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イチオシ短編

妖怪犬濡らし

作者: 猫大長老七宝

 いつも犬の散歩をしている近所のおばさん。山田さん。この人は、私が外に出るといつもいる。私はご近所付き合いが苦手だ。なのでこのおばさんに会うことも避けたいわけだ。なにも会話が長いとか、嫌なことを言ってくるとかそういうわけではない。基本的に挨拶を交わすだけだ。しかし、それが嫌なのだ。分かるだろう。


 さて、いつもいるとは具体的にどれくらいいつもなのかというと、私が家を出る時、家に帰った時、全てだ。朝七時の出勤時には「行ってらっしゃい」と声をかけてくれる。ご近所付き合いが苦手な私にはこれも辛いのだが、こんなものでは無い。例えば用事があり三十分早く出ると、犬を連れて家の前にいるのだ。遠方に応援に行く日に朝四時に家を出た時もいた。

 この時点でだいぶ怖いが、斜め後ろの家なので、私が準備する物音と玄関を開ける音を頼りにタイミングを見計らって出てきているのだとしたら納得出来る。


 ここからが本題だ。出発時はいいとして、なぜ帰ってきた時にいるんだ? 毎日帰る時間が同じなわけでも無いし、もちろん教えているわけでもない。私が近づいてきたら合図を送る忍者かなにかがいるのか? 私はいろんな方向から帰ってくるので最低でも忍者は四人は必要だ。想像してみてほしい。毎日帰ったら犬を連れたおばさんが家の前を通るんだ。明らかにおかしい。忍者を雇ってまで私の帰り時間を知る必要も無いはずだし、本当に怖い。

 

 今は会社からの帰り道なのだが、もう最近は家に帰るのも嫌になってきている。とりあえず忍者を探しながら運転しているが、それらしき者は見当たらない。まあ隠密行動だから見つけられないのは当然か。さあ、そろそろ家に着くが⋯⋯


 ほら、案の定いるよ。雨なのに傘もささずに犬の散歩。犬がかわいそうだ。妖怪犬濡らしだよこのおばさんは。


「あらおかえり」


「ああ、どうも⋯⋯」


 そもそも、「おかえり」に対してなんて答えればいいんだ。「ただいま」って近所の人に言うのは変だと思うんだよな。傘させよマジで。


 はー疲れた。一人暮らしだから余計に怖いんだよなぁ。この前は家に誰かが入った痕跡があって警察に来てもらったし。空き巣とかマジ勘弁よ。居直り強盗になられても怖いから、来る時が全部俺のいない時なのがまだしもの救いか。


 空き巣がいたら怖いから誰もいなくてもインターホンを鳴らす。


 ピンポーン


 それでも怖いので家に入る時に「ただいまー!」と言う。


 ゴソゴソ、ガサガサ


 空き巣みたいな音がしている。とうとう会ってしまったか。身体が震える。怖くて動けない。走馬灯のようなものが見える。時間が長く感じる。そういえば、こうも私のいない時間を完璧に把握して空き巣を働いていたということは、もしかして私の行動時間を完璧に把握しているあのおばさんの関係者なんじゃないか? こんな時に謎解きみたいなことしたって意味無いか。いや、こんな状況だからこそ頭が冴えているのだろうか。


「おい」


 暗闇から声がする。男の声だ。若干こもっているように感じる。なにか被っているのか?


「おまえ」


 空き巣の分際で家主をお前呼ばわりか。そういえばこの男の声、聞き覚えがある気がする。どこで聞いたんだろう⋯⋯


 男が姿を現した。


「おれの名をいってみろ!!」


 ジャギじゃねえか! なんでジャギが空き巣を!?


「くらえ!北〇羅漢撃」ボカッボカボカッ


 え! 本物? うわー! 死ぬー! 痛い痛い!⋯⋯? ん? 思ったほど痛くない。


「なぜ死なねぇ? くらったはずだろ?」


 こいつ弱いわ。ジャギの格好してるしマッチョだけど弱いわ。警察呼ぼ。スマホどこやった。ポケットか。


「ちょっと待て! 警察だけはやめろ!」


 あ! そうだ! この声は兄ちゃんだ! だから聞き覚えがあったんだ!


「兄ちゃんだろ! なんで空き巣なんかやってんだよ!」


「うるせぇ! お前なんぞ知らん!」


 しらを切る気か。


「警察呼ぶからな。嫌なら力づくで止めてみな」


「ごめんなさい。正直に話します」


 大人しくなった。手こずらせやがって。


 話を聞くと、やはりあのおばさんと共謀して私の家に盗みに入っていたようだ。話の途中途中で「どんな手を使おうが勝てばいい!」とか「兄よりすぐれた弟なぞ存在しねぇ!!」とか言っていた。自分で言いたくはないが、私は昔から勉強もスポーツも優秀な部類に入るような子だった。

 しかし兄は真逆だった。のび太のような少年時代を過ごしていた。両親は優しく、兄に勉強しろ! スポーツしろ! というようなことはしなかったが、兄はそれを自分が期待されていないと思い自分を責めていたようだ。

 高校を卒業したと同時に家を出て音信不通になり、何をしているか全くわからない状態だった。私は兄が大好きだった。勉強もスポーツも出来なくてもいいんだ。いろんな人がいるのが世の中なんだから。私は兄を探した。探しながら、兄の行動力に感心していた。高校を卒業してすぐ家を出て、今まで十年ちゃんと生きていたんだ。すごいことだ。職業空き巣だが。


「もういいだろう、解放しろ」


「兄ちゃんでも空き巣は空き巣だ。次そんな態度見せたら死ぬよ」


 大事なことをまだ聞いていない。なぜ兄がジャギになったのか、なぜあのおばさんは私の行動時間を把握しているのか。


 まずは兄の方から。兄によると、俺みたいな例はあまり珍しくない。俺のとこでも五十人くらいいた。とのことで、弟や妹に嫉妬した兄や姉の集う会があり、そこで生活していくと最終的にみんなこうなるらしい。そうか、兄ちゃん、自分の居場所を見つけられたんだね。


 そしておばさんの話。とんでもない話を聞いた。結論から言うと、おばさんが夜中に忍び込んで私の腕にGPSを埋め込んだそうだ。なんなの? やっぱりおばさんが一番怖いよ。犬も濡らすし。もうね、怒りも無いし言葉も無い。ただただ怖い。驚いてる。


 家の前にパトカーが来た。


「お前呼びやがったのか!」


 当たり前だ。空き巣に入られた上に近所のおばさんにGPS埋め込まれたんだ。UFOに攫われた人の気分だよ。


「あーまたジャギかよ」


 警官が呆れたような声で言った。


「確か今月で十五人目だな」


「この街の犯罪の二割がジャギだもんな。時代も変わったもんだ」


 知らなかった。そんな大事になってたとは。もはやテロリストじゃないか、ジャギ集団。


「じゃあ現行犯逮捕したんでお話聞かせてくださいね」


 警官が聞いてきた。


「かくかくしかじか」


「なるほどねぇ。じゃあそのおばさんも捕まえないとね」

 

「この人は僕の兄なんです。どうか罪を軽くしてやってください」


 自分で通報しておいて何を言ってるんだか。でも兄ちゃんは兄ちゃんなんだ。空き巣になっても兄ちゃんだ。でも無罪はだめ。次他のとこでやるかもしれんし。


「それは僕らの決めることじゃないからねー。ごめんねー」


 警官は兄ちゃんの罪を軽くできないらしい。


 おばさんは令状が出てから逮捕するそうだ。これで私の生活は安泰だ。今日は疲れた、もう寝よう。

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