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荷物持ち、殴られる。

 仮説拠点に帰還したαチームの様子は思っていた以上に安定していた。強化スーツや武装には多少の汚れはついていたが、破損している様子の物はなく、隊員一人一人の顔のも喜びや安堵といったものばかりで、それほど疲労の痕跡は見て取れない。どうやらうまくことをやってのけたらしい。


「まずは産出品を提示してもらう。それが認められれば君たちは晴れて進級だ」


 ついたばかりのαチームにローディー副長は容赦なく産出品を出すように命令した。まあ、もし彼らの産出品が不適格だったりしたら、時間制限がある以上早急にその結果を知れないと困ったことになるので、今調べるのが得策だろう。


「こちらです、中級合成筋肉。クーガーから採取しました」

 

 そうしてとりだしたのは一般的な資材である合成筋肉だ。合成筋肉は機械生物型のエネミーによく使われている筋肉を模した駆動装置だ。品質によって等級が決められており、俺が採取していたハウンドからは低級、彼らが倒したクーガーからとれるのはそれより質の高い中級の合成筋肉が採取できる。そして中級合成筋肉の等級は四、つまり彼らのいうことが正しければ試験は合格ということになる。


 しばしの沈黙が続く。ローディー副長は注意深く彼らの産出品を見分していた。生徒たちの間で僅かに緊張が走り、そして


「おめでとう、合格だ」


 その言葉とともに生徒たちは安堵のため息を盛らした。


「α班は休憩ののちに探索の反省会を行うように。帰還後ここでの探索を記録し各自提出してもらうこととする。先ほどの体験が色せないうちに探索を振り返っておけ。その後はβ班が帰還するまで待機となる。以上だ、解散」


ローディー副長の言葉とともに、α班の隊員たちは集合し会議を始めた。そうして探索における反省点を話し合っていたが、その内容といえば探索に関係ないような雑談で、何かを振り返り、問題点を見つけようといいう空気ではなかった。だから何だという話だが。本人たちが納得しているのならば別にそれでもいいだろう。俺には関係のない話だ。


 彼らの会議は一時間ほどで終了した。それでもβ班はまだ帰ってこなかった。無線でのやり取りを盗み聞いていると、どうやら目当ての獲物が見当たらずに難航しているらしい。そうした状況からしばらくたち、期限の時が近づき始めたその時。


「こちらローディー。β班報告を」


「こちらβ班代表、アリシアです。いまだ目標は現れず。…というよりも、エネミーそのものの数が著しく少なく、いまだ接敵はゼロです」


「奇妙だな。ここまで探索していてゼロ?あり得ない話だ。」


 普段なら考えられない状況だ。


「だがαチームはすでにエネミーを撃破し、目標の産出品を持ち帰っている。索敵が甘いのでは?」


「それも考え索敵レーダーも使用し、エネミーを呼び寄せるために爆薬も使用しました。それでもエネミーは姿を現しません。これは見つからない、というよりいないのではないかと」


「それこそあり得ない話だ。それだけの範囲をエネミーたちが野放しにするはずはない」


 情報が共有されればされるほどに、今おかれている状況の奇怪さが表出する。


「…失礼します、隊長。何かあったのですか?」


「ん?君はαの代表か」


 不穏な気配を察したのかαの代表であるギニアスが近づいてきた。


「ちょうどいい、ギニアス。探索中に何か違和感や異変は無かったか?例えば、エネミーの数が少なかったとか」


 ギニアスは少し考えるそぶりを見せたが、首を横に振り


「いえ、私たちの班は三回の戦闘を行い、そしてそのいずれでも事前情報と食い違うようなことは何もありませんでした」


 思い当たる節はないと説明した。


「…つまり、異変が起こっているのはβ班がいる周辺だけだということか。原因がわからない以上、対策は一つだ。β班、そこから離れ別のエリアにむかえ」


「了解しました。β班これより移動し…あれは?」


 β班の代表が何かを発見したようだ。


「どうした?何が見える」


「あれは…人?いやそれにしては大きい。三メートルほどで細身。全身をローブかマントのようなもので覆っています。あ……なエネミー、み…こと……な…!?いや……き…て!………」


 突然、無線の反応が悪くなり、音が途切れ始めた。


「何が起きている。β班、β班応答しろ」


「これ……ダメ!……はな……て!…たす……し……………」


 無線の反応は徐々に悪くなっていき最後には何の音も発しなくなった。


「まずいことになった、救援に向かわなければ」


 無線を聞いていたローディー副長は装備を担ぎなおした。最先端技術の搭載された大剣がエーテルから変換されたエネルギーにより紫紺色の光に包まれる。


「これからはルイス隊長の指示に従い動くように。ルイス、あとは頼んだぞ」


「誰に言っている。貴様こそつまらんことで死ぬなよ。私の格まで下がる」


 そう言い残し、副長は飛び出した。残された生徒たちも不穏な気配を感じ取ったのか、さっきまでのお気楽ムードから一転して不安そうに口々に憶測をささやきあっている。


 正体の見えない脅威に戸惑う生徒たちをルイス隊長は一喝した。


「静粛に!!…β班の通信が途切れた。最後の音声の切迫した様子から推察して何らかの脅威に遭遇している可能性が非常に高い。α班はこれよりこの仮設の基地で防御陣形を取り、救助にむかったローディー副長とβ班の帰還を待つ。状況によっては追撃にやってきたエネミーと戦闘になる可能性が高い。各々けして油断するな」


 隊長の指令が伝わると同時に生徒たちは動き出した。性格はあれだがさすがは高位のシーカーだ。混乱した集団に、役目を与えることで目先の不安や恐怖から遠ざけた。一時の逃避に過ぎないが、何もわからない現状では考えるだけ無駄なだけで、できることといえばただ最悪に備えるだけだ。


「なんだか、危なっかしくなってきたな。これは本格的に考えるべきか?」


「何を考えるんですか?」


「うお!…い、いや、大したことではありません」


 気が付くとすぐ隣にミリアがいた。先ほどのにこやかな表情とは打って変わって今は緊張と不安でこわばっていた。


「ただ、何かしらのアクシデントがあったのは間違いないでしょうし。治療や撤収の準備に取り掛かる必要について考えていただけですよ」


 そう当たり障りのない範囲で答えておいた。今はここでα班の帰りを待っているが、状況がどう転ぶにせよ次の行動は迅速に行う必要がある。


「もうそんなことまで…ただうろたえていた自分が恥ずかしいです」


「それほど深刻になることもありませんよ、ここには隊長と副長がいるんですから、彼らの実力なら一人であってもこの地区を踏破できます。隊長か副長のそばにいれば安全です」


 気休めでしかないがそう伝えておいた。実際ここに出てくるエネミーで彼らにかなうものはいない。常ならば心配する必要はない。


「そう、ですか」


 それでもなお不安のぬぐい切れない様子ではあったが。ほほをぴしゃりとたたくと


「そうですね。心配してもしかたがありませんし、私は私の仕事をするまでです!」


 そう意気込んだ。ミリアの治癒術は探索隊にとって心強い力だ。死やけがのリスクを最小限に抑えられれることがわかっているからこそ落ち着いて進むことができる。そんな彼女が平静でいることは見かけ以上に探索隊にとってプラスに働く。


「その調子です。アクシデントがあったならなおさら治癒士が重要になりますから」


 最後に発破をかけようとしたその時


「貴様程度にいわれずとも、クランフォードは理解しているはずだ」


 ぶしつけな物言いで邪魔が入った。この場面で割って入ってくる嫌味なやつなど一人しか思い当たらない。


「ルイス隊長…」


「クランフォード。物珍しいのはわかるがそれと関わるのはやめておけ。君の品位を落とすぞ」


 さっきと何も変わらない、人を見下した態度。適当に流してしまえばそれでいいのに、この物言いがミリアには我慢ならなかったらしい。


「…品位を落とす?意味が分かりません。私はただ友人と会話をしていただけですが」


 わずかに怒気をにじませながら彼女は面と向かって言い返す。


「ふん、物乞いと友諠を結ぶ貴族がどこにいる。そんなものはただの欺瞞だ。貴族はただ偽善に酔っているだけで、物乞いはそれを見てつけあがるのだ。自分も貴族と同等なのだとな。そうして卑しい本性をあらわにした物乞いによって貴族はその地位を貶められる。愚かなことにそのことにまだ君は気が付いていないようだ」


「貴族?物乞い?そんなものどこにいるというのですか。ここにいるのは都市に挑もうと集まった対等な仲間だけです。彼を侮辱するのも大概にしてください」


「君はもう少し世の中を見た方がいいようだ。安全でこぎれいな温室しか知らないからまだ実感がわかないだろうが、君とこの男との間には覆しがたい地位の差があるのだよ。これは君のために言っているんだ、早くそれから離れるといい」


「それではありません、彼の名前はラエルです。謝罪してください、彼に対して」


「強情だな、そこまでこのおもちゃが気に入ったのか。謝罪などするつもりもないが、そうなれば君は両親に泣きつくのかね?」


「?!!…親は関係ないでしょう」


「関係ある。君はそうやって問題ごとが起きるたびあの恐ろしい両親に何とかしてもらってきたのだろう。あいにく私はそんなものかけらも恐れてはいないがね。そうやって生まれ持った権力でなんでも思いのままにできたのはひとえに君が選ばれた側の人間だからだ」


「ッ!!!それは」


 当事者の片方を放置して口論は激化していく。ミリアは痛いところを突かれたようで苦虫をかみつぶしたような苦しい表情で言いよどんでいる。それに対してローディー隊長はどこか満足げだ。


「自覚を持ちなさいクランフォード。君は自分自身を、清廉潔白で公正な人間だと思っているのだろうが私に言わせれば偽善に満ちた醜悪な「ルイス隊長」


 続く言葉を遮って、隊長の前に出た。


「ラエル?」


 困惑するミリア、不快感を隠そうともしないルイス隊長。彼を前にして俺は


「申し訳ありませんでした。出過ぎた真似をお許しください」


 そう、頭を下げた。


「フッ、よくわかっているじゃないか。その殊勝な態度に免じて今回は許そう」

 

「ラエル!?」


 俺の行動に驚くミリア。これでいいんだ、こんな仕打ちはいつものことで慣れてる。こうやって頭を下げていれば相手も満足して穏便に終わらせられる。


 だが、今回はいつも通りには行かなかった。


 唐突に飛んできた拳が頬に突き刺さる。全く予期しない痛みと衝撃に視界が白くフラッシュし、後ろに倒れこんだ。


「と、思ったがそれでは教育にならない。無礼な人間の痛めつけ方を教えるための教材になってもらおう」

 

 そう言ってさらに拳を振り上げる。教育などとはただの建前だ。嗜虐の色に染まった顔からは弱者を痛めつける快楽に酔っていることがありありと見て取れる。


「やめてください!」


 そうミリアが言っても止まる様子もない。


 振り下ろされんとする拳を見ながら、次なる痛みに備えた。


 その時だ。ぐちゃりと音がしたかと思うと頬に何か生暖かい液体が付着した。


 反射的に手を顔にやる。ねちょりとした感触とともに手が赤い何かで濡れた。これは…血だ。


 どこから、と思う間もなく目の前の光景に絶句した。目の前には。ルイス隊長が…腹部を何かで貫かれたルイス隊長がいた。貫通部分からはおびただしい量の血が流れ、そのなにかもまた血で染まっている。よく見ればそれは人の腕であり、その手には臓物らしきものが握られている。


「こ、こふ」


 隊長は弱弱しい声を漏らした。その顔は困惑と苦痛に歪み、自分がどうなっているのかさえ分かっていないようだった。

 

 血染めの手がずるりと引き抜かれた。隊長は力なく倒れこみ血だまりの中に倒れこんだ。その時に至って初めて、その手の持ち主の姿が見れた。


 それは全身をローブで包んだ人のような何かだった。顔は目深にかぶったフードで隠れておりその面貌はわからない。身長は2メートル半分ほどもあるが、大きさに反してやたら体の線が細く、ローブの袖口や裾から覗く手足は機械じみて金属のような光沢をもつが今にも折れてしまいそうなほど細い。


 なんの予兆もなく表れたその瘦身長躯の怪人を前に数秒の間沈黙が訪れた。そしてそのあとには逃れようのない混乱が場を支配した。



 



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