翠玉碑の欠片
トゥーレのメンバーである『暴食のアイナス・レーベンハイト』。
元々は自我も目的意識もなく常に移動を続ける原アイナスという現象のような存在で、この霧状の生命体に取り込まれた生物は生命エネルギー(オド)を吸収し尽くされて死に至る。そういう確実な死をもたらす自然災害『這い動く黒き厄災』と呼ばれていた。
多くの魔術師がこの原アイナスを倒そうと試みたが、逆に吸収され膨大な魔力を与える結果に終わっている。結果、原アイナスの魔力は膨れ上がるばかり。
そんな中、現トゥーレメンバーである魔術師『コルヴァス・メルクリウス』が原アイナスの力の大半を封印することに成功する。結果、誕生より数百年を経て『アイナス・レーベンハイト』という名前と人格がコルヴァスより与えられた。
元が『現象』のような存在であるため死や老化の概念を持たず、肉体を破壊されてもより強大で無秩序な原アイナスに戻るだけで死に至ることは無い。
アイナスの肉体には11の魔具が埋め込まれており、力の大半が封印されている状態にもかかわらず歴史上でも十指に入る魔力を持つ魔術師である。
人型の状態でも皮膚同士で接触すると吸精してしまうため、彼は自身の事を吸精鬼と自称することもある。
そんな彼『アイナス・レーベンハイト』は普通の人間と性交することが出来ない。彼自身の意志に関わらず触れた相手を吸精してしまうからだ。
なので、彼がそういう行為に及ぶには、相手側が強力な不死性を持つ女性でなければならない。
そこで彼が目を付けたのがこの私『リーゼロッテ・ヴェルクマイスター』。不老不死の魔女だ。確かに、彼のお眼鏡に叶う女性など私を除けば穴倉のヨハンナくらいのものだろう。
ゆえに、彼が私を口説くのは当然と言えるのだけれど、口説かれるこちらは不愉快でしかない。
なのでこちらから話題を変えることにした。
「ところで傳と鼎の姿も見えないけれど?」
トゥーレの残るメンバー。
強欲の傳満州。
そして憤怒の黒羊歯鼎。
彼らの姿が見当たらない。
私が日本に発つ前まではヴェヴェルスブルグ城に滞在していたと記憶しているのだけれど……。
「傳満州は既にトゥーレを脱退したよ。『欧州で得られるものはすべて手に入れた』と言ってアジアへ去った。黒羊歯鼎は君とは入れ違いで日本に発った。トゥーレが魔術世界を掌握する。その土台を作る為に……な」
「ふぅん。そう」
傳満州の裏切り。そしてトゥーレが魔術世界を掌握するという計画。
どちらも私にとってはどうでも良い事。驚くに値しない。
そもそも、傳満州(あの男)はトゥーレに帰属意識など持っていなかった。それに、アジアへ発ったという事は別に敵対する気もないのだろう。ならば無視していい。
それに……そもそも人間とは裏切る生き物だ。
この数百年の間に幾度もそれを経験してきた。今さら驚くほどでもない。
それよりも――
「禁書目録聖省」
奴らを大きく動かさないために細工を施したというのに……たった六人の使徒に計画を阻まれた。
この事態は重く受け止めるべきだろう。少々奴らを甘く見ていたのかもしれない。
「くっ……」
私は危険人物として禁書目録聖省から監視されている。
そのため、奈落落とし(ケェス・ビュトス)を実現しようとすれば確実に奴らの邪魔が入る。
――となれば。
「先に聖省を消すべきなのかもしれないわね」
計画を無理やり押し通すのではなく、まずは計画を邪魔する組織を根本から崩す。永い時が必要となるがそれも一つの手かもしれない。
なら――今のままでは不足。
「また少し……ここを離れるわ」
私は仲間たちの返事を待たずにヴェヴェルスブルグ城の一室を出る。
それは――かつての探し物を今一度探し出す為。
以前は見つけたはいいものの、手に入れることが叶わず、探す意味もその時点でなくなってしまった。
だが、新たな意味を今回の戦いで私は得た。
不死の体。
無限の魔力。
しかし、それだけでは不足。
計画を押し通す為の力として不足。
ましてや禁書目録聖省を潰すなど出来る訳もない。その禁書目録聖省が有するたった六人の使徒に敗北しかけたばかりだ。
ならばどうするか?
解は単純。更なる力を得ればいい。
「エメラルド・タブレット――」
それは神の叡智と無限の魔力を得ることができる究極の魔具のひとつ。
それは十二の欠片となって世界中に散らばっている。
未だ所在が五つしか明らかになっていないそれ。しかし、手にすれば私は更なる力を得ることが出来る。
「穴倉のヨハンナは最大の欠片を有している。今一度探す価値は……ある」
そうして私はトゥーレを利用し、エメラルド・タブレット探しに尽力することにした――
そうはならんやろってなりそうだけど、自分の中でスッキリした展開にする為に少し弄りました(笑)
次回投稿はかなり先になりそうだけど続き書きたいなとは思ってます。