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よろしくお願いします
マロンの足跡を追っていると妙な気配がした。
肌にペタつくようなねっとりとした悪意が進めば進むほど濃くなっていく。
これはオーシャの出す気配ではない。この感じは……なんだろう?初めてだ。
「おいそっち行ったぞ!」
「逃がすな!獣人は高く売れる!ここで捕まえるんだ!」
「分かってる!焦らせんな!」
薄汚れた格好をした三人の男たちがマロンのことを執拗に追い回す。
あの三人は……誰だ?この辺りの人間ではないな。
だが、こういったことが初めてではなさそうだ。動きがこ慣れた感じがする。
その証拠にマロンの身体能力は三人の誰よりも高いが、数の利が向こうにあるため、逃げ切るのは厳しそうだ。
そして、男たちは頭がキレるのか、マロンをいつの間にか崖際に誘導していた。
逃げ場を失ったマロンはその場にへたり込み、口元を震わせる。
「ちっ!ちょこまか逃げ回りやがって!」
剣を持った男がマロンの頬をぶつ。
「当たり前だろうが馬鹿!狩りの相手が無抵抗でやられるわきゃねーだろ!」
「だってよぉ……」
「こいつは大事な売りもんなんだよ!手出してんじゃ──ねえ!!」
一人の男が剣を持った男を脚でどつき、剣を持った男は無様に尻もちをついた。あの中では立場が低いのだろうか。
なぜ僕がこうしてただ黙って見ているのかというと奴らを倒すためだ。
これは自惚れではなく、確かな確信を持って言えるが、僕はあの三人を追い払って、マロンをすぐに助け出せる。それだけの力をフェンの指導の下、身に着けたのだ。
──だが、僕はまだ助けない。まだその時じゃないのだ。
僕は頭の中で反芻する。センセイが言っていた、狩りの基本を。
一つ。
『獲物が油断するその瞬間を待つ』
二つ。
『仕留める時は迅速に』
そして、最後に。
『苦しめることなく一撃で仕留める』
彼らはまだ油断していない。何かを警戒して、辺りをキョロキョロと見て回っている。
僕は透化の魔法で姿を透明にして、木陰から三人の様子を見る。
一人がマロンの首筋に剣の切っ先を当て、身動きをしないように脅し、もう一人がその間にマロンの手足を拘束している。
この世界にも人身売買という概念があるのか。心底、反吐が出るな。
「おい、頭のとこ連れてくぞ」
「頭、喜んでくれっかな?」
「バカ野郎、当たり前だ。獣人がどれだけ価値がすると思ってる?都のバカな貴族どもが人一人が遊んで暮らせる金を出してくれるんだ。これでまた元の頭に戻ってくれるだろうぜ」
「そうそう、しかもこいつぁ上玉だ。それの倍はもらえるな」
「マジでか!?」
奴らがこうしてワイワイと話している間に準備を済ませてしまおう。
僕はこそこそと木々に細工をしていく。
勝負は一瞬で決めなければならない。そして、彼らを殺す必要はなく、追い返すだけで十分。
ならば、驚かせればいい。
「さて、無駄口叩いてねぇでそろそろ行くか」
「そうだな」
そろそろだ。しかし、今更だが緊張するな……。大丈夫……だとは思う。僕の知る限り、この世界で最も強いダロが僕のこの魔法を『厄介』と賞した。いける。大丈夫、驚かせるだけなんだ。戦う必要はない。
剣を持っていた男がマロンを持ち上げようとした瞬間に僕は魔法を発動させた。
「我が大地に踏み入れる者に罰を。阻むは英雄の蛮行。賽翁の香林。眠れる木々の怒りを知れ!──緑樹制裁!!」
「おい!?あれ見ろ!」
「なんっじゃありゃ!!?」
魔素が自分の体に押し寄せ、頭が激痛に苛まれるが、もう慣れたものだ。そこまで苦ではない。
この緑樹制裁という魔法は指定した木々がフルオートで狙った相手に枝を伸ばし、攻撃をするというもの。
まあ言うなればチートに近い。自分でもこれはふざけてるとは思うが、文句ならフェンに言ってくれ。
「ビビってんじゃねー!相手は木だ!燃やしゃどうってことはねー!」
うわっ、意外と冷静だな。
冷静な男は怒れる木々たちに手をかざす。あの感じは……魔法を使う気だな。
まあ、そんなこともあろうかと、あの木には炎の耐性をつける魔法をかけているから効かないんだけどね。
「燃やしつくせ──火炎!」
はっ?僕の知っている火炎の詠唱じゃないぞ?
そして、男の手から噴き出た炎は僕が昔、森に放った着火を十分の一に希釈したような小さな炎だった。
当然、そんな炎で僕特製の木を燃やすことは出来ず、逆に木がその男を薙ぎ払い森の中へと飲み込んだ。
「嘘だろ……」
僕が火炎の魔法を空に向けて撃った時はイグニシオの三倍は威力が高かったぞ……。僕だったらこの木を焼けなかったとしても僕よりも後ろの木を燃やし尽くすくらいには出来る。もしかして、僕は……。
「おい!その獣人置いてあいつ拾いに行くぞ!!」
「で、でも頭に」
「いたって事実でも十分なんだよ馬鹿!ほら来い!」
僕は魔法を止め、男たちが逃げていくのを見届けた。
「行った……よね?」
あまりにも簡単に終わってしまい、呆気にとられる。ダロが相手の時はこんな魔法足手まといにしかならなかったのにな……。意外と僕は凄いのかもしれない。この魔法は人前ではあまり使わない方がいいか。
「うう……」
マロンが呻き、何事かと思うと彼女は足を抱えていた。足を怪我したのか。
「大丈夫……じゃないか」
仕方ない、おぶって帰ろう。僕は彼女の前に背を向けてかがんだ。
「帰ろ」
僕は短くそう言った。ここで何を言っても彼女を必要以上に追い詰めるだけ。それに彼女はもう反省している。彼女の涙でグズグズになった顔が全てを語ってくれているのだ。
なら、僕からはもう何も言わない。
「うん」
その後、マロンと共に帰るとシスターマリーがカンカンになって僕たちを待っていた。
僕はマロンをシスターマリーにあずけ、治療を頼んだ。
すると、それを見たシスターバーバラが僕に礼拝堂へ来るよう指示した。僕はそれに従い、礼拝堂へと足を運び、シスターバーバラの座る椅子の横に腰をかけた。
「ウェールス。何があったのです」
「シスターバーバラ……実は──」
僕の手をとり、心配そうな顔で僕の顔を覗くシスターバーバラに事の顛末を話した。
それを聞いたシスターバーバラは呆れと心配、そして怒りが入り混じった複雑な表情をした。
緑樹制裁
本来は直径350mくらいの効果範囲だが、ウェールスの使った緑樹制裁の範囲は直径約800mにも及ぶ。
どのくらいの距離かと言うと秋田駅から秋田県立美術館くらいの距離(伝われ)。結構広い。
そして、この詠唱は作者のお気に入りだったりする。
ちなみに、『使わない方が魔力が温存できるので、この魔法は格下以外に使わない方が賢明』とフェンが言っていました。