離縁された王太子妃の行方 〜こう見えて元聖女なので舐めないでください〜
かつて人間と魔族による戦いがあった。
魔物を使役して世界の支配を企む魔族の王率いる魔王軍に対して人間達は自国を守るので精一杯だった。
そんな中、伝説の聖剣を引き抜いた勇者が現れて仲間と共に立ち上がり、一騎当千の活躍で魔王を討ち倒し世界に平和をもたらした。
戦いの後、勇者とその仲間達は夢や役目のためにそれぞれの道を歩むことになる。
「それで、弁明はありますか殿下?」
元勇者パーティーで回復担当をしていた私も新しい道を歩む……はずだった。
「ま、待ってくれマリアンヌ」
私の目の前で床に正座させられているのはノックスフォード王国の王太子であるシオン。
「ご、誤解だ」
「誤解ですか? 私とは一度も夜伽をしないくせに夜会で知り合った令嬢を寝室に連れ込んで羽目を外したことのどこに誤解する余地があるのでしょうね?」
トントンとつま先で床を叩く私は簡単にいうとブチ切れていた。
何故なら、夫に浮気されていたからだ。
世界を救った勇者の仲間として私に与えられた報酬は王太子のシオンとの結婚だった。
生まれた時から体に聖痕があって教会から聖女認定された私は回復魔法担当として勇者一行に着いていった。
ただの男爵令嬢だった私の人生を変えるような大冒険の先に待ち受けていたのは豪華な王宮での暮らしと約束された次の王妃の座のはずだった。
女性であれば誰もが一度は夢にみる輝かしい夢のような生活だけど、実際に体験してみると地獄だった。
まず、何の勉強も準備もしてない人間に王太子妃として相応しくなるように徹底的に妃教育を叩き込む。食事のマナー、コルセットで体をガチガチに絞ったドレスでダンス、各国の王族や要人とのコネ作り、国内貴族の令嬢達とお茶会という名の派閥争い。
「こっちがイライラしてるのにさぁ……」
「マリアンヌ、素が出てる」
「その素を引き出したのは誰ですか? あぁん?」
何も考えずに泥んこになって野を駆け回っていたお転婆令嬢には過酷な試練だった。
それでも頑張って憎らしい姑からギリギリ及第点を貰えるくらいには成長したのに、シオンとの夫婦仲は冷めきっていた。
というか、この男の好みと私の容姿がかけ離れていたせいで食指が全く向かなかったのだ。
「そんなに乳と尻と胸が大事か!」
「待つんだマリアンヌ! 次期国王の僕に暴力を振るうなんて許されないことだぞ!!」
結婚式後の初夜に寝室に行ったら体調が悪いと断られ、その後も義務として誘ってみたがしつこいと全て拒否された。
体裁が悪いので周囲にはそれとなく誤魔化しているうちに私は役立たずの烙印を押され冷遇されるようになった。
王太子妃は子供を作れない体。
王太子妃は夫を満足させられない女。
聖女だからって恩着せがましく王族に取り入った無能な田舎貴族。
婚約者に先立たれた売れ残り。
王宮内でそんな言葉を耳にしてきた。
「私は妻ですので家庭内の喧嘩くらいにしか思われませんよ」
「ふざけるな! 母上に言いつけるぞ!」
はい。マザコン発言いただきました。
これがあるから面と向かってシオンに文句を言えなかったが、もう知ったこっちゃない。
「この、マザコン熟女好き脳みそ下半身男!!」
くらえ、元聖女ビンタ!!
「ぶべっ!?」
私達夫婦しかいないこの場であれば誰にも止められることなく暴れられるし、結界魔法で音は漏れないように細工をし、いつも護衛をしている騎士は買収済みだ。
「ご安心ください殿下。これでも元聖女なので人体をどれくらい破壊しても大丈夫なのか加減はよーく知ってます。鼻が折れても歯が抜けても回復魔法で綺麗さっぱり元通りにしますから。証拠なんて何も残しませんよ」
「ひぃいいいい!! 母上! 助けて殺される!」
甲高い悲鳴をあげながら泣きじゃくるシオンを私は力の限りビンタし続けた。
綺麗な顔が苦痛に歪んで鼻血や鼻水を垂らしながら助けと許しを求めて最終的に土下座してきた。
まぁ、私の使う回復魔法は他人を癒せるけど自分には使えないので手が真っ赤に腫れてしまった。
凄く痛いのでやっぱり誰かをボコボコにするのはこれきりにしよう。
「ずいまぜんでじだ。ごべんなざい……」
「何を言ってるか聞こえませんね」
「ひ、ひぃいいいいいい!!」
こうして私は満足いくまで復讐を果たしたのだが、それから数日後にシオンは離縁を申し出てきた。
宣言通り証拠は残さなかったが、息子からの証言だけで信じきった王妃が大激怒して離縁に大賛成してくれたのだ。
「じゃ、お世話になりました」
「聖女マリアンヌ。よければ他の高位な貴族に嫁入りをしてみんか? 王妃は国外追放扱を求めている。謝罪をすれば儂が声をかけて次の相手は見つけてやらんくもない」
「いいえ、お断りします陛下。私がもうこの国に残る理由も義理もありませんので」
ノックスフォードの国王だけはなんとか私を国内に引き止めようとしたがもう遅い。
そもそもこの人が仕事を言い訳にして家庭を放置しなかったら姑と元夫は少しはまともになっていたかもしれないが、過ぎたことなのでこれ以上は語らない。
「さよなら私の故郷」
魔物の炎に焼かれて地図から消えた実家。
顔も知らない婚約者だった男が守ろうとして死んだ国。
あまりいい思い出はないけれど、王太子妃になってそれなりに復興を手伝ったので育ててくれた義理は果たしましたよ。
♦︎
「ってなわけで天涯孤独になったので暫くここにおいてくれませんか?」
「アンタねぇ……」
あはははは、と苦笑いする私を見て心底呆れたような顔をしたのは魔法大国であるべルックリン帝国の女帝と呼ばれる人だ。
正確には魔法の研究と実験が大好きな頭のおかしい元勇者一行の魔法使いで今は皇后の地位にいる人物で名をローズという。
「今さらウチに転がり込んでくるなんて何考えてるんだい?」
「何も考えてないです……。他に行く宛がありませんでした」
実をいうと私は魔王を倒した直後に彼女からスカウトを受けたのだが、祖国に義理があるからと断った過去がある。
「アンタ用に空けてた宮廷治癒師の座はもう埋まってるよ」
「ですよねー。まぁ、横入りするつもりは私にもないよ」
かなりの高待遇を約束してくれていた魅力的な条件だったけど、誰かを蹴落としてまで手に入れようとは思わない。
「下働きでもいいから雇ってよ。その間に次を探すからさ」
「慰謝料はもらわなかったのかい? 浮気が原因ならむこうが支払うのが道理だろうに」
「貰ったけど全部使っちゃった」
「はぁ!?」
ローズの言う通りに私は陛下から離縁と国外追放後の生活のために慰謝料を支払われた。
シオンと王妃は役立たずの女に金を払うなんてと渋っていたけれど、王家の印象を少しでも悪くしないために支払わせてくれとお願いされた。
まぁ、余計なことを言うなという口封じと手切れ金の意味もあると思う。
「何に使ったんだい。そこそこな暮らしをしながら一生過ごせただろうに」
「寄付してきた。勿論、教会の上層部から中抜きされないように物資に変えてから匿名で各地の孤児院を併設してる教会に配ってきたわよ」
「アンタって馬鹿とお人好しで形成されてるのかい? 加減ってもんを覚えなよ」
ローズが頭を抱えるが、私としては罪悪感による申し訳なさから行った寄付だ。
王妃になってからちょっとでも私に似た境遇の子の助けになりたいと思っていたが、私にも一人の女としてプライドがあって我慢できなかった。
その罪滅ぼしとして持ち合わせていたお金を全部使い切ったのだ。
あと、あんな王家から貰ったお金なんて生理的に嫌で手放したかったのもちょっとだけある。
「だからって金欠になって帝国に転がり込んでくるなんて……教会に戻る気はないんだね」
「知ってるでしょ? 聖女の称号は清らかな乙女にしか与えられない。嫁いだ時点で称号は返還したし、貴族に戻ったから教会の名簿からも名前は消えてる」
まぁ、体については全く手を出されなかったから綺麗なままだけど。
悔しいことにもっと私がナイスボディーだったら……。
「今の私は聖女の称号もお金も貴族としての身分すらない根無し草なわけでして……」
「勇者パーティーで最底辺ヒエラルキーに落ちたねアンタ」
元勇者の仲間で無職なのは私だけらしい。
「おーい。旦那様が戻ったぞ〜って、マリアンヌちゃん久しぶり」
「久しぶりね戦士ホロ」
ローズと駄弁っていると王冠を被りマントを羽織った懐かしい筋肉質の大男が乱入してきた。
「ちっ、ちっ、ちっ、今はべルックリン皇帝様だからな」
「婿入りでそこまで偉そうなのがスゲーよな。この馬鹿亭主」
ホロは勇者パーティーの盾役兼前衛で元は帝国闘技場の剣闘士チャンピオンだった。
その実力を評価されて当時は第三皇女だったローズの護衛として加わり、解散後は荒れた帝国をぶっ壊して結婚し、帝位に就いた。
「「母ちゃんただいま!」」
ホロの背中からひょっこり顔を出すのは全身泥だらけの元気が良さそうな幼い子供。
話は聞いていたけれど、こうして実際会うのは初めての双子の兄弟。ローズとホロの息子達だ。
「「誰この人!?」」
「この人は父ちゃんと母ちゃんの仲間だった聖女様だよ」
「「お転婆泣き虫マリアンヌ!!」」
「ローズ! あなたでしょ!?」
自分の子供に私のことを変に伝えるのはやめて欲しい。
ムッキー! と怒った私の姿を見て、ローズは舌をペロっと出した。
「あれ? アタシはそんなこと言ったっけ?」
「あなた以外に私に喧嘩を売る仲間なんていないのよ! この万年厚化粧の運動音痴!」
「アンタ、言っちゃならないことを言ったな!」
そこからお互いの顔を引っ張ったり髪を掴んだりと見苦しい大人の争いをしていまう。
ホロは昔みたいに止め方がわからずオロオロしていたけど、双子はお腹を抱えて大笑いしていた。
なんだかあの頃に戻れたみたいで懐かしい気分になった。
「ふっ……アタシらお互いに鈍ったね」
「とりあえず引っ掻き傷治療するね」
ぜぇぜぇと肩で呼吸するようになりじゃれあいは終了。相手は皇后様なので傷は残さないようにしておく。
「やっぱり回復魔法の腕だけはいいね」
「だけって何よ。私の結界とか浄化魔法で助かった場面は何度もあったでしょ」
「そんなのもあったさね。ホロが幽霊嫌いで死霊の軍勢に押し負けそうになったり」
「ローズ〜その話はガキの前でしないでくれよ〜」
思い出話に花を咲かせながら私は自分だけで取り残されているような気分になった。
ローズは面倒だと逃げていた帝位争いに参加して皇后になったし、ホロは戦闘大好きな戦士だったのが子供に甘々なお父さんになっている。
家族団欒の場所に私だけが異物として混ざっていて、かつての私の居場所はもう何処にもないのだと実感した。
「マリアンヌ。さっきの仕事の件だけど、ひとつだけ紹介してやってもいいさね」
「本当!? もう、ローズ皇后様ってば素敵なお方だわ」
「調子に乗るんじゃないよ。ただ、ちょっと訳ありな仕事なのさ」
ローズが悩ましそうな顔をしてホロに目配せをすると、皇帝陛下が口を開いた。
「実は我が国で新しく働いている騎士がいるんだけど、そいつが困ったやつでな。色々と手配してやってるのに好意を受け取らないし無茶ばっかりするしで手を焼いてるんだ」
「まぁ、酷いわね」
「だろ? それでマリアンヌにはその騎士のお手伝い……世話係というか、監視役をして欲しい」
「給金はアタシらが出すよ」
そう言ってローズが出してきた雇用条件は厚待遇だった。
ロクな職歴と人に言えない経歴をした私には破格の仕事である。
「ただし、ひとつだけ条件があるさね」
「条件ってなに?」
「アタシらの仕事の依頼は一年間だけ。その後は退職金を支払うから改めて自分の身をどう振るのかよ〜く考えときな」
「う、うん」
ローズの言ってることはよくわからなかったけれど私は仕事の依頼を引き受けた。
とりあえず今は明日の寝床とご飯さえあればそれでいいのだ。
先のことは後でゆっくり考えればいいと、私は問題を先送りにして問題の騎士の元へと向かう。
次の日、私は皇帝夫婦に渡された地図を頼りに帝国の中心である帝都の端っこを訪れていた。
遠くからでも見てわかる巨大な王宮や賑やかな市場から離れた閑静な場所だ。
「ここ……だよね?」
辿り着いた目的地にはかなり立派なお屋敷があった。
王太子妃として暮らしていた王宮よりは小さいのは当たり前だが、男爵令嬢時代の屋敷と比べたら倍くらいの大きさだ。
例の騎士様はなんでもここに一人暮らししているとか。
「こんにちは。誰かいませんか?」
ドンドンと玄関ドアをノックして呼びかける。
今日は在宅しているとローズ達から聞いているので反応があるまでちょっと待ってみるとガチャガチャと中から音がした。
『くそっ。休みの日だってのに誰だよ』
ドアが開くと少し怒っているような言い方で屋敷の主人が出てきた。
家の中からやってきたはずなのに全身鎧を着た変な騎士だった。
兜のせいで声がこもっているが、低めの声なので男性だとわかった。
「あの、はじめまして。マリアンヌと言います」
鎧の分もあるだろうが、身長は私よりも頭一つ分以上もあって中々の高身長だ。
これでも勇者一行の聖女として共に旅をしてきたので一目見たただけで彼が只者じゃない実力者だとわかって緊張する。
帝国の、しかも皇帝夫婦から頼りにされているくらいの人だからそれも当然か。
「皇帝陛下からの紹介で、本日からこちらで使用人として働かせていただきたいのですが……」
『はぁ!? マリアンヌ!?』
断られたり怒らせたりしたらどうしようかと悩みながら用件を伝えると、真っ黒な鎧の……黒騎士様と呼ぶことにした人物がとても驚いた様子で大きな声を出した。
『聖女マリアンヌだよな!?』
「元聖女ですよ。現在は教会に所属していませんし、色々とありまして今はただのマリアンヌです」
この人も私のことを知っていたのだろう。
大戦の英雄として各地に凱旋訪問や聖女として慰安訪問をしたこともあった。
帝国の、しかも腕の立つ騎士ならば護衛や警備で顔を合わせたこともあるかもしれない。
でも、今の私の肩書きは元聖女で元皇太子妃の元男爵令嬢。
実際は何者でもないただの小娘だ。
『お転婆泣き虫いじっぱりのマリアンヌだよな?』
「そのあだ名は帝国で流行っているんですか!?」
王宮でも呼ばれた不本意なあだ名に思わずツッコミを入れる。
これでも聖女時代は外部の人間からお淑やかで慈悲深い天使のような美少女と評判だったのに!
世間から支持を集めるために教会がでっち上げたイメージを守って王国に嫁入りもしたんですけど!?
「初対面の人間に対してそんな呼び方をするなんて騎士様は失礼な人ですね!」
『初対面? くくっ……そういえば忘れてたな』
むすっと怒る私に顔を近づけ、黒騎士は兜を少し持ち上げた。
私だけにしか見えないようにした彼の素顔は、傷だらけで悪戯好きそうな少年の輝きを放つ目をしている。
あの頃と全く同じなようで少し大人びた顔立ちになってはいるけれど、私が見間違えるわけがない。
「アポロ!?」
『しーっ! 本名で呼ぶなよマリアンヌ!』
手で口を塞がれて家の中に引き摺り込まれる姿は誘拐犯のそれなのだが、私は悲鳴を上げるよりも驚きで頭の中が真っ白になっていた。
♦︎
勇者アポロは魔王を倒した英雄である。
彼は貧しい村の孤児院で育ち、魔族によって親を失った自身や子供の姿を見て悲劇を食い止めるために立ち上がった。
聖剣を引き抜いた彼は勇者として認められ、仲間を集めてリーダーとして勇敢に戦った。
女魔法使いのような魔法は使えず、剣闘士だった戦士のような優れた身体能力もなく、聖女のような回復魔法も使えない。
持ち前の勇気と努力と根性だけで聖剣を握り締めながら戦った英雄の頂点。
その活躍は吟遊詩人によって広められ、子供達の憧れになった。
「そんな勇者アポロがなんで帝国の騎士に?」
魔王討伐後、私達はそれぞれの選択をして離れ離れになった。
まずは私が嫁入りをして、次に魔法使いローズと戦士ホロが帝国に戻った。
残された勇者はウェスタン公国から辺境伯の地位を与えられて魔王軍に支配されていた地域を開拓することになっていたはずだ。
「追放されてしまったんだ」
二人きりの屋敷の中で鎧を脱いでラフな服装になったアポロが話を切り出した。
「まぁ、元から剣を振るうしか能が無かったから領地経営なんて上手くいかなくてな」
「公国から文官の派遣や支援があったんじゃないの?」
「あったよ。……でも、彼らに嵌められたんだ」
遠い目をしながらアポロは勇者パーティーが解散してからのことを話してくれた。
彼なりに頑張って残存していた魔物を倒しながら領地を開拓していたそうだが、数年経って領地としてやっていける目処が立った辺りで文官達が一斉に退職したそうだ。
更には近隣の領主から嫌がらせを受けるようになり、魔物じゃない盗賊による被害が増加して領民からの不満も爆発。
やっぱり勇者様とはいえ、元はただの孤児に貴族の真似事なんて不可能なんだと役立たずの烙印を押されてしまった。
全部仕組まれていたことに気づいた時は手遅れで、公国は最初からアポロに褒美を与えるフリをして勇者の名を使って民を集めて領地を増やした。武力しかない彼が力で抵抗したら勇者パーティーの名誉が傷ついてしまうと脅しもかけて。
魔物を倒すことに躊躇なく、人間を守るために戦ってきた彼が人間に騙されて居場所を失った。
「役目を終えて聖剣も姿を消した以上、俺はただの元勇者で悪政者になってしまった。だから昔の伝手を頼って帝国に来て騎士にしてもらったんだ」
名前と顔を隠している理由は勇者アポロの悪評があることで帝国に迷惑をかけないため。それから勇者という色眼鏡で人と触れ合うのが怖くなってしまったから。
「笑えるだろ? 魔王にだって強がってた勇者が人間不信になるなんて」
「笑わないよ。私だって夫婦のこととか、城のことでちょっと人付き合いが苦手になったし」
自虐的に冗談っぽくアポロは離れていた期間にあった出来事を語ってくれたけど、私は自分のことのように胸が苦しくなった。
「みんな、私が知らなかっただけで苦労してたんだね」
真っ先に嫁いだ私を見送ってくれた後、それぞれが順風満帆でハッピーエンドな輝かしい未来を歩んでいると思っていた。
でも、そうじゃなくて魔王を討伐してからも私達の人生は続いていて苦難や挫折を味わいながら生きていくしかないんだ。
皇帝と皇后になったあの二人も昔よりシワが増えて笑っていながらどこかくたびれた雰囲気があったから。
私は何も知らなかった。自分だけ辛い目に遭ってるんだと知ろうともしなかった。
「今はそうでもないさ。騎士に求められる実力はあるし、任務で魔物を倒して困っている人達からお礼を言われるのは懐かしくて嬉しい気持ちになる。やっぱり難しいこと考えないで剣を振るってるシンプルな生き方が俺には向いてるんだよ」
私が自己嫌悪しているのを察したのかアポロはニカっと笑う。
旅をしている時から彼は誰かが不安や恐怖に怯えているときにこうして励ましてくれたっけ。
「ありがとうアポロ」
「俺はただ自分語りしただけさ」
勇者パーティー時代の見栄っ張りな兄と泣き虫な妹のような関係を思い出して私は心が軽くなるのを感じた。
「ふふっ。話題の騎士様がアポロだってわかったらこの仕事は楽勝だね」
「そういえば仕事ってなんだ? ローズとホロからは休みの日に家にいろってしか聞かされてないんだけど」
あの二人、何も伝えて無かったんだ。
まぁ、黒騎士の正体がアポロだって事前に教えてくれなかったし、私達が互いの再会に驚くのを楽しんでいるのだろう。
悪趣味なのは全然変わってないんだから。
「しばらくの間、私がアポロのお世話係兼秘書として厄介になるわ」
「はっ?」
「どうせアポロのことだし、家のことは全然出来てないんでしょ? 廊下に埃は積もってたし、途中で見た部屋には脱ぎ散らかされた服があったし」
「うっ……それは……」
隠し事がバレた子供みたいにバツの悪い顔をして顔を逸らすアポロ。
うちのパーティーは私生活にズボラな人が多くて私がよく叱ってたっけ?
戦いにはあまり貢献できないから普段のお世話をしてあげていた。
王宮暮らしでは使用人達に任せっぱなしだったけれど今でも家事の腕は衰えていないと自負している。
「とにかく、家の事は私に任せてよね」
「つまり、この屋敷にお前が住むのか?」
「そのつもりよ。どうせ一人暮らしで部屋も余ってるんだし問題ないでしょ?」
正体を隠して一人暮らしをしていたアポロだけど、事情を知った私がお世話するならこれまでのような怠慢な暮らしはさせない。
室内の汚れは心の汚れ。普段からキッチリとしてないとどんなボロを出すかわからない。
「いや、俺は別にいいけど。その、お前の方は問題無いのか? 男女が同じ屋根の下なんて」
「今更でしょ。旅の途中は四人で馬小屋で寝泊まりしたじゃない」
渡された路銀が尽きて次の支給日まで間が空いた時にサバイバル生活した経験もある。
水浴びだって交代で見張りをしてたし、そんなもの今更だ。
「話は終わり? だったら早速買い出しに行きましょう。どうせアポロの事だから外食やお弁当ばっかり食べてるんでしょ? 今日は私達の再会祝いにあなたが大好きなハンバーグを作ってあげるわよ」
なにはともあれ、こうして私の第二の……いいえ、第三の人生が始まるのだった。
♦︎
「ったく、よく寝れるよな」
突然家に押しかけて来たマリアンヌは食事の片付けを終わらせると休憩するとか言って無防備にソファーの上で寝やがった。
一人暮らしの男の家だってのにすっかり安心した顔で夢の中だ。
「……変わんないよなお前は」
そっと頭を撫でながらひとり呟く。
勇者パーティーの中で最年少にして一番境遇が過酷だったマリアンヌ。
幼少期に親と故郷と婚約者を魔物に殺され、本人の意思に関係なく聖女にされて戦地に送り出された。
俺が勇者として最後まで頑張れたのはマリアンヌが幸せになれる世界にしてやりたくて痩せ我慢したところがある。
ローズだってホロだって年下の少女が健気に尽くしてくれたから踏ん張ってた。
最初はお転婆で泣き虫で意地っ張りな彼女を妹分みたいに接していたけど、魔王と相討ちになって死にかけた俺を看病してくれた時にその優しさと献身さに惹かれた。
俺達に相談無しに王太子に嫁ぐって言った時は本気で怒ったし、結婚式で花嫁衣装を見た時は攫ってやろうかとも考えて年長者二人に諌められた。
貴族になったのだって、またマリアンヌに会えるように俺だって頑張ったんだぜって胸を張れるようになるためだった理由が大半だ。
「元勇者とはいえ、王妃様なんて雲の上の住人だって諦めて死ぬつもりで働いていたんだけどな」
皇帝夫婦が俺の元にマリアンヌを押し付けた理由はわかる。
多分、死に場所を求めるように魔物を討伐していた自暴自棄になっていた俺へのストッパーだ。
積み上げたものが無くなって、マリアンヌにも顔合わせできなくなった馬鹿な俺への。
あとは多分、人があたふたしてるのを楽しむ愉悦目的だろうな。
女帝だけあってローズは趣味が悪いし、ホロは尻に敷かれているのと兄貴風吹かせるためのお節介だな。
「どいつもこいつも……。くそっ、死ねない理由が増えちまったじゃないか」
こうして欲しくても手に入らなかったマリアンヌが転がり込んできた以上は腐ってられない。
勇者じゃなくてもいいからコイツの前でだけは頼れる男でありたい。
そしていつか……いや、なるべく早く思いを伝えて娶る。
時間かけたり歩み寄るのに悩んでたら横からどこぞの王太子みたいに掻っ攫われるからな。
あのクソ王太子、結婚式の時にマリアンヌじゃなくてローズにいやらしい視線向けてたしな。
次に会う機会があったら一発シバいてやる。マリアンヌに回復魔法使って貰ってローズに魔法と権力で周囲の口封じをして貰えば証拠は残らないしな。
「一人にしないで……」
「するもんか。これからずっと側にいてお前を守ってやるよ」
悪夢を見始めたのかうなされてる彼女の手を握り誓いを立てる。
俺はお前の勇者になってやる。だから俺の前ではいつも笑っていてくれマリアンヌ。
「……ありがとう勇者様」
穏やかな寝顔になったのを確認して、俺はかつて彼女にそうして貰ったように祝福の意味を込めて額に軽く口づけをして寝室に運ぶのだった。
♦︎
魔王討伐後の各国の動きと末路。
【ノックスフォード王国】
国王になったシオン下半身の節操の無さが原因で後継者争いが激化。身内同士の足の引っ張り合いが横行し、王太后が亡くなってからは玉座目当てに子供達から早逝を望まれる。
【ウェスタン公国】
新たに手に入れた辺境の地に魔物が大量発生し、開拓は中止されることになる。
魔物による被害が徐々に広まり、何を考えたのか他国への侵略を開始するがあっけなく返り討ちあって多額の賠償金を抱えることになる。
【べルックリン帝国】
新皇帝の即位時に多少の混乱はあったが、勇者一行の知名度と活躍によりすぐに収束。
革新的な魔法技術の発展と優れた軍事力の育成により他国に差をつけて成長する。
ウェスタン公国との戦争や魔物による侵攻も最強の騎士である黒騎士の手によって速やかに処理された。
黒騎士の人気は帝国内でかの勇者に並び、彼と彼の良き妻である人物との恋愛譚は後世にまで語り継がれている。
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