さんじゅうはち、
結局、彼は誰も殺してはいなかった。
『とにかく探す事を優先してたから……だけど、あの頃の俺だったら確実に殺してたよ。さすがに今の俺は武器なんて持ってないしね』
そう笑った彼は、けれども一度も私と目を合わせなかった。
『あの日、あなたが死んでから後……あやつは確かに人の心を失い、変わった。それはあなたの責というわけでは無く、あやつの弱さだったと俺は今でも思うのだが、それでもあなたの死がきっかけとなったのは事実だ。……それだけ、あやつにとってのあなたの存在は大きかった』
かつて彼の主であった友人は、そう言って泣き出しそうな顔で笑った。
『あなたを失って、あやつは絶望と哀しみの中で再び人の心を失った。そして誰よりも忠実に俺の与える任務をこなしていったよ。それはそれはできた部下だった……』
あの時代で迎えた私の死後、そうだ確かにあの後も世界は続いていたのだと、その世界で彼は確かに生きていたのだと気付かされた。
頼む、あやつを解放してやってくれと頭を下げた友人に私は何も言えずにただ頷いた。涙がぽろり、と零れて床に染みる。頭の中はまだごちゃごちゃしていて、どうしたらいいかなんてわからなかったけど、でも一つだけはっきり理解していた事があった。
私も彼もこのままじゃダメだということ。
もう今までのようには過ごせない。そう思った途端に悲しいような、ほっとしたような気持ちになった。そしてその時になってようやく私は今まで不安を抱えていた事に気付いたのだ。きっと彼もそうだったのだろう。私達はまだ、あの頃を引きずって生きているのだ。それがわかった時、私は決意を固めた。
全てを終わらせよう。さよならをしよう。
そしてそう決意したその翌日、彼は私の前から姿を消したのだった。
あの頃と今とこれから。
(さよならをしよう、新しい始まりを迎えるために)