【短編】悪役令嬢転生は踏み台です
「我が子息エドワードと、マリア・デ・シシリア令嬢、この両名の婚約を解消する!」
私を指差し宣告したのは婚約者の父親で、ぶっちゃけるとこの国の大臣だった。
つまるところお偉いさん、たかが学生が口答えしてはいけない相手だ。
転生者としては、こうした権力者にはへりくだるか、難癖つけて引きずり下ろすの二択で、今は前者のターンだった。
おっさん鼻毛出てんぞ、とか分かっていても口にしてはいけない。
「ご、誤解です……」
と小声で頭を下げて、表情を見せないようにする。
今、顔を見られるわけにはいかなかった。
この、やったぜ、という笑顔を。
+ + +
ここに来るまで、大変だった。
悪役令嬢とやらは、どうしてあんなせせこましくて効果も薄い上に評判が落ちる効果しかない「嫌がらせ」を嬉々としてするのか、理解ができない。
学校、という場所は良くも悪くも人の目がある。
学生は学生の動きを逐一監視したがる生物だ。
情報戦に勝利したがる迷惑な性質がある。
だから、外で動いた方が自由にいろいろできる。
細かい嫌がらせをするより先に、相手の住居に「ちょっとしたボヤ」を起こしたほうがお得だ。
本気で排除するなら、必要なのは半端な嫌がらせではなく気合いを入れた攻撃だ。
けれど、今回、そういうわけにはいかなかった。
だって私は、婚約破棄されなきゃいけないんだから。
人が死んだり治療不可能な怪我が起きるようなことをすれば、婚約破棄に行き着かない。
罪人としての牢獄送りは婚約破棄じゃない。
面倒だけど、欲しいものを手に入れるためには、セオリー通りにしなきゃいけない。
せこい上に無意味なことをしつつ、証拠を残す。
本当に私は何をしているんだろうと虚無感に襲われた回数は数えきれない。
ダンスの授業用に専用のドレスや靴が必要なことをわざと伝えない、それを私が行ったという証拠固めを事前に依頼しておく。
二階からタライに溜めた水をぶっかけつつ、私が行ったという証拠写真をいい角度から撮影しておく。
カンニングをした、あるいは一晩いくらで相手をしてくれるらしい、などの噂をばらまくのは、途中でやめた。これ、証拠になるものの作成が難しい。
サロン内で「あれは私がやりましたのよぉ」と自慢気に話してみても、どっかの馬鹿なヤツが対抗心を燃やして「いやいや、あの噂を流したのは実は――」とか言い出す始末。悪評を自分で作成するような脳なしがいるのは計算外だった。
細々とした嫌がらせをしては、間違いなく私がやったという証拠を整える日々。
まじで私なにやってんだと夕日を眺めて体育座りをすることしばし。
だが、ようやく、やっと、証拠の数々を婚約者の父親へと送り付け、額に青筋立てて「婚約解消だ!」と言わせることに成功した。
満願成就、大安吉日、これまでの苦労が報われた瞬間だあ……!
「お待ち下さい!」
だが、そんな私の内心の拍手喝采に水をリットル単位でかける奴がいた。
私の婚約者だった。
いや、お前はそこで突っ立ってろ、余計なことすんな。
私はとっとと婚約解消されなきゃいけないんだよ。
「あまりに証拠が揃いすぎてはいませんか、それらは作られたものです」
断言すんなや。
ちゃんとしっかり私がやったことだよ。
というかお前は私が陥れたヒロインに惚れてるはずだろ。なに援護してんだよ、「お前の顔など二度とみたくない! ほら、ブヒィと鳴いてみろ哀れで滑稽で最底辺の雌豚が、鳴け、鳴くのだブヒィ〜と! 甲高くフロア全体に響くほどに!」とかテンプレの罵詈雑言を言う役目だろ、しっかりしろ、正気に戻れ。
「どうして水をかけた写真が、完全なカメラ目線で映っているのですか」
ちゃんと撮れてるか気になったからだよ、マジで他意はない。
一番よく映ってる写真がそれだった。
「また、この調査依頼、契約された日付が事件が起きるよりも前です、誰かがマリア令嬢を陥れるためだとしか考えられません」
余計なことに気づくなボケがあ!
いいだろそのくらい、見過ごせよ、見なかったことにしろよ、他人の不正を許せよ!
お前自身の利益のために!
「む、たしかに……」
揺れるなおっさん!
迷惑かつ視野狭窄の正義がお前の持ち味だろ!
ここでその長所を発揮しないでどうすんだ! 証拠送った意味がないだろうが!
「マリア嬢が言う通り、これは誤解の可能性が高い、ですから――」
「あ、誤解じゃありません、私がやりました、まじで」
「は、はあ?」
「エドワード様?」
私はにっこりと、満面の笑顔を浮かべる。
そして、相手にだけ伝わる小声で言う。
「余計なことすんな、転生者」
エドワードという、本来であれば頭お花畑の馬鹿キャラは、何を言っているのかわからないという顔で、やっぱり小声で返答する。
「こっちのセリフだ、ご同郷。大人しく俺の婚約者を続けろ」
+ + +
転生、というものがこの世の中にある。
小説としてはありふれたそれは、無条件かつお気楽にできるものでは無いらしい。
望み通りの、思い描いた通りのゲーム内への転生をしたいのであれば、それなりの対価が必要だと言われた。
神様だかなんだかに提示された条件は、「これから送られる世界内で転生を繰り返し、百回婚約破棄されたらいいよ」という、訳の分からないものだった。
難易度が高いのかどうかすらよくわからない。
世界間のバランス調整として、その行動が必要らしいが、私としてはやらない理由がない。
だって、私が求めているのは、こんな安っぽい、どこかで見たことがあるようなゲームへの転生じゃない。
徹底的かつ奥深く緻密な設定、圧倒的な自由度とキャラクターの一貫性を併せ持ち、言葉ひとつ、動作ひとつですらも意味があり、よくよく観察しなければあっという間にバッドエンドへ直行する高難易度ゲーム『孤想の灯』への転生こそが目的だ。
今のこのゲーム世界は、その踏み台に過ぎない。
とっとと百回婚約破棄されなきゃいけないんだよ、他の転生者が私の邪魔すんじゃねえ……!
+ + +
まあ結局、初回である今回は婚約破棄に成功した。
その場で即座に自決したからだった。
婚約破棄の宣言はすでにされた。
エドワードとかいうクソがそれを覆そうとしたが、あくまでも「覆そうとしている最中」でしかない。
当主が正式な決定として、婚約破棄を下した。
だから、その場で死亡すれば、「婚約破棄されたまま」でいられる。
この辺、契約社会じゃないから楽だ。貴族様が言った言葉はすべて真実になる。
生まれ変わって脳内に浮かぶカウントには、きちんと「1」の文字が浮かんでいる。やったぜ。
「とはいえ――」
問題は、こっからだった。
やけに簡単な条件だと思っていたが、周回型じゃなくて、他の人間との対決型だと判明した。
周回型なら、慣れれば効率的にクリアできる。やるべき最適が分かる。時間こそかかるけど結構楽だ。
だけど、対決型となると話は違う。私の目的を邪魔する奴の裏をどうかくか毎回考える必要がある。
「おそらくだけど、私と向こうは、同時に条件達成はできない」
だからこそ、私の行動を放置しなかった。
わざわざ婚約破棄を覆そうとした。
あの江戸だかワードだか言う転生者は、「私との婚約を維持しなきゃいけない理由」がある。
「OK、つまり敵はあの転生者だ、このゲームじゃない」
この世界は、私にとっては踏み台だった。
踏み台ってことは、踏んで良い場所だけを選んで踏むってことでもある。
けど、そうじゃないなら――
これが転生者の二人が対決するための舞台であるなら、話は違う。
「敵を倒すためなら、どんな手段も許される」
『孤想の灯』で学んだことだ。
相手が動くより先に動く。先手を打つ。
それも、徹底的かつ反撃を許さないように。
+ + +
シシリア領は中堅の、見どころのない土地柄だ。
北に海があるけど、造船技術が未発達な上にモンスターがわんさといるせいで活用できない。
南の方に山があるけど、あまり鉱物資源はとれない。
中央部分に土地はあるけど、お世辞にも肥沃な大地だとは言えない。
結果として、当たり前の事業展開でそこそこの利益を上げるしか無い。
うん、長期的に見れば、それはとても正しい。
私と隣領貴族との婚約も手堅い一手だ。
だが、そんなもんに付き合ってる暇はないのでクーデターを起こして領そのものを質に借金まみれになりながら軍備を整え、速攻でエドワードのいるナヴァル領へと攻め入った。
相手が対処をするよりも先に何もかもを終える。
収穫時期の秋を狙ったにも関わらず、食料には目もくれずにただまっすぐ領主城を目指し、着火し、這々の体で難を逃れた領主を踏みつけ、端的に要求を突きつけた。
「婚約破棄をしてくれませんか?」
「な、なにを、貴様は何を言っている!!????」
ちなみに私の現在の年齢は十歳。
婚約はつい先月に決まったばかりだった。
困るな―、松明を手にして取り囲んで、ついでに確保した奥方やらエドワードやらの首元に剣を突きつけながらの頼み事なんだから、とっとと呑んでくれないと。
「婚約破棄を、して? わかる? ねえ、言葉わかる?」
「父上! 騙されてはいけません!」
「黙れノロマ、領主同士の交渉に口出しすんな」
手足の一本でも切り取ってやろうか。
「交渉、これが、交渉だとぉ!?」
「ええ、私が欲しい物を手に入れるために、有利な状況を整えただけですよ? さあ、どうしますか?」
信じがたいという顔だったが、素直に領主は頷いた。
物分りがいいと話が早くて助かる。
口をふさがれてモゴモゴと騒いでるどこかの嫡男とは大違いだ。
私は狙った通りの称号――婚約破棄された悪役令嬢を手にしたことで満足し、にっこりと微笑みかけた。
ありがとう、本当にありがとう。
そうして、用意しておいた巨大爆弾に着火した。
うん、だって、万が一にもまた婚約とかされるような事態になったら困るしね。先手は打たないと。
+ + +
カウント2だ。いやっふぅ
まあ、こっからは同じことをあと98回繰り返せばいいだけだ。
向こうのエなんとかは、クーデターとか起こせないタイプだ。このゲーム世界に愛着があると見た。
けど、私にはそんなものまったく無いし、どんだけ壊しても罪悪感もない。
これは絶大なアドバンテージだ。
さあ、今日も元気に両親を毒殺して権力を手にしよー。
あ、けど、その前に情報収集。敵はどんだけ馬鹿にしてもいいけど、舐めたらいけない。油断は敗北への直通路だ。
そうして相手の現状を調査して――
「は?」
ナヴァル領に、エドワードなんていう嫡男はいないということを知った。
「はあ?」
どんだけ探してもいなかった。
最初っからそんな奴なんて居ないというように。
より詳しく調べた結果、エドワードが誕生したと思しき年に混乱があった。
誰か誘拐されたとの噂が流れたが、ナヴァル領主はそれはデマだともみ消した。
冷や汗が、背筋を流れる。
私に命じられたのは、百回の婚約破棄だ。
これが単純に、言葉通りならいい。適当な相手を見つけて脅すなり脅迫するなり弱みを握るなりして破棄させればいい。
だけど、違ったら?
このゲームの初期状態における『婚約』を『破棄』しなければならないとしたら?
エドワードとの婚約破棄だけを、カウントしているとしたら?
「やってくれる……ッ!」
ギリギリと奥歯を噛みしめる。
「これじゃエドワードと婚約も、婚約破棄もできない……!」
敵の一手は、とても効果的だった。
特に私に対しては効果抜群だ。
金とコネとツテを使ってエドワードの行方を探したけれど、まるで見つからなかった。
21世紀の日本だって行方不明者になった人なんてそう簡単に見つからない、戸籍すらあんまり無いような場所なら、なおさらだ。
「というか、あいつどんな顔だった……!?」
まじで興味がないから欠片も憶えてなかった。
眼の前につれてこられても本人だと断言できない。すっとぼけられたらそれで終わりだし、影武者が「おれエドワード―」とか言われても私は信じる。
「やっべえ……」
生来の人間への興味のなさが、こんな形で牙を剥いた。
なんだよ、一般人とか裏もなければステータス表示もされないし効果的な伏線すら張らないじゃないか、そんなの憶える価値なんてどこにもないんだよぉ!
「待て、考えろ、思考を回せ……!」
私の目的は婚約破棄だ。
じゃあ、相手の目的は?
わざわざ婚約を維持しようとした理由は?
この現状をみる限り――
「私と違って、婚約は向こうの必須条件じゃない……?」
だから逃げ出した。
嫡男としての立場を投げ出した。
私との婚約維持は、条件達成のための一つのルートでしかない……
え、なにそれずるい。
ちょっと難易度に差がありすぎでは。
その後も手がかりは得られないまま、私は八十八歳の大往生で死亡した。
百回くらいは婚約破棄と結婚と離婚を繰り返して不倫やら略奪婚やらをして、挙句の果てに結婚禁止令とか出されたんだから、ちゃんとカウントされてくれ……!
+ + +
無理だった。
カウントは2のままだった。
やはりエドワード相手じゃないと『婚約破棄』にならないらしい。
くっそぉ……返せぇ……!
私のしたくもない結婚と離婚と不倫と寝取りをした時間を返せ……ッ!
いや、考えてみればエドワードの奴が悪い、アイツが雲隠れしたのがぜんぶの原因だ。
畜生め、きっと一人で条件達成していたに違いない。
婚約破棄を求めてさまよう私を影からこっそり笑ってたんだ。
あの野郎、許せねえ。
自意識を取り戻した時期はいままでと変わらずに五歳児だった。
たしかエドワードは私よりも二歳から三歳くらい年上だった。つまり、スタートする時期が違う。これは思った以上のディスアドバンテージだ。敵に先手を取ることを許している。
「また雲隠れされたら――今回は……」
「どうするつもりだ?」
声は背後から聞こえた。
同時に、視界が暗転した。
気絶させられた。
肉体的にはまだ弱っちいけど、それなりにこの世界の魔術や戦闘について学んでた私がだ。
んな馬鹿なと思ったときには、どこぞの密室で目覚めていた。
床も壁も魔鉱で作られた部屋だ、出入り口はどこにもない。ポイント登録だけして瞬間移動で出入りすることを想定している部屋だ。悪徳貴族の嗜みのひとつ。私も持ってた。いろいろ便利なんだよね。
「――」
後ろ手に拘束されている。
足にはなにもついておらず、口は塞がれていない。
椅子に座った状態だけど、怪我の類もなし、首筋が痛むけど許容範囲内。
つまり、戦える。
「どういうつもり?」
けど、まずはそう聞いた。
私の背後に向けて。
文明人なので、まずは対話から開始すべきだ。
「こっちのセリフだ。いきなり戦争ふっかけたと思ったら自爆なんてしやがって……」
「ん……?」
聞いた憶えのある声だった。
エドワードだ。
同時に、会話内容に疑問を覚えた。
私視点での『前回』が無かったような発言をしている。
なんで?
いや、今は話を合わせるべきだ。
こちら側が得ている情報を与える必要はない。
「最短で婚約破棄するには、すっごくいい方法でしょ?」
「婚約破棄のために戦争起こすなって言ってんだよ!」
「はは、まあねえ」
嘲笑を加えて続ける。
「婚約するために誘拐するのと同じくらい、非常識だったかもね?」
たぶん、背後からナイフを突きつけられている。
接触こそしてないけど、その金属の冷たさは伝わる。
下手に動けば、あるいは、激昂させるようなことを言えば突き出される。
うーん、いつ動いて、どう怒らせよっかなー。
「少なくとも俺は、人が死ぬようなことはしてない」
「それが免罪符になると? 犯罪は犯罪でしょうに。跡継ぎが戦争好きか、それとも跡継ぎが幼女誘拐好きかだったら、私は前者の方がまだマシだと思うけど?」
前者は上手くすれば英雄になるけど、後者はどうやっても英雄になれない。
あ、でも変なことが一つある。
今の私はまだ五歳かそこらだ。
けれど、背後から聞こえる声は、明らかに同年代じゃない。年齢差三歳とかそのレベルじゃない、これ、まさか――
「ハッ、残念だったな、俺はもう跡継ぎじゃない」
私は後ろ手に縛られてるだけで、拘束はされていない。
だから、背後へと振り向けた。
そこには壮年の男がいた。
「俺がノロマだって言うなら、それに間に合うだけの時間をもらっておいた」
その首元には領主の象徴であるペンダントが揺れていた。
「……転生するタイミングを、早めた……?」
そんなことできるとか聞いてない。
まさか、私視点での『前回』を一回スキップして、その分だけ誕生を早めた……?
「今はもう俺が領主だ。だからこそ、俺の権限で決めることができる。シシリア領のマリア、俺と婚約してもらうぞ」
「うわ、きっしょ」
「安心しろ、正直俺もそう思ってる」
「だったら今すぐ自害してくれない?」
「そういうわけにもいかないっての……」
年に似合った苦悩を顔に刻みながら、その転生者は言う。
「このゲームで、十回もバッドエンドを踏まなきゃいけないんだからな。お前との婚約はその条件に入ってる」
+ + +
脳味噌を直接ぶん殴られたような気持ちだった。
え、十回って言った? いま十回って?
私が百回も婚約破棄されなきゃいけないのに、このクソ男は十回で済むと?
「へ、へえ、大変ね」
「まったくだ、お前も同じようなもんだろうけどな」
貴族としての生活を続けてよかった。
感情を悟らせず、ただ笑顔を浮かべることができた。それでもちょっと漏れたけど。
しかし、なんだ、その不平等過ぎる条件は。
難易度に差がありすぎじゃないか。
私が十回婚約破棄される間に、向こうは一回成功すればそれで済む。しかもそれは今回で言えば成功しつつある。
私がこれを覆してリードを奪うためには、あと9回も婚約破棄される必要がある。
ん?
んん……?
というか、これって条件考えると、やばくないか……?
いや、私が不利ってだけじゃなくて、根本的に。
「ねえ」
「なんだよ」
「そっちは私との婚約状態でバッドエンドとやらを迎えるのが条件よね?」
「そうだな」
「私は、婚約破棄が条件」
「ああ、やっぱそうか」
「……これって、片方がクリアしたら、どうなるの?」
「え、そりゃあ……」
目線を重ねる。
私の危惧を、少しは共有したらしい。
クリアしたら、この世界から抜け出して望む通りの世界へ行く。片方は必ず残される。
「私の場合、別の転生者エドワードが来て、その相手と婚約破棄していいなら大丈夫。だけど、そうじゃなかったら?」
「え、待てどうなる、それ」
「条件として絶対にクリアができなくなる。下手をしたら、片方が永久にこのゲームに閉じ込められることになるわね」
世界間のバランス調整のために必要、そう説明された。
たかだかゲームをするだけで、その調整とやらになるのか?
ちょっとそれはお手軽すぎやしないか。
そうじゃないとしたら、もっとクリティカルなものを乗せられているとしたら、どうだろう。
たとえば、人の魂を牢獄に閉鎖して、永久に抜けさせないようにする。
魂の入った武器のゲーム版。
魂の入った遊戯場は、神だか悪魔にとってはそれなりの価値があるのかもしれない。
それも、自ら臨んで入り込んだ魂だ。契約して、勝負して、条件達成できずに苦しみ続ける魂だ。
「おま、それ……」
「まあ、あくまでもそうかもしれない、って話だけどね」
というか、ちょっと衝撃が強すぎてペラペラ喋りすぎた。
ある程度は経験を得ていても、しょせん身体は五歳児、蝶々が飛んでたら追いかけたくなる年頃だった。
「仮に、仮にそうだったとしてもだ――」
苦悩しながらエドワードは言う。
「悪いが、俺には夢がある、このまま俺は続けるぞ。今更やめられるか」
「そこらヘンはお互い様ね、恨みっこなしの方が気が楽だわ」
「俺は絶対、ヘブンセブンアフターの世界に行く……!」
有名なゲームタイトルだった。
人生棒に振ってでも行きたがる人がいることに納得できるくらいには。
「私も、『孤想の灯』のセス様の全ルートをクリアしてみせる、そのためなら何を犠牲にしても構わない」
「……セス……?」
「呼び捨てにすんな、クソが、名前を呼ぶだけでも万死に値する。百回ぶっ殺すぞ」
「え、いや、悪い。だけど、そのゲーム、俺は詳しくないが自由度の高さが売りじゃなかったか……?」
あ、知ってたんだ。
「……たしかに、『全てのキャラクターと、全ての恋と、全ての死を』がコンセプトね」
具体的には数々のキャラクターすべてにAIが担当していて、それぞれ自由に恋をする。
一度として同じ恋にはならないし、恋愛する対象も制限されていない。
設定はあっても話の筋はないから、毎回違う物語になる。
「だったら、全ルートクリアは、原理的に無理じゃないか?」
「いいえ、擬似的には可能よ」
「んん?」
別に隠すつもりはない。
私は私の野望を宣言する。
「ここでは生まれ変わりを繰り返している。私は『孤想の灯』でこれと同じことをする。セス様と恋愛可能なすべてのキャラに――彼の妹から父親母親親戚隣友人近所の人から飼い犬果ては彼の分身に転生して、彼との恋愛を成就させる、セス様との恋愛可能な全キャラに、私はなる――ッ!」
好きなゲームに入って、好きなキャラと恋愛する?
それじゃ足りない。
そんなものじゃ満足できない。
私はセス様との恋愛の可能性すべてを味わい尽くす。
そうしていつしか、セス様以外のすべての存在に、私が成り代わる。
近所の道行く人も、通う学校の校長から生徒から用務員からアリンコまで、すべてだ。
そこでセス様は自由に相手を選び、恋をするのだ、どれを選んでも『私』だから問題ない。
本当の意味で、彼と私しかいない世界を作ってみせる……!
「……」
人が天井を見上げて雄々しく決意しているというのに、横から水を差す視線があった。
「おい」
「なんだ?」
「なに人とのこと狂人みたいな目で見てる」
「実際そう思ってるよ、それ聞いて思わない奴の方が珍しいだろ!」
「どこがよ! 私ほどセス様の幸せを願ってる人間はいないわよ!」
「願った先の幸せがどう考えてもディストピアじゃねえか!!」
「人の幸せにケチつけんなクズが!」
「決めた」
やけに真剣な顔で、エドワードとやらは言う。
「そのセスってやつのためにも、お前をこの世界に閉じ込める、出会わせないようにする。それが誰にとってもハッピーエンドだ」
「また呼び捨てにしたな? 二回だ、二回もお前のようなクズがその尊き名を言ったな? もう遠慮せずに叩き潰す。覚悟しろ」
「……お、おう」
なに「それでまだ遠慮してたのか」みたいな顔してやがる。
当然、していたに決まってるだろうが。
越えられるタブーはまだまだある。
手始めに、私は自身の舌を噛みちぎった。
『婚約』した状態のままだから、相手にカウントが行くだろうが、構わない。
重要なのは、転生を行うことだ。
+ + +
今の命から別の命へ、移り変わるその刹那の合間に意識を集中させる。
時空の間のような場所で覚醒する。
引き寄せられる流れに逆らい、その分だけ時間的な自由を得る。
おそらく、これを利用してあのエドワードは一回スキップを行った。
そうして、より過去へと誕生した。
簡単というわけじゃないけど、できなくはない。
なので私は十回スキップを行った。
自意識の覚醒から、老衰による死亡を引いた83年、その十回分。
時間にして830年分を巻き戻る、ゲーム的には禄に設定も定まっていないようなその時間軸へ行き、そこで勇者と呼ばれる人間に追随した。
そう、私は前前回、マトモに一生を終えた。
結婚やら離婚やらに現を抜かしながらも、この世界について勉強もしていた。
この時期に、勇者とやらが魔王討伐に向かうことは知ってた。
だからこそ、熟練の魔術の腕と未来技術を駆使して手助けし、勇者が落ち込んでいれば慰め、騙されそうになれば救い、一緒に遊び、笑い、泣き、最後の最後で勇者を裏切った。
信じたものに裏切られる人の顔って、何度見ても心が和む。
魔王がドン引きしていたのは心外だ。
ちゃんと事前に打診してただろうに。
ちなみに、裏切ったのは魔王に仕えるためだった。
そこで封印系の技術を得ることが目的だ。
禁呪とされているものを学ぶためには、わざわざ魔界とやらにまで出向く必要があった。
「ふふふふ……」
エドとやらが邪魔をするのであれば、邪魔をできないようにすればいい。
相手の存在ごと封印した後で『婚約』し、自ら『破棄』する。
『孤想の灯』では似たようなことをよくやっていた。
相手の意思を変えられないなら、相手を存在ごと変えればいいじゃない方式だ。
そうして、その封印された状態のままエドワードを『次の転生先』にまで持っていく事ができれば、私の勝利は確定する。
この世界における婚約は領主間で決定され、破棄は片側の領主の意志でも行える。
つまり、『封印されたエドワード』という貴族嫡男でもなんでもない相手なら、領主になった私の意志で婚約およびその破棄が可能だ。
そのために魔王と契約して悪魔化したし、習得のために800年の年月を用意した。
「さて、そこまで考えて、対策できる?」
できるのであれば、対等な対戦相手として認めてやろう。
できなきゃ、その程度の相手として扱う。私が条件を達成するためのアイテムとしての扱いだ。
そう、この世界は、私にとって踏み台だった。
それをエドワードとかいう転生者が対戦場へと変えた。
私はそれを更に、『ただの踏み台』に変えようとしていた。
エドワードを物質化させることによって。
「ふふ……楽しみ……」
神も運命もエドワードも全員をぶっ倒して、望む世界へ私は行く……!
このゲーム世界と、次のゲーム世界の平和はエドワード君の頑張りにかかってますが、勝率はたぶん低い。
よければ高評価、いいね等よろしくおねがいします!
そろそろ完結する連載も書いてます。
家が主人公で、家が願いを叶え、家とその周囲がいつの間にか無茶苦茶になる話。
『家にドラゴンが来たらどうしよう』
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