じゅういち、
夕焼け空を見ていると、不意に思い出す事がある。愛犬と一緒に歩いたあぜ道、部活帰りに一人きりで見上げた空、台所から漂う夕飯の匂いに、友達の笑い声。なんだか無性に懐かしくなって、胸が痛くなる。もしかしたらもう二度と見られないかもしれない情景を、夕焼け空は思い出させるのだ。もう見ていたくないとも思うのに、どうしてか空の赤から目がそらせない。
「……風邪ひくよ」
ふと傍らに降り立った気配に詰めていた息をそっと吐く。見上げれば、どこか寂しげな笑顔。
ぼろっと一粒、涙がこぼれた。
「ごめん」
「……なにが?」
反射的に出た言葉だったから、自分でもどうして謝ったのかわからなかった。言葉に出せなくて俯けば、左手にぬくもり。ああ、そうか。
「さみしかったんだ、私」
久しぶりに一人になって周りが静かだったから、ここに来るまでの事をぼんやりと考えていた。それはつまり、望郷の念とかいわれるもので。
「帰りたくなっちゃった?」
「……そうだね、たぶん」
「帰らないでよ」
ねぇ、ここにいてよ。
そう言って握られた手の強さに、胸の奥が熱くなる。見上げた先には、いつものポーカーフェイスが崩れた情けない顔。思わず笑った。
「ねぇ、知ってる?」
「何を?」
「私の帰る場所はね、あなたの隣りなんだよ」
だから早く仕事終わらせて戻ってきてよね、なんて笑えば、一瞬ぽかんとして、そして困ったように彼は笑った。
「……ばかな奴」
そうして二つの影が重なって、空を夕闇が静かに覆った。
私の帰る場所。
(そして私は、過去を捨てた)