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実家のある集落より上は、山を越して隣町まで行かないと次の集落がない。だからか道は上へ進むに従って荒れてくる。
道端の雑草は左右から内側へと侵蝕するように伸び、センターのひび割れからは、生命力の強い稲科の雑草がアスファルトを断ち割るように蔓延っていた。まるで世間から置き去りにされた廃村地区の道路のようだ。
ただでさえ狭くカーブの多い路線だが、設置されているカーブミラーは極端に少ないため、見通しの悪い場所に差し掛かると速度を落として進まないと危険だった。
道上の落石防護ネットを飛び越して落ちて来た岩が、アスファルトで砕けて路肩に散らかっている。
途中、農作業帰りらしき軽トラとすれ違ったが、知らない顔の中年だった。向こうも同じことを思っていただろう。
まったく見ず知らずの相手でも、運転席からとりあえず軽く会釈はする。それは田舎特有の習慣なのかもしれない。
東京の雑踏では完全にあり得ないし、そもそもすれ違う他人に意識を向けることなどない。
都会に存在する無関係の他人は、田舎の道に転がってる石ころと同程度の位置付けだろう。
つづら折りの悪路は長く続き、ようやく平坦な地形に変わる。
いわゆる高原と言われる標高まで達してくると、樹木の種類も変わってくる。
低地では生育しないシラカバなどが多くなり、アカマツやカラマツの針葉樹などが寒々と林立している。
実家のあたりは穏やかな陽も差していたが、ここまで登ってくると空はどんより曇り、薄く霧も巻いてきた。
レンタカーのライトを点灯して、平坦な直線道路を抜けた先に、『歓迎 慶城湖』の飾り門が現れた。
私は路肩に車を停めて降りると、飾り門を下から見上げる。
設置した当初は鮮やかな原色で書かれた文字だったと思うが、霧の中で見る看板は、パステルカラーよりも薄く退色して、門の鉄骨の白いペンキは剥がれ、あちこちに赤茶色の錆びが浮いている。
空中の横断看板部は、薄い鉄板を箱状に組んで作ってあるが、経年劣化で一部の板は剥がれ、ダラリと垂れ下がって微風に揺れていた。
門を潜って過ぎると道は少し下り坂になり、樹間を縫うようにカーブが続き、やがて湖面が見えてきた。
霧のため全周は見渡せないが、広くなった視界が気持ちを解放させる。
湖に沿って作られた周遊道路をゆっくり走り、管理棟を過ぎた先の砂利の駐車場に車を停めた。
私はライトを消しエンジンを止めると、車外へ出る。
無音ともいえる静寂に、寒さが加わって背筋から震えが上がってきた。