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 定刻の30分後、私は会社を出た。会議や特別なことがない限り、いつもこの時間に退社する。

歩き出した夕暮れの空にウロコ雲が漂っている。私の脳裏にふと長野のことがよぎった。

級友と遊びながらの帰り道、いつもどこかしらから焚き火の煙があがっていて、藁を燃やす臭いがした。

私が住んでいた地域は町からだいぶ高い場所にあるので、見下ろした先に見える高校のグランドから、野球部の練習の掛け声が聞こえてきていた。音は低いところから高いところへと駆け上がってくるのだ。

道端に実った柿をもぎ、腹の足しにしながら、山に陽が落ちる前に畦道を走って帰った。


東京には季節がない。いや、季節を感じさせる自然物がない。どこまで歩いても目につくものは人工物で、植物さえも人工的にレイアウトされていて、それはいつも同じ顔をしている。

変化するものといえば、開店しては半年もせずに閉店を繰り返す店の外観、ビルに設置された巨大なスクリーンの、洗脳目的のコマーシャルの内容ぐらいのものだ。

無数に流入する車や工場や設備、そして多数の人間たちが吐き出す空気は、ずっと底辺に吹き溜まり澱んでいる。田舎のように朝晩ですべてが入れ替わるようなことはない。


電車に乗り、吊り革につかまりながらビル群に沈んでいく陽を眺めていると、降車駅に着いた。


いつもと変わらない夕食時、

「事務員に有休を取れと言われてね、どうやら取ってないのは僕だけらしくて…仕方ないんで明日から長野へ行ってくるよ」

 と、妻に伝えた。

娘の飯をよそっていた妻は、

「あら、ずいぶんと素早い行動ね、あなたらしくないけど。…でもきっと喜ぶわよ」

 と、笑った。

テレビでは流行りなのか制作費用が安く済むからなのか、毎日のようにクイズ番組が流れている。進行や盛り上げはお笑いタレント任せで、その場しのぎの笑いで繋いでいるようにしか見えない。

昔のように何曜日の何時からはこれ、といった定番番組はすでに絶滅したようだ。テレビ自体が若い世代には必要なくなっているのかもしれない。

「5日間休みが取れたけど、一緒に行くか?」

 私は娘に聞いた。

娘は急に話が振られたことが意外だったのか、少し慌て気味に、

「無理無理、学校休めないし、もし休めたとしてもお父さんと一緒じゃ退屈でつまんないよ」

 と、顔の前で手を振りながら答えた。

「お兄ちゃんに聞いても、きっと同じこと言うと思うよ」

 そう言うと、妻と一緒に笑う。

息子は部活があり、まだ帰宅していなかった。

妻も息子も娘も東京生まれの東京育ち、同じ家に住む家族であるが、私だけが異環境から来たよそ者という気分はいつもある。

それに関してなにか不満があるわけではないが。

私はいつものように食べ終えた食器をキッチンに運んだ。



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