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細い雑木の下の平らな場所に腰籠を置くと、籠に付いているロープを雑木の胴に巻きつけ縛る。
作業用手袋はポケットにしまい、代わりに厚手の革製の手袋をはめた。
この場所から上は勾配がきつくなり、立木の密度は低くなるが、岩が剥き出しになってくる。
私はブーツの紐を締め直すと、上を目指して登りだす。
最低気温が一桁になってくると、夜の間に降りた露でどこも湿っぽく滑りやすい。岩にスパイクを噛み込ませるように踏み、木の幹や枝や出っぱった岩を掴みながらゆっくりと登っていく。
ロッククライミングほどではないが、足場の悪い急斜面なので全身の筋力を駆使する。体力は想像以上に消耗した。
吐く息は白いが、頭や顔から流れてくる汗は顎を伝わり落ちる。拭うたびに鈴が鳴った。
足を掛けた岩が浮き石のように脆く、踏ん張った弾みで剥がれ、崖下に転がっていく。岩は加速してバウンドしながら雑木の森へ吸い込まれる。そんなことを数回繰り返した。
私は窪みを見つけるたびに、そこに身体を預けて息を整えた。マフラーのように首に巻いたタオルで汗を拭うが、雨に降られたように全身が濡れている。
小型のサーモスに入れた冷水を何度かに分けて飲んだ。
眼下の遥か向こうに田舎町の中心地が、午前の陽を受けている。工業も商業も芳しくない、ただのどかなだけの故郷。
人口は減少するばかりで、町に残るのはリタイアした高齢者ばかり。
昔は町に6つの小学校があったが、今はひとつ。そして来年は小学校と中学校が統合するらしい。
年々規模が小さくなる町、そんな町にずっと残って生きて行こうと思う若者など少ないだろう。
私は廃れゆく町をぼんやりと眺めていた。
呼吸は落ち着き、汗で濡れた身体が冷えてきたので、腰を上げる。
全身を伸ばしてから歩き出す。すでに背中と太ももの筋肉は強ばっていた。
目の前に錆びたチェーンがぶら下がっている。かつて私が岩にアンカーを打って、登り綱代わりに設置したものだ。
工事現場の足場吊り用の物で大して頑丈ではないが、人間が身体を預ける程度の重量には充分耐えられる。たしか3か所作ったはずだった。
見上げた先に目的地が見えた。陽は高くなり、いつの間にか雲は消えている。
チェーンを伝って岩場をよじ登り、平場を横行して次の岩場を登る。ジグザグと遠回りする形は、まるで昔流行ったテーブルゲームのドンキーコングの画面のようだった。