さんじゅうなな、
目が覚めた時には、辺りは真っ暗だった。あちこちがズキズキと痛む体。その痛みによってしっかりと覚醒した私の耳に届いたのは、悲鳴だった。
今までに聞いたことの無い、形容しがたい音が何度も何度も響く。ガラスの砕け散る音、何かが叩きつけられたような音、固いものが砕けるような音、物が落ちたり倒れたりしたような音、そして水音。最初は聞こえていた怒号も、そのうち悲鳴に変わって。
『あの子は何処だ!?』
彼の怒鳴り声だけが嫌に鮮明に聞こえた。
『……ここ!私は、ここにいるよ!』
思わず応えるように張り上げた声に、全ての音が止んだ。そして小さな靴音と共にフラリと私の前に現れた彼。小さく名前を呼ばれて、抱き締められる。手足を封じていた縄を解きながら、彼は何度も私にごめんと謝った。濃密な血の匂い。私に触れた彼の手は血に濡れていた。
『怪我……したの?』
『え?』
『血が……』
『ああ、これ……俺の血じゃない、から』
闇に慣れた私の目に映った、哀しげな笑顔。よく見ればその頬にも血が付着していて。思わず絶句する私の目に次に映ったのは、彼の背後に振り上げられた鉄パイプだった。
声を上げようとしたその瞬間、くるりと振り返った彼は片手で鉄パイプを掴むとそのまま壁へと叩きつけた。ぎゃ、と短い悲鳴を上げてくずおれたのは一人の男。
『あんたらさ、自分達が何したかわかってる?この子連れ去って傷付けて……。そっか。また俺からこの子奪うつもりだったんだ?あの時みたいに』
聞いたこともないような低い声で彼はそう言って、ぐぃっと男の首を掴んで持ち上げる。
『ひぃ……っ!!ば、ばけもの!』
『そーだよ。なぁんだ知らなかったの?……こっちは人間なんてとうの昔に何千人も殺してんだ。ケンカ売る相手も方法も、全部間違えちゃったみたいだね』
ばいばい。
そう言って首を掴む手に力を込めようとした彼に私は必死ですがりついた。
冷たい瞳、血に濡れた手。
(そして気付いた。あの時の別れが彼を深く傷付け、変えてしまった事実に)