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私はセカンドバッグと土産を手に玄関を潜る。途端に懐かしい立花家の匂いがした。
家の匂いというものはその家ごとに独特で、何に起因してるのかわからないが、芳香剤を置こうが香を炊こうが、滲み出るように匂ってくる。
私にとっては安らぎを感じる匂いだ。
居間にはもう炬燵が出ていて、台の上の木の器には平たい柿が載っている。きっと父親が山から採ってきたものであろう。
私は仏壇に線香をあげてから炬燵に入り、家族の様子を話した。両親の話はもっぱら亡くなった親戚とか知人のことで、そんな話ばかりになってしまうのが、老いるということなのかもしれない。
母親は田舎料理を何品も作ってくれて、私はビールを少し飲む。
東京育ちの妻が作るものとはかけ離れているが、どちらも私の嗜好に合っていて美味しく感じた。父親は昔と同じく焼酎を湯で割っている、少し酔ってくると伸びた顎髭をさする癖もそのままだった。
この家には似つかわしくない最新型のテレビは見るともなくつけっぱなしで、地方でしか観られない番組やCMが流れている。
たかが300キロほどの距離だが、まったく別次元にいるような不思議な気がした。
翌朝、早く目覚めた私は、レンタカーからスパイク付きのブーツや道具を出し、山行きの服装にハンティングベストを着込んだ。
母親に用意してもらった腰籠をぶら下げて山へと向かった。小さい頃から歩き回っていて、地形から植生まで知り尽くしている、いわば私の庭のような縄張りのような場所だ。
コンクリート舗装の農道から外れて、山林に分け入る。腰には鉈鎌もぶら下げていて、目の前の邪魔な枝や蔓を払いながら、落ち葉で湿った原野を進んでいく。
山林は人が植林したスギ林やカラマツ林もあれば、ナラやブナ・クヌギといった雑木が茂る地帯とさまざまだ。
山深く入り込むと必ず獣道が現れる、名の通りクマやシカやイノシシ、場合によってはカモシカやサルなども往来する。
斜面がつづら折り状の道になっているところもあり、顔の高さに枝などの障害物が少ないので、獣はもとより人間でも歩きやすい。
護身用にもなる古木の杖を突きながら、スパイクブーツで滑りやすい土を踏みしめ登っていく。首にぶら下げたクマ除けの鈴はその度にカラカラと鳴った。
カラマツと雑木が混在する斜面で、雑キノコを採る。だいぶ昔に私が見つけた群生場所だが、今も変わらず時期になると茶色く粘り気のあるキノコが出るようだ。
時期が過ぎたものは無視しても、腰籠はすぐに一杯になった。道の駅にでも持っていけばけっこうな値段になるはずだ。
重くなった腰籠を下ろして私はひと息つき、目的の地を見上げる。