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翌日の午前中、レンタカー屋へ行き白のコンパクトカーを借りた。ハイブリッド車なので燃費がいいと店員から説明された。
私は一度自宅マンションに戻ると、当面の衣類や生活用品類を詰めたトランクケースや、バス釣りの道具などを車に載せる。
リアシートを前に倒すと、けっこうなスペースが生まれるので積載に困ることはなかった。
家事をしていた妻が下まで見送りに下りてきた。
「久しぶりの運転だから気をつけてね。じいちゃんばあちゃんによろしく言ってね」
と、言いながら、一万円札を渡してきた。
「ありがとう、なにか美味しいものでも買って帰るよ」
私は車に乗り込むと妻に手を振って出発した。
数年前まで自分の車を所有していたが、通勤や子供たちの通学はもっぱら電車やバスや自転車で、乗る機会がほとんどないし、駐車場料金や税金もばかにならないので処分した。
長野にいた頃には考えられないことだ。
都内の混み合った道路をしばらく走り、調布ICから高速に乗る。平日の昼間だからか、交通量はさほど多くなかった。
走行車線を80キロで巡航する。追い越し車線を長距離トラックが連なるように通り過ぎていく。関西や九州、四国のナンバーが多いような気がした。
レンタカーは快適そのものだった。以前所有していた車はこれよりも排気量が大きく、これよりはいくらか上級の部類だったが、まるで比べ物にならない。
乗り心地も良く静かで、アクセルを軽く踏むだけでかなり加速する。
そして運転する際に便利な機能もたくさん付いており、20年前だったら最高級車の装備かもしれない。
前方に遅い軽トラックが見えたので、ミラーを確認したあと追い越した。
「20年経てば車も道路も社会も変わる…人間もそうかな」
私は独り言を呟いていた。
山梨県に入ると登坂車線とカーブが多くなり、景色もそれまでと違い、深い緑色の山々が四方に見えた。
右前方に八ヶ岳が見える頃、山梨と長野の県境に差し掛かる。この辺りになると標高は1000メートル近くになる。窓を少し下ろすと、東京の冬並みの風が入ってきた。
途中、小さなパーキングエリアに寄り、長野への土産の菓子類を買い、販売機のドリップコーヒーをベンチで飲んだ。
スマホで長野の天気予報を見る、この先一週間は好天が続くようだ。しかし、最低記憶を見ると3℃や5℃の数字が並んでいる。東京より10℃は低い。
私は厚手の靴下を持ってくれば良かったと思った。
そこからは諏訪に向かって下り坂が続き、まだシーズンオフのゲレンデなどが遠くに見える。
諏訪の先の岡谷JCTで高速は中央道と長野道に分岐する。私は長野道の方へとハンドルを切った。