける。彼らは左右に立ち、俺の退路を完全に封じていた。

——先に動いたのは俺だった。

身を低くし、つま先で床を蹴る。一瞬でボラドル・藍との距離を詰めた。

あいつの能力は厄介だが、近接戦なら俺の方が上だ。

拳風が空気を裂く。手刀をまっすぐ彼の首元へ振り下ろす——

避けられた。

驚きはない。反応が速い。しかし、俺の方が速い。

素早く足を回転させ、肘打ちをその腹に叩き込む。続けざまに背後へ回り込み、膝を思い切り突き上げる——

命中!

ボラドル・藍が呻きながら前につんのめる。

俺は息をつかせる隙も与えず、跳躍し、掌底を彼の後頭部に叩きつける。

——ドンッ!

ボラドル・藍の体が地面に倒れ込んだ。

だが、まだ終わりではなかった。

赤い影が間近をかすめる。額を焼くような圧迫感が通り過ぎた。

——ボラドル・紅!

その瞬間、背筋に冷たい汗が走った。

俺は素早く転がって距離を取る。無意識のうちに拳を握りしめていた。

あいつの能力は、触れたものを抹消する。試すまでもない。俺の腕が消されれば、それで終わりだ。

ボラドル・紅は口元を歪めながらゆっくりと歩み寄ってくる。

重い足音が響く。

一歩、一歩、そのたびに俺の心臓が警鐘を鳴らす。

突然、彼は足を止めた。

そして、自分の足元を指差す。

俺の視線が、そこへ吸い寄せられた——

——丘杰の遺体が横たわっている。

だが——

彼女の眉が、わずかに動いた。

——まだ、生きている!

脳裏を、不吉な考えがよぎる。

ボラドル・紅は無言でしゃがみ込み、冷酷に彼女の頭に手をかざした。

まるで、何かを引き抜くような仕草で——

「——ああああああああ!!!」

丘杰の絶叫が響き渡る。

俺の心臓が、鷲掴みにされたように揺さぶられた。

「やめろ!!!」

叫ぶ。

だが、ボラドル・紅は冷笑を浮かべたまま、丘杰の魂を引き抜き、そのまま消し去ろうとする。

——駄目だ!!

……もう、躊躇っている時間はない。

指先が震える。

無力感と怒りが胸を満たし、呼吸が荒くなる。

歯を食いしばり、俺は素早く手をかざした。

——丘杰の魂を救うために——

「……っ!」

——しかし、その瞬間。

冷たい手が、俺の手首を掴んだ。

ボラドル・藍が、いつの間にか隣に立っていた。

彼の手が、俺の手首をきつく締め上げる。

——次の瞬間。

俺の体から、何かが無理やり剥ぎ取られる感覚が走った。

まるで、筋を引き裂かれるように。

まるで、視界が突然かすむように。

——あの、馴染んだ感覚が、突然、消えた。

「——!」

息が詰まる。

体がぐらつく。

立っていることすら、ままならない。

ボラドル・藍は俺の手を乱暴に振り払い、低く笑った。

「——終わりだ。」

俺は、自分の手をじっと見つめる。

声が出なかった。

悔しさが、胸の奥で沸き立つ。

——俺の能力が、抹消された。

その時。

丘杰の魂が、完全に消え去った。

ボラドル・紅は、冷淡に笑いながら、ポケットから四つの《魂の保管器》を取り出した。

器を開き、封じられていた魂を、丘杰たちの亡骸へと押し込む。

——ぞわり、と、何かが蠢く音がした。

呻き声が響く。

そして。

丘杰たちの亡骸が、操り人形のように起き上がった。

瞳に、生者の輝きはなかった。

それでも、彼らは立ち上がった。

——ただの、抜け殻となって。

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