語らうなら君波のとなりで
新年早々、居酒屋で一人孤独にお通しを食す女。
君波今宵がそこに居た。
ちょっとだけ青みのある黒髪は、後ろで一つに結わえられていた。
スーツ姿に、ポニーテール。
時間帯と格好から、仕事初めの帰りなのかと察した。
「あ、塚野目君じゃん。お久しぶり」
「よう、君波」
「あーあけおめたっす」
「ああ。あけおめ」
(……たっすって何だ?)
「もしかして塚野目君も一人か?」
「そうだけど」
「さみしい奴だ。君は確か、去年の成人式の時も、その後の打ち上げの時も、一人でさみしく飲んでいただろ?」
「いやいや? 楽しんでいたよ、俺は」
「一人でか?」
「ああ。第一、その言い方で言えば、君波もさっきまではさみしく飲んでいた事になる」
「……」
やや沈黙があって。
「まぁ座りたまえ」
「否定しないんだ」
「座れと言ってるんだよ! ……まぁまぁ、塚野目君。ここに君の席を用意した」
「なんでもいいけども」
四人掛けのテーブル席。君波の対面に俺は座った。
「塚野目君は、アレだな」
「?」
「私に、一人で楽しく飲む方法を教えるべきだ」
「え? ……なんで?」
「こんな綺麗な見た目の女性が、年明け間もなく一人で居酒屋にいるなんて、そいつはどうなんだ? 世も末じゃないか? 世間の男性諸君は、一切私に見向きもしないっていうのか?」
「今はお一人様も多い時代だからな。そんなに誰かと飲みたいのなら、誰かを誘えばいいじゃないか。そういうお誘いは、君波からしてないんだろ?」
「お誘いだなんて……女性がするとでも思っているのか⁉」
「……」
やや形容しがたい沈黙があって。
「女性もしていいだろ。どういう了見で女性から誘っちゃダメなんだよ?」
「えっ……それはぁ~、恥じらうっていうか~。うんうんっ。はしたないって感じぃ?」
「急に女っぽくなったな。控えて控えて」
「私は女だ! 「ぽく」ではないんだよ! 女性が女性っぽさを控えてどうするんだ?」
「女性っぽくない女性が、女性っぽい事するからややこしいんだよな」
「うっう……私は女なのに。X染色体ダブルなのに……」
「俺も君波はX染色体がダブルだと思うけど……もうアルコール入ってる?」
「まだお通しだけだけど」
「素面でこれか」
「これか、とはなんだ! 塚野目君もお酒を注文したらいい。私はもう注文した」
「ああ」
俺が頼んでしばらくすると、両者に最高の一杯、生ビールが運ばれてきた。
「不思議だ」
「え?」
「不思議だよ、塚野目君。私は確か、君が来るより十分くらい早くここへやってきたんだ。だというのに、なんで頼んでた生ビールが一緒にやってくるんだ?」
「え、それは……店側の人手不足とかじゃないのか?」
「はっは。違うな。私が思うにこれは「あっ、女性がお一人様で居酒屋にご来店⁉ 嘘だ! 絶対後から誰かと合流するはずよ! ならその人の飲み物と一緒に出せばよくない? 席まで無駄に往復したくないわ~」という斬新なサボタージュだ」
「なんで女性口調? ここ、男性店員しか居なさそうだけど」
「斬新なサボタージュ!」
俺の声は届いていないらしい。
抗議活動のように生ビールを片手に掲げた君波は、今のセリフが「乾杯!」の意味を持ち合わせているとでもいった様子だった。
「……」
「ほら、塚野目君も一緒に! さん、はいっ」
「「斬新なサボタージュ!」」
(なんだよこれ……)
謎の乾杯音頭と共に、俺達はジョッキを傾けた。
「……っぷはぁ~! ビールが身体の毛細血管まで行き渡りそうだぜぇ!」
「っぷはぁ……。ビール上手いな。俺も新年から飲みにきて正解だったわ」
「そうだろう、そうだろう? 塚野目君、君はこれからもここへ通いなさい! そして私に一人居酒屋の楽しみ方を教えるんだ。業務命令だ」
「君波、俺の会社の上司だったっけ?」
「さて、喉を黄金色に潤わせたところで、だ。世間の男性諸君がなんでこんな美女に見向きもしないのか、引き続き侃々諤々の論争と行こう」
「いや、それはさっきも言ったが、誰か誘えば良いのでは――「私が思うに! 行き過ぎた美貌はバリアにもなってしまうって事だよ!」
「はぁ……。バリアねぇ……。そうなのか?」
「だって、街中に女優の出ている広告があるだろう?」
「……」
「あれは広告だから許される美しさなんだよ。あれが現実で、いきなり目の前に現れたら許されない! 特に同じ女性からはな」
「ずいぶん失礼な事言い始めたな」
「だって事実だよ! 私も前々から薄々勘付いていたが、女性が女性を引きずり降ろそうとする力は、凄まじいものがある!」
「世の女性がそんなにやっかむかぁ? ちょっとそれは言い過ぎな気が――
「塚野目君! SNSをご覧よ! そこに書かれた妬み嫉みから、目を背けずにいられるか⁉ っかぁー、やってられないんだよこれがぁ!」
君波はさらにビールを煽る。
さながら中年オヤジのよう。
アルコールの入った君波の中身は、完全におっさんなのだと悟った。
「でも、美人はやっかまれるだけ他の所で得をしていると思うが」
「得? 得ってなんだ?」
「まぁ例えば男性に優しくされたりとか? わからないけど、タクシー代が安くなったり、商店街の肉屋でコロッケを一個サービスされたり」
「私は電車通勤だしコンビニ派だ。コンビニで、美人だから一個サービスされた事なんてないぞ⁉」
「……」
「おかしいだろ⁉ その意見でいえば、コンビニの男性店員にも優しくされなきゃ、美人なんて損じゃないか⁉」
「いやいや、少なくとも損ではないだろ。全国の美人じゃない人に謝れよ」
「……」
「ほら、「全国の美人じゃない女性のみなさん、ごめんなさい」って謝って」
「塚野目君、私は気が付いたよ。その言い方は、大変失礼なのだと。果たしてそれは謝った事になるのか?」
「顰蹙を買いつつの謝罪だけど、まぁ君波は初めから顰蹙の的だから大丈夫だと思う」
「どうして私がそんな的に」
「さっき美人は云々て、自分で言ってただろ」
「っかぁー! 辛いもんだ。生まれた時のパラメーターを自分でいじれるわけでもないのに!」
「いじれたらすごいな。そしたら自分をブサイクにするんだろ?」
「……」
「おい、ブサイクにするんだろ? 「します」って言わなきゃ話が矛盾してくるぞ」
「……いや! そういう話じゃないだろ?」
「え?」
「皆がパラメーターをいじれるんだ。それなら、皆が美人になるわけだし、私が外見を美人にしたってセーフ! 大多数が美人ならセーフだろ⁉」
「そういう捉え方になるのかよ……。じゃあブサイクは不要というわけか」
「それは違うぞ。ほら、塚野目君。ここの居酒屋のメニューに「焼き鳥」と「鳥の唐揚げ」があるだろ?」
「ああ」
「どっちも、接種するのは鶏肉なわけだけど、どうしてわざわざ違う料理にする必要があるんだ?」
「……」
「答えは単純明快! 好みの問題だ。それぞれにすきずきがあるから手を変え品を変えやってるわけだよ!」
「さっきの話と、鶏肉料理の話は全然結びつかないと思うけどな⁉ その引き合いで言うなら、美人が厚化粧した時と日焼けサロンにいった時の話くらいだろ?」
「じゃあ私はナチュラルメイクだし日サロも行かないから、原材料の鶏肉という事か。素材の味をそのままお届けか」
「メイクすりゃいいだろ……。というか、なんだかんだグタグタ言うが、そろそろ料理を注文したらどうだ? 頼みもせず席に座っているのはバツが悪い」
「そうだな。何しろ生を飲んでからお通ししか口にしていない」
それから君波は食べたい物を注文した。
特に好き嫌いのない俺は、君波が頼んだ物を一緒につつく事にした。
「で、君波は今日、初仕事だったのか?」
「そうだ。今年に入って初めての仕事。まぁこのやる気の出なさといったら、五月病の数倍に匹敵するだろうというものだ」
「あ、それはわかる」
「だろう? 長期休暇は人を堕落させるんだよ。それも踏まえた上で、暦を赤くしてほしいもんなんだよ」
「えっと、つまり祝日を増やせって言いたい?」
「違う違う。真っ赤な祝日から、いきなり白い平日になったら落差で身体がびっくりしちゃうだろ? だから、中間の「ピンクの日」を設けてくれと言ってるんだ!」
「ピンクの日?」
「ああ、そうだよ。ピンクの日があれば、この一月病やら五月病やら九月病やらで喘ぎ苦しむ下々の民の悩みは解消されるんだ!」
「でもカレンダーにピンクの日が作られたら、ちょっとイケない感じするだろ」
「え? 何がイケないんだ?」
「……」
「……」
「ピンクといえば卑猥」
ぽつりと俺は言った。
「なっ……! そ、そういう意味で言ったんじゃないからな⁉ 大体、なんでカレンダーに卑猥な日を主張する必要があるんだ⁉」
「その日はご夫婦で仲良くしましょうデー的な」
「そんなものはご家庭で自由でやってればいいだろ⁉ 全国規模で国が決めるな」
「少子化に一石投じてみたという事で」
「とと、とにかくだ! ピンクの日がカレンダーに搭載される事を私は望んでいるよ!」
「そうか。叶うといいな。というか政治家になれば叶うかもしれないな」
それから俺達は運ばれてきた料理を黙々と食した。
俺は少しだけ食べて、店を出る事にした。
食べた分のおおよその代金を君波に渡そうとすると、「それは受け取らない。話を聞いてくれたお礼だ」と言って突き返されてしまった。
(俺も話したし、お礼を貰うほどでもないんだけどなぁ)




