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読んでもらうための短編・エッセイ集

声優好きな僕が美少女転校生の声を聞いて、超推しVtuberアイドルだと気づいてしまってからの恋のはじまり

作者: 愛に生きるラスボス

恋のはじまりのおはなしです

 僕は、声優が好きだ。

 声優になりたいわけじゃないけど、子供の時からたくさんアニメを見てきたから、あるアニメのキャラクターの声を聞くと、


「あっ、これ。あのキャラと同じ人だー」


 と、聞き分けられる耳を養ってきた。


 声優はすごい。たった一人なのに、同じ口からいろんな声を出して、そのキャラクターに相応しい声と演技を使い分けることができる。


 例えば女性声優だと、ロリキャラ、お姉さん、ツンデレ、女神様をそれぞれキャラが違うのに完璧に演じたり。

 男性声優でも、イカれた悪役、優しいお兄さん、鈍感ラブコメ主人公たちを、それぞれ違う声で生きた魂を吹き込んでしまう。


 けど声優もあくまで一人の人間だから、ただ聞くと全く違う声に聞こえても、それぞれの声の中にある根っこというべきだろうか、その声の根っこばかりは変えられない。その根っこを聞き取ることができれば、全く違う声だろうと同じ声優が演じているとわかることができる。


 僕の耳なら、可能だ。


 さて、昔は子供だった僕も今は、高校一年生になって何をしているかというと、


『あ~な~た~と、ほ~しぞらのか~なたで、いつまでも~』


 昔からの超推し、スタプロ所属のVtuberアイドル、ホシボシヒカルちゃん! 

 彼女の昨夜配信されたばかりの新曲! 『星空の彼方でいつまでも』を、教室の机に座ってヘッドフォンを頭にかぶって、スマホを使って大音量で再生し、ニマニマ笑って幸福の絶頂にひたりながら聴いている!!


「ああ。いつ聞いてもいいな~。ヒカルちゃん」


 もう、本当に癒されるこの声!

 とっても高くて、キュートな声をした、この癒やし声、癒やし声!!


 もちろん声だけじゃない。

 キラ星みたいな瞳! 金色に光るストレートヘア! おっぱいも大きい!

 星空の上へ歌って、踊って、一緒に旅立つのにふさわしい衣装! メイド服もあるよ! 

 もちろんそれだけでなくて、夜ずっと耳にしていたい歌と踊りとトーク力! 

 休みの日は朝から夜までずっと観たくなる!


 とにかく何が言いたいかというと、ヒカルちゃんはとても素晴らしい! 

 僕の推し、推し、推し、超推しアイドルだ!!


 ああ、もう、ヒカルちゃんのことなら、100万文字にしたって語っていける確信がある。

 けど、さすがに終わりにしておこう。


 で、一応、僕に話を戻すと、ヒカルちゃんと比べて僕は冴えない。


「おう、天宮。まーたアイドルの曲聞いてんのかー。ほんとお前はドルオタだなー」

「うるさいな。放っておいてくれ」


 何故かクラスに必ず一人はいる、他人をバカにして自分は上の人間だと優越感に浸る嫌な性格をした同じクラスの男子がからかってきて、僕は怒って言い返す。


 まあ、クラスメイトのみんながいる教室の中、堂々とカリちゃんの曲を聞いているわけだから、高校デビュー早々僕にはドルオタ、ネットオタの烙印が押され、教室カースト底辺の座に収まることになった。


 一部の陽キャラの女子たちからは、冷たい視線で見られる。

 そのせいかどうかは知らないけど、クラスの女子が座るはずの僕の隣の席は、誰も座っていないままである(寂しい)。


 理解してくれる人、気の合う友達ももいるにはいるけど、あくまでごく少数だ。


 僕個人の高校生活は、少々つらいものになっている。


 ならば、ドルオタであることを隠せばいいって?

 とんでもない!


 確かに高校生活の初めは恥ずかしくて、趣味を隠すことも考えた。

 けどそれじゃあ高校行っている間、貴重な一日の大部分、ヒカルちゃんの声と姿を堪能することができなくなるじゃないか!


 それにだ。

 高校の中で僕が推せば推すほど、ヒカルちゃんの名声を学校のみんなに知ってもらえる! 

 ヒカルちゃんのファンとフォロワー数アップにつながるんだ!

 だから僕は僕がどうなっても構わない。ヒカルちゃんのためになるならば!


 えっ、重度のドルオタだって。自覚してるよ。


 けど、僕は、天宮大地は、それだけヒカルちゃんのことが好きなんだ。


「おまえら席につけ~。朝会始めるぞ~」

 おっと、担任の先生が教室に入ってきた。

 僕は惜しいけど、スマホの停止ボタンを押して、ヘッドフォンと一緒にバックの中に片付ける。

 さすがに授業中に聞いて、みんなの勉強を邪魔する気はないよ。ときどき聞きたくなるけど。


「今日は転校生を紹介するぞ~。入れ~」

 へえ、転校生か。可愛い子がいいな。

 と思ったら、本当に美少女が入ってきた。


 左右に揺れる長い黒髪のツインテール。眉は鋭く、吊り目の黒い大きな瞳は、きれいな星のように輝いている。胸元は大きく膨らんでいて、スカートから伸びるきれいな足をしっかりと歩ませる彼女の横姿は、僕の目を惹きつけた。


 僕がそこまで釘付けにされたのは、どうしてだろう。


 その理由は、彼女が教壇の前に着いて、僕たちの方を振り向いて、正面の姿を見た瞬間にわかった。

 彼女の振る舞いと雰囲気が、ヒカルちゃんにとてもよく似ていたからだ。


 ますますわからない。ヒカルちゃんのあの姿はあくまで絵師によるイラスト。

 声と中の人以外は、現実と違うのに。


 先生が、彼女の名前を黒板に書く。

 星川ひかり。


 星川ほしかわひかりさんか。

 うわあ、ますますホシボシヒカルちゃんみたーい……。


「自己紹介頼む~」

「はじめまして」


 !!!!#$%&’()=@¥「{}+<>!!!!!!!!???

 な、なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!


 彼女の低くて凛々しい声を聞いた瞬間、僕の中で天からの電撃が走った。


星川ほしかわひかりです。みなさん、よろしくお願いします」


 ええと、どういうことかと言うと、最初に話したとおり、声の根っこの部分は、どんな声優であろうと変えられない。そして僕は子供の頃から耳を鍛えてきたから、声の根っこを聞き分けることができる。自信を持って言おう。ほぼ確実にだ。


 だからもう想像がついているかと思うけど。

 僕が耳にした星川ひかりさんの声は…………ホシボシヒカルちゃんと同じものだった。


 ということは、つまり、つまり、つまり…………………ホシボシヒカルちゃん?


 星川ひかりさんは……ホシボシヒカル? 

 Vtuberアイドル、ホシボシヒカルちゃんの中の人?


 まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか……。

 うわああああああああああああ!! どうしよう!! どうしよう!!


「席は……天宮の隣が空いてるな。あそこに」

「わかりました」

「天宮~、いろいろ教えてやってくれ~」

「は、はい……」


 うわああああああああああああ!! どうしよう!! どうしよう!!


 というわけで、僕の隣に、星川ひかりさんが座ってきました!

 えっ、マジで……本物!? 本物!?


「天宮くん……教科書、見せてくれませんか」

「あっ、いいよ。ちょっと待って……」


 内心は超パニックてるのに、表の僕は信じられないほど落ち着いて、話すことができた。

 星川ひかりさんは声が低くて、表情も乏しい、クールな人なんだけど、物静かさや礼儀正しさに綺羅びやかさがあり、着物がとても似合いそうで、大和撫子という言葉が思い浮かぶ美少女だった。


 それで彼女の声を何度も、何度も聞く度、確かめるんだけど。


 僕の直感と判断は、ずっと訴え続けていた。

 星川ひかりさんが、ホシボシヒカルだと――――。


 五時間目が終わるまで。


 それから放課後、僕はどうしたかというと、


***


 ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン。


 ここは、電車の中。

 実は電車通学だった星川ひかりさんの後を、同じ電車に乗ってつけてますー!

 あっ、もちろん彼女とはだいぶ離れてだよ。


 いや、そういう問題じゃないよ。


 これって、尾行だよね!? ストーキングだよね!?

 明らかに僕、怪しいストーカーになっちゃてるよね!?


 ああー、ヤバい、ヤバい、絶対にやばーい!

 どうして僕は、こんなこと……。


 星川さんには本当に申し訳ない。

 悪いことしてるのはわかってる。

 僕の心は罪悪感で一杯だけど、それでも。


 僕はどうしても星川ひかりさんの正体が、ホシボシヒカルちゃんの中の人なのか、確かめたかったんだ……。


 三年前、中学一年生だった僕は、詳細は言いたくないから省くけど、とてもつらい日々を送って、ひどく、ひどく落ち込んでいた。

 そんな時にネットの中で出会ったのが、ホシボシヒカルちゃんだった。


 その時のヒカルちゃんは新人で、初めのその時だけでなく一年以上もの長い間全然売れなかったけど、彼女のかわいい声に、トークと歌と踊りを一生懸命がんばる姿に、僕は癒やされた。明日もがんばれる勇気をもらった。


 それ以来、僕は、彼女の最古参のファンとなった。

 メンバーやフォロワーだって、テンギューってアカウント名で登録しているんだけど、最初期メンバーの一人だよ。

 応援メッセージだって、たくさん送ったさ。

 さすがにスパチャは、学生の身分だとバイトで稼ぐしかないけれど……。


 とにかく僕は、どうしてもヒカルちゃんの中の人に会いたいと思ったんだ。

 そして、お礼を……。ありがとうって……。


 けど、ストーカーにしていることに変わりはなーい。

 ああ、くそ。やっぱりだめだ。今すぐ星川さんの前から……。


 と何度も思ったけど、結局、僕は、駅を降りた星川さんの後をつけてしまう。

 彼女の降りた駅名を知って、僕はさらなる衝撃を受けた。


 ああ、やばい。ああ、やばい。本当にやばい。


 駅から降りてまだ5分も経っていないというのに、星川さんの背中を追って、雑居ビルに沿ったアスファルトの歩道を進む度、僕の心は気が重くなってくる。


 あの駅名を見て、彼女を追いたいという気持ちはますます強まった。

 星川さんの降りた西銀河駅が、僕が以前に何度も降りたことのある例の最寄り駅だったからだ。


 そして、そして、駅から10分経ったところで、星川さんはつけられていないか周囲を見渡した後で、10F建てのあるビルに入っていった。


 僕は、信号のある横断歩道を渡ればそのビルに入れる、道路を挟んで向こう側の歩道までが歩いて、そこで呆然と立ち尽くした。


 ヒカルちゃんに会えるかも期待して、何度もその前に来たことのあるビルを、僕はゆっくりと見上げる。


 ビルのてっぺんにある会社の名前は、こう書かれてあった。


 スタバスプロダクションと。

 スタバスプロダクションと。


 僕は目をこすって、何度も確認するけど間違いない。


 通称スタブロ。

 ホシボシヒカルちゃんの所属する芸能プロダクションだ。


 ……確定かな。決定的かな。


 いやあ、わからないよ。何かの偶然かもしれないじゃないか!


 うん、きっとそうだ! 


 僕は、自分自身を納得させる。


 これ以上は本当に悪い。

 もう十分悪いことしてるけど――ここまでにしよう。


 このまま星川さんにバレない内が、お互いのためにも――。

 いや、ちゃんと謝った方が――。


 と思いながら、僕はスタブロのビルに背を向ける。


 そこで、しばらくの間、立ち止まってしまった。

 ――なんだか変な予感がして、駅の方へ歩いていくことができない。


 僕は予感を頼りに、または何か期待して、再びスタブロのビルの方を振り返る。


 横断歩道の向こうに、星川ひかりさんの姿があった。

 こっちを、見ている。


 あはは。どうしてビルから出てきたんだろう?


 星川さんは、僕の方を見ていた。

 僕と目を合わせて、真っ青な顔をして呆然と立ち尽くしている。

 きっと僕自信も、同じような顔をしていただろう。


 どうしよう。尾行してたのバレちゃったかな?

 ――バレたよね。


 よし。このまま彼女に謝りに行こう。

 それともお互い何も見なかったことに、何事もなかったかのように去――。


 パシャ!


 その時、何だかスマホのシャッター音が切られた気がした。


 よく見ると、星川さんがスマホ画面を凝視して、裏側のカメラレンズをどう見ても僕の方に向けている。


 アハハハハハハハ……こりゃあストーカーしてる現場、撮られちゃったかな。


 僕は頭真っ白になって、笑い続ける。

 そんな僕にプイッと背を向けて、星川さんはビルの中へ去っていった――。


 家に帰って、僕はヒカルちゃんの動画を見まくって、現実から逃避する。


***


 翌朝、がくがく震えながら、学校に行った。

 本当は死ぬほど行きたくなかったけど、星川さんと話さきゃダメだよね。


「天宮くん、おはよう」

 先に教室に来ていた星川さんは、僕に何事もなかったかのように挨拶していた。

「あっ、星川さん。おはよう」

「今日も何かあったらお願いね」

「うん。何でも言ってよ」


 僕は星川さんと話しながら、かばんに詰めてある筆記用具を取り出して、今日の授業の準備を進める。


 あれ。昨日のこと、何も――。

 もしかして、何事もなかったで済むかも――。


 ガサッ。


 その時、僕は、自分の机の収納棚の中に、丸められたノートの切れ端が入れられていることに気づく。

 星川さんにも見られないように、丸められた切れ端をそっと取り出して、広げてみる。


 ――昨日のこと。放課後、屋上で。


 ノートの切れ端には、そう書いてあった――。


 というわけで、放課後、僕は、星川さん以外誰もいない屋上に呼び出される。


「はい、これ。昨日私が撮った君の写真」

「はい……。確かに僕です」

 写真を見せられる前から、僕は、待っていた星川さんの前に自ら正座していた。

「写真のコピーは、信頼する別の人に預けてあります」

「はい。変なことはしません。君のスマホからデータを削除しようだなんて……」

「それじゃあ、認めるのね。昨日君が私をつけてったてこと?」

「はい。おっしゃるとおりです。全部認めます。僕は、昨日の放課後、星川さんの跡を学校からスタブロのビルまでずっと尾行していました」


 そこまで聞いて、冷静だった星川さんはわなわなと震えた。


「なんでそんな真似……」

「それを答える前に、星川さんにお聞きしたしたいんですけど」

 僕は何だか賢者モードになって、

「なに?」

「あなたは……ホシボシヒカルさんですか!?」

 最も聞きたい事実を聞いた今の僕は、全身全霊が興奮の坩堝にいる!

「……違うわよ」

 星川さんは僕から目をそむけ、ほっぺを真っ赤に染めながら答えた。

「……やっぱり」

 答えは、彼女のかわいい顔に書いてあった。


 僕に悟られて、星川さんは激怒する。


「所属しているプロダクションのビルまでストーカーするなんて、ほんと!! 何考えてるの!!?」

「ごめんなさい! ごめんなさーい! どうしてもヒカルちゃんの中の人に会いたかったんですー!!」


 メチャクチャ怒っている星川さんに向かって、僕は必死に土下座して謝った。


「……ヒカルの中の人に会いたいって、なんで?」

「はい。僕……三年前、あなたがデビューしたばかりの時から超推し推しの大ファンなんです!!」

「!?……私の?」

「はい! ホシボシヒカルちゃんの!」


 僕は、三年間ずっと抱え込んできた胸の内の想いを正直に表した。

 それを聞いて、星川さんは何だか腑に落ちたかのような顔を浮かべる。


「そっか。それで……て、なんで私がヒカルだってわかったのよー!?」

 けど、途端にまた怒る。

「声だって、完璧に変えてたはずなのに……」

「はい。実は……」


 僕は声優の声を聞けば、どんなに変えていても聞き分ける特技について話した。


「聞けば、どの声優かわかる……嘘でしょ」

「いえ、誓って本当です。そんなに難しいことじゃありません。同じことができる人、結構いると思いますよ」

「それって、声を聞くだけなんだから声優に限らないわよね。多分、誰でも……」

「はい。おそらく……」

「Vtuberも……?」

「そうですね。アニメと声優、Vtuberと中の人、そこにいるキャラに、声と魂を吹き込んでるのは、どちらも同じですから……」

「うう……」

 星川さんは悔しがる。

「完璧に隠せると思ってたのに……」

 それは僕に、本当のことを話してくれたのも同然だった。


「なんで、ストーカーなんてー!?」

「いや、ですから僕ずっとヒカルちゃんの大ファンで!」

「動画は!?」

「全部即視聴して、どれも百回以上観てます!」

「曲は!?」

「全部ダウンロード、CDも買って、毎日合計百回以上聞いてます!!」

「フォロワーは!? メンバー登録は!?」

「最古参の一人ですよ!」

「私がほんとに最初に投稿した動画の時間と再生回数! 言ってみなさいよ!?」

「11分52秒! 211,864回視聴! 1時間前にチェックしました!!」


 星川さんから次々と浴びせられる質問に、僕は喜んで答え続ける。

 悪いことしたんだから誠心誠意応じないといけないことが何よりだけど、ヒカルちゃんの中の人に話せるのはやっぱり嬉しかった。


「ふうん、そう……。そうなんだ……」


 心の中はわからないけど、星川さんはだんだん怒りを鎮めてくれる気がした。


「あのう……僕から聞いてもいいですか」

「なによ」

 そのためか、僕は図々しかったかもしれないけど、次に聞きたくなったことを聞いてしまう。

「どうして……声を変えてまで、この高校へ?」

「それ、聞くー!?」

「うわあああ。答えたくなかったらいいですー!!」


 怒らせてしまって、僕はまた土下座してしまう。


「そんなの……Vtuberアイドルは、垢バレ絶対ダメだからに決まってるでしょ……」


 星川さんはすぐに落ち着いて、答えてくれた。


「いい。Vtuberアイドルは、ネットや動画の中のあの声、あの姿、あの喋りこそ、本物なの! 声当ててる人やイラスト書いてる人は確かにいるかもしれないけど……君も毎日観てくれてるあれが、ファンのみんなが求めてるものなのよ」


 星川さんは、とても大事なことを突きつける。


「それなのに、中の人の名前や素性、プライベートや恋愛関係、ほんのちょっとでも世間に知られたら、Vtuberアイドルのイメージは、たちまち崩れることになる」


 ヒカルちゃん(アイドル)ファンにとって、とても大事なことを。


「だからVtuberアイドル、ホシボシヒカルの中の人は……この私、星川ひかりだと知られるわけにはいかないの。いい、わかった!?」

「はい。とてもよくわかりました!」


 思い知らされた僕は、星川さんに精一杯の返事をする。

 僕と屋上で一人だけで会っているのは、そういう事情があったのか。


「あっ、けど……」

「今度はなに?」

「僕は、変わりませんよ……。中の人が星川さんだと知っても……ヒカルちゃんへのイメージは……」

 それは、僕の正直な気持ちだった。

「あっそ……」


 星川さんは、顔をそらす。


「……とにかく私がホシボシヒカルだってことは誰にも秘密だからね!」

「わ、わかってます!」

「もし知られたら……君がストーカーしたこと全部バラすから。わかった!?」

「はい。とてもよくわかりましたー!」


 とにかく僕は、星川さんに従うしかない。


「君の氏名と住所、スマホの電話番号、メアドに、SNSと動画のアカウント、全部教えて。見張るから」

「はい、こちらになります。パスワードは……」

「あっ、さすがにそれはいい……」


 僕は全部教えるため、自分のスマホを星川さんに手渡す。

 おおー、星川さんとLineつながった!


「あれ、君のアカウントって……」

 その時、星川さんが僕のスマホの画面を見ながらあることに気づく。

「……テンギュー?」

「はい。それがホシボシヒカルちゃんに登録しているメンバーアカウントになります。本当に最古参のメンバーの一人なんですよ」


 彼女が、スマホの画面をじっと見つめる。


「このアカウント……一年ぐらい消えてなかった?」

「あっ、はい。実はそうなんです。なんだかよくわからないことで垢バンされちゃって……その間、ヒカルちゃんにメンバー登録することできなかったんですけど、この間やっと複垢してもらって……」

「……ずっと応援してくれてありがとう」

 星川さんは、画面を見たまま言ってくれて、

「あっ、はい。どういたしまして」

 僕はうれしくて、つい笑ってしまう。


「次の動画も楽しみに……」

「話は終わり。スマホ返すね。それじゃあ」


 僕にスマホを手渡して、星川さんは帰っていく。

 スマホの画面を見てから、僕の方を一度も見てくれないまま……。


 星川さんと話している間、僕はずっとうれしかった。

 だって、ヒカルちゃんの中の人に会えたんだから。ありがとうと言われた時、余りの嬉しさに、いつも動画の前でしているみたいに飛び上がりそうになった。


 それから、星川さん自身と長い間二人っきりでいられたことも。

 話している間、僕はずっと彼女の可愛い姿に目を奪われていた。きっと僕は、昨日の朝、教室で彼女の姿を初めて見たときから、彼女のことが……。


 だけど、一人になってから僕は、自分の立場を思い知る。

 

 ……嫌われたよね、きっと。

 そりゃあそうだよ。あんなことしてしまったんだもの……。

 うう、やっと会えたのに、ショック……。


 哀しみのどん底に沈んだ僕は、家に帰ると、いつものように一晩中ヒカルちゃんの動画を鑑賞して、今の自分を慰めるのだった……。


 星川さんの気持ちを何一つ理解できずに……。


***


 天宮大地が自覚している通り、彼は星川ひかりの気持ちがわかっていなかった。

 自宅に帰った星川ひかりが、ベッドの上で、


「……もしもし」

「あっ、ヒカル? よかった。やっとつながったー。ねえ、例の男と話したんでしょ。どうだった。秘密守ってくれるって?」

「……」

「どうする。この写真、まだ残しとく?」

「……ミサト、どうしよう」

「おっ、どっした?」

「私、本当にどうすればいいんだろう……。天宮くんが……テンギューくんだったなんてえええーーー!?」


 ツンしてたなんて思えないほど、デレまくってるだなんで。


***


 私、星川ひかりは、声優になりたかった。

 歌やトーク、アイドル性、タレント性。特にあの声、あの演技に――。

 声優の何もかもに、私は猛烈に憧れた。


 それも、旬の短いアイドルで終わるのではない。

 30代、40代――おばあちゃんになっても、あの声と演技で、少年役、おばさん役だってこなして、第一線で活躍し続ける大御所の声優に。


 子供の時から私は、そんな声優になりたいと思っている。

 そしてできるだけ早く、そんな自分になりたかったのだ。


 けど、まだ子供だった私は、何をすればいいのかわからない。

 一体どうやったら、あんな演技やいろんな声が出せるようになれるのだろう。

 声はいいと言われても、声の使い分けができなければ始まらなかった。


 そうして迷える私が、中学生になったばかり時に、ネット配信を知った。

 その中の、Vtuberアイドルというものを。

 

 ――Vtuberアイドルというキャラクターに、声を吹き込む。

 ――これぞ新世紀のキャラクター。

 ――未来の声優業の一つなのではないか。


 中学生の私は、そんなSFじみたことまで思い描いてしまって、熱中した。


 まだ開設したばかりの事務所のオーディションを受けて――合格。


 そして、デビュー――ネットの世界の中に、ホシボシヒカルは誕生した。


 当時は思い上がっていた。

 私はすぐに売れる。私の声優人生は始まったんだって、


 Vtuberアイドルになったって、アニメやゲームのキャラクターを演じる仕事がもらえるわけではないのに。

 そう、多少ズレていた。この経験が、後に活きることもあるだろうけど。


 一番わかっていなかったのは、現実は甘くないということ。

 新人の私は、さっぱり売れなかった。


 どんなにがんばって、動画を上げても、歌っても、踊っても。

 再生数やメンバー数は、ちっとも上がらない。

 ネットに表示されている数値に、はっきりとわからせられる。

 ホシボシヒカル――私は、売れていないんだって。


 もったやる気も失われて、デビューして一年の頃に本当に私はダメになった。

 やめちゃおっかな――って、本気で落ち込んでしまう。


 そんな私の励ましとなってくれたのが、あるファンからの応援メッセージ。

 テンギューくんからの、温かいメッセージ。


 初期のファンだということは知っている。

 メンバーの数は少ないし、皆の名前アカウントはチェックしていたから。


 ただテンギューくんのメッセージは、最初から真摯で人間味に溢れていた。

 心からの言葉で、本当にそう思ってくれているんだなというのが伝わってくる。


 特に、本当にダメになった時は、向こうにも伝わったみたいで――その時のメッセージは、私の手帳の1ページにしっかりと書かれている。


 しかもただ応援してくれるだけじゃない。率直な意見も送ってくれた。


 歌はいいですが、もう少し声を上げたほうがよいかも、とか。

 あのトークは、もっと盛り上げないと、とか。

 素人だってわかったけど、きっと同年代だなって、私は参考にすることにした。


 すると、どうだろう。少しずつ、ホシボシヒカルが、売れ始めたではないか。

 私のやる気も、夢も、よみがってくる。


 テンギューくんのおかげかな――。

 実際はそうじゃないかもしれないけど、私はそう思っていた。

 テンギューくんに、もっと応援してほしい、もっと私を観て欲しいって――。


 私は、本当に売れるようになる。


 そして、これからという大事な時に――テンギューくんが、いなくなった。


 メンバーのリストから、ネットの世界のどこからも。

 

 どうしたんだろう――。

 私は、大事な支えを失った。

 また、いや今度こそダメになりかけた。


 だけど、踏ん張った。

 テンギューくんは、きっとどこかで観てくれている。

 と信じて、私は、ホシボシヒカルであることを続ける。


 それから一年後――、テンギューくんが帰ってきてくれた――。



「――ってな感じで、ヒカル~。あんたが理想と妄想を膨らせまくってた憧れのテンギューくんが、まさかこのストーキング男だったとはね~」


 私の自宅に上がりこんだミサトが、床でくつろいでいる。

 ニヤニヤ笑って、ベットでしゃがみ込んでいる私に、天宮くんの写ったスマホの画面を見せびらかせてきた。


 友人のそうした振る舞いに、私は、胸が締め付けられてしょうがない。


「……理想を膨らせまくってなんかいないわよ。ただ励ましてくれたのは確かだから、ずっとお礼を言いたかっただけで……」

 けど、上手く言い返せない。顔も、まともに見せられなかった。

「はいはい、そういうことにしてあげましょう~」


 ミサトがからかって、また自分のスマホ画面を見つめる。


「いや、しかし……冴えねえ」

 天宮くんを観てのコメント。

「ミサト!!」

 私は、本気で怒った。

「アハハハハ。ごめん、ごめん」

 からかい好きなのが、ミサトの悪い癖。


「……まあ、とりあえず、いいんじゃない。話を聞く限り、悪い人じゃないみたいだし。後をつけたのだって、あんたがそんだけ大好きだっていう裏返しでしょ」

「彼がファンなのは、ホシボシヒカルよ……」

「ええ、そう……?」


 そう言って、ミサトがまたスマホ画面を見下ろす。


「……で、どうすんの。彼と?」

「……写真は消して」

「はいはい、自分のものだけにしたいと……告っちゃう?」

「ミサトおお……!!」


 私の叫びは、途中で脱力してしまった。


***


「……あれ?」

 ヒカルちゃんの動画を見ていた僕は、スマホの通知がきたことに気づく。

 SNSの新しいメッセージだ。

「星川さん?」

 星川さんからだった。

 

 スマホのロックを外して、ちゃんとメッセージを確かめ、読み上げる。


「『今日はきつく出てしまってごめんなさい。もう怒っていません。昨日したことを二度としないと約束してくれるなら許してあげます』……」


 僕は、返事を書きながら、また読み上げる。


「『約束します』……『もう二度としません』……『本当にごめんなさい』……」


 そこで、メッセージが止まる。

 僕は、今の想いを続きにしたためた。


「星川ひかりさん……。今日、僕は……、ホシボシヒカルちゃんであるあなたに会えて、本当にうれしかったです……。これからもお仕事がんばってください……。星空の彼方でいつまでも応援してます!」


 最後の一文を一気に書き上げて、送信ボタンを勢いよく押す。

 そしてすぐに「最後の一文は余計だったかも……」と後悔。


 画面を、しばらく見つめる。


「……あっ?」

 返事が届いた。


 ――また明日、学校で。


 僕は、返事を送る。


 ――はい。また明日、学校で。


***


 天宮大地と星川ひかり。


 それから、演技の上達に悩む星川さんに天宮くんがアドバイスしたり、他のVtuberアイドルと仲良くなる天宮くんに星川さんがヤキモチ焼いたり、正体がバレそうな星川さんを天宮くんが助けたりするのは、これからの二人の恋のお話し。

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