荷物持ち、都市に入る
やっと筆が乗ってきた、ような気がする。
その後、探索隊は大きなアクシデントに見舞われることもなく外郭を進み、真の意味での都市の入り口であるゲートまでたどり着いた。そこはこれまでの荒れ果てた道とは大きく異なり、整備された道が広がっていた。そしてその道の先には、大きさも規模も異なる用途不明な建造物が乱立している。この道も、あの建造物も、いったいどんな目的で作られているのか、それはまだ誰も知らない。初めてこの道を見たとき。まるで入って来いとでも言わんばかりのそのたたずまいに不気味に感じたことを今でも思い出す。
「目的地に到着した、だが気を抜くな。本番はここからだ」
隊長の号令とともに隊は進行をとめ、その場で簡易的な拠点を張ることにした。できるだけ目立たず、防衛に向いてそうな場所に目当てをつけ。ある程度の防衛設備を設置したら、そこで腰を落ち着かせ作戦会議が始まった。
「まず、ここまで無事にたどり着けたことを喜ばしく思う。皆もこれまでの学びや訓練の成果を実感できたことだろう。しかし、隊長のいった通り試験はまだ始まったばかりだ」
副長が簡単な労いの言葉を述べ、そしてこれからのことについて話そうとすると生徒たちの間に緊張が走る。これからいったい何をさせようというのか、完全な部外者である俺には知る由もないが、生徒たちの緊張の仕方から言って、ここまでの道中以上に危険なことなのだろう。
「これから皆を二つのグループに分ける。そしてそれぞれのグループで近辺の探索を行ってもらい、四級以上の産出品を持ち帰ってもらうことが試験の内容だ。産出品の内容にかかわらず、産出品目録に記載されている四級項目以上のものであればどんな産出品でも許可する。また未確認の産出品であっても私か隊長が四級以上の価値があると認めたものも同様だ」
都市に眠る様々なテクノロジーや物品のこと専門用語として産出品とよぶ。産出品は下は六級から上は一級までの六段階でその希少性や有用度に応じてランク分けされている。その中でも六級から四級までを下級産出物と呼び、それより上の産出物を上級産出物という。先ほど倒したエネミーの素材で表すならエネミーの体を構成する汎用資材が六級、雑魚エネミーから少量しか取り出せないような素材は五級に該当する。それでは四級はどういった素材が該当するかというと、ここいらで時々湧く中級エネミーの素材がそれに当たる。
「隊長と私はここで待機し、諸君の帰りを待つ。ここからは私たちの助力は基本的にないと考えてほしい。当然、通信機越しに命の危険があると判断すれば救助には向かうが間にあう保証はない」
なるほど、これからの探索は生徒たちだけで行わなければならないわけか。生徒の立場からしたら今から命綱なしでこの都市に挑まなくてはならないのだから、心細いし、緊張もするだろう。にしても、初めて都市に来たルーキーを引率なしで探索に向かわせるなど俺が考える以上に学院の教育方針はスパルタのようだ。
「試験内容は以上だ。期限は夕刻まで。それでは試験開始だ!」
開始の宣言とともに生徒たちは各々探索に向けて準備を始めた。武器を調整しているもの、所持品を確認しているもの、地図を食い入るように確認しているものや瞑想のようなことをしているやつなど、全体的にまとまりを感じない動きに少しばかり不安が募る。
「ああ、君はここにいてもらって大丈夫だ」
荷物をまとめようと動くとそう止められた。
「しかし、これが仕事ですので…」
「今回の試験は彼らの総合的な探索能力を測る目的があってね。エネミーの解体、選別、運搬も評価内容に入っている。何より、君がついていってしまうと片方のチームがあまりに不公平だろう?」
かなり高く買ってくれているようだが、たかだか荷物持ち一人ついていった程度でそれほど差が生まれるとも思えない。が、雇い主がそう言ってくれるのなら今回は待機させてもらおう。
「当然、事前に提示した報酬に変わりはない。そこは安心してほしい」
「それを聞けてホッとしましたよ…」
今回の依頼は事前に提示された報酬を達成時に支払ってもらう契約となっている。当然、報酬は決まっているのだから頑張ろうが成果をあげようが、サボろうがなにしようが契約内容に反しない限り報酬が増減することはない。しないはずなのだが、悪質なシーカーはこういった契約をあとづけの理由で踏み倒すこともあるために、報酬額には神経質にならざるを得ない。
そうしてややぐだりつつ、生徒たちはα班とβ班の二つのパーティーに別れ仮拠点から出ていった。
「皆、無線は常につないでおくように。異常事態があればすぐさま報告するように」
副長は無線機越しにそう呼びかけた。それぞれのパーティーの代表が応答する。ここからは彼らの帰還を待つだけだ。とはいえ、時間を無駄にするのも惜しいので、道中で集めた産出品を整理することにした。背負っていたバックをおろし、一度中身をすべて取り出す。
「低級合成筋肉が20束、二重光眼晶が5個にタウロスの角が3本で、これが…」
「ダマスカス合金ですよね?」
横から覚えのある声が聞こえてきた、そちらをむけば予想通りに若草色の髪が視界に入ってくる。
「ええ!よくご存じで。しかしどうしてここに?」
そこにいたのはさっき助けた緑髪の女だ。試験はまだ終わていないはずだが?そういえばパーティーが出ていくときにはどちらのパーティーにもいなかったことにいまさらながら気が付く。
「自己紹介がまだでしたね。私はオーレリア学院の探索科所属の二年、ミリア・アスレイ・クランフォードと申します。今回は助っ人として探索に参加しています。どうぞよろしく」
そうしてふわりとほほ笑んだ。戦場には似つかわしくない優し気な雰囲気と親しみを感じる立ち振る舞いに感覚がマヒしていしまいそうになる。ここは死と妄執の吹き溜まりである都市の腹の中だというのに。
「これは全部産出品?かなりありますね、これを全部ひとりで運んでいるのですか}
「それが私の仕事なので」
ずらりと並べた産出品を前に当たり障りのない会話が続いた。家族は?どうしてこの仕事に?好きなものは?趣味はある?そんなどうでもいいことを延々と緑髪の女…クランフォードは問いかけ続けてくる。
それらすべてに当たり障りのない様に答えていく。
「家族はいません。私は孤児院で育ったもので親のことは何も」
「私もシーカー志望なんです。こうして経験を積んで一人前になりたいんです」
「趣味…こうして都市に潜ることでしょうか」
心にもない、建前と聞こえのいいだけの言葉を述べることに何も感じなくなって久しい。嘘は厳しい現実の奥にある弱点をうまく隠してくれる。
それでもクランフォードは話し続ける、一体何を考えているのか。目的が依然としてわからない。最初はただの興味本位に過ぎないだろうと思っていたが。それにしてはあまりにしつこい。ふと、思い出した。彼女が俺に関わろうとするその目的に一つの心当たりがあった。
「フワッソ…聞いたことはあります。露店で売られているお菓子でしょう?食べたことはないのですが、いつかはその味を知りたいものですね」
「それはそれは、いつか機会に恵まれるとよいですね」
どうでもいい話題を切り上げ、本題に入る。
「ところでクランフォード様。そういえば先ほどはこのような高価なものをいただき、ありがとうございました。おかげさまで産出品の回収を効率よく行うことができました」
懐からさっきもらったナイフを取り出す。見た目にたがわず、どれほど切っても刃こぼれ一つしない業物であった。おそらく彼女の目的もこれだろう。
「しかし、私の手にはあまりある品でございます。厚意はしかと受け取りました。これはクランフォード様が持つべきかと」
その場の勢いであげてしまったものの、後になって後悔し取り返しにきた、というところだろう。そう思いナイフを差し出したのだが。
「いえ、それは差し上げたものです。もてあますようなら売っていただいてもかまいません。それはもうもうあなたの物なのですから」
どうやらこのナイフが目的ではないらしい。いよいよこの女が何を考えているのかがわからなくなってきた。
「…もしかして、お邪魔でしたか?」
なぜか申し訳なさそうにしているクランフォードを前にどう対応していいのか困ってしまう。こう低姿勢な態度をとられるのは慣れていない。
「い、いえ。そんなことは。ただ、どうして私をこう、気にかけてらっしゃるのかとそう考えておりまして」
そういうとクランフォードは言葉を選んでいるのか、困ったような表情で唸り始めた。
「理由…ですか。ただ、あなたのことが気になったから。それだけですよ?」
少しだけ悩み、彼女はそう答えた。
「あなたのことをもっとよく知りたいんです。私と同じくらいの年齢なのにもうすでに都市に順応して生計を立てている人なんてほかにいません。一体どんな理由で都市で生きることを決めたのか、どうやって生きてきたのか」
クランフォードは、思いついたかのようにはっと顔を上げる。
「そうだ。あなた、私の友達になってくださいませんか?」
と、友達?
「友達、とは、あのつまり、友人になりたいということでしょうか?」
我ながら素っ頓狂な返しだが、いきなり友達になってくれと頼みだすようなやつがいるなど想定できるはずもなく、内心の困惑を表に出すことしかできなかった。
「いやでしたか?…いきなりこんなことを言われても困るますよね」
そりゃそうだ。できることならきかなかったことにして作業に戻りたいところだ。だが、クランフォードの寂しそうな顔を見るとこの誘いを無下にするのも憚られる。
「えーと、私でよろしければ」
結局、情とその場の勢いに流されて彼女の提案に乗ることにした。
「本当、ですか?」
遠慮がちなだった表情は徐々に喜色に染まっていき。せきを切ったように言葉が出てきた。
「うれしい、うれしいです!うわあ、友達出来ちゃった。これからどうしましょう、友達とは何をするものなのでしょうか。しっしょに散歩しながら何でもないことを話して、それで笑いあいながらご飯なんか食べちゃって。で、好きなこととか、楽しいこととか共有して。あ、そうだ!私、ハーブティーをたしなむのが最近の趣味なんです!屋敷の庭にとっても立派な薬草園があって、小さい頃はあまり好きではなかったんですけど、最近になって薬草の良さに気づけて、それで、試しにお茶として飲んでみたらとっても爽快なんですよ!今は寮に住んでいるのでそれほどの種類は用意できないのですけど、それでも少しだけベランダのところで育てているので、今度私のところでお茶会でもしましょう?とっても楽しくなるわ、ああ、とっても楽しみ!それで、あの、あ」
一息に言いたいことを言いきって、ようやく正気に戻ったようで、羞恥で顔を真っ赤にしながらうつむいてしまった。
「…すいません。ちょっと興奮しすぎてしまったみたいです」
「お、おお、そうですね」
それしか言えなかった。なんというか、距離の詰め方があまりに独特で、どうにも接し方がつかめない。それとも、友達とやらはこうしてできるのが一般的なのだろうか。友達という間柄を作った経験が皆無に等しい俺にはよくわからない世界だった。
「私っていつもこうで。こう言ったところがいけないのだとわかってはいるのだけど」
そう言ってクランフォードははにかんだ。確かに先ほどの様子は面食らったが、人に避けられるような人間には見えないが。
「クランフォード様なら友人などいくらでもできそうなものですが」
そういうとクランフォードは少し照れくさそうにした。
「そうですか?でも私、人から避けられやすいみたいで…」
いやな話題は切り替え、今度は不機嫌そうにこちらに詰め寄ってくる
「それより、もう私たち友人なんですから、敬語は結構ですよ」
そういわれてしまった。だとしても俺はこの貼り付けた笑みを、外面を外すことはできない。
「いや、ですが私は雇われた身。たとえ直接的な雇い主がローディー様だとしてもその探索隊の一員であるクランフォード様に礼を欠いた態度で接するのは」
結局、本人がそれでいいといったところで周りがそれを許すかどうかは別だ。荷物持ちのような蔑みの対象が自分たちの仲間と仲良くなっているところなど不愉快でしかないだろう。
「そうですか、確かにそうですね。無理を言ってしまいました」
そう言って落ち込んでしまったが、そういうあんたも敬語じゃないかと思いはすれど口に出すことはない。
「あ、αチームが帰ってきたみたいです!私も行かなくちゃ」
苦しい空気を断ち切るようにクランフォードは立ち上がった。さきほどの落ち込みを振り払い、みずからの仕事をこなそうというやる気に満ちた表情に変わっていた。
「またあとで、あ」
そう駈け出そうとする体を急停止させた。
「名前、そういえば、名前を聞いていませんでした!」
今されになってそこに気づくのはちょっと遅すぎるのではないかとも思うが、伝えそびれた俺にも責はある。
「ラエル、ただのラエルです」
どこにでもありそうな、何の意味も込められなかったつまらない名前だ。
「ラエル、ラエルさん。いいお名前ですね!それでは、またあとでゆっくりお話ししましょうねー!」
そう言って駈け出そうとするクランフォードの後ろ姿にさっきの落ち込んだ表情がちらついた、それはひどく悲しげに見えた。
少しづつ離れていくその姿になぜか罪悪感にも似た感情が湧いてくるのはどうしてだろう?俺を利用したり、品定めしてくるような奴ならこんな気持ちにはならなかったのに、バカみたいなこの女の裏のない善意を無下にしていいのか?
俺とクランフォードの力関係や地位の差は明白だ。そうやすやすと対等に、親しげになんてできるはずもない。
だが、まあ、しかし。
「クランフォード」
今、この時間ぐらいはその願いに沿ってもいいかなと、そう考えた。
「ん?」
クランフォードが不思議そうに振り返る。慣れないことで口がうまく回らない。
「これは正確にはダマスカス黒合金、というもの、です、だ」
そう言って先ほどの資材を手に取る。
「ダマスカス合金は低級エネミーからもとれる汎用資材、だ。本来は取る価値もないがリビングアーマーなんかの重装甲のエネミーの重要装置の周りにはこうした黒色を帯びたダマスカス合金が手に入る。通常の物より硬さ、強靭さどちらも上で、かつ加工もたやすいから入手難易度に対して価格が高い」
俺には都市の知識ぐらいしか話の引き出しがないので、これについて話すので限界だ。流暢に相手の喜びそうな話をすることなどできそうもない。
「覚えておくといい、それだけ、だ」
なんともつまらない話にクランフォードは満面の笑みで答えた。
「はい!教えてくれてありがとう、またあとで!それと…」
「ミリアって呼んでください。二人だけの時でいいので」
そうして嬉しそうに去っていった。クランフォード…ミリアを見送り、選別の終わった産出品をすべて探索用バックパックに詰め込む。
なんだか狐に化かされたような現実味のない時間だった。そんなことを思いながら、今度は装備品の点検に移るのだった。
早急にボーイミーツガールがやりたかったのでぶち込みました。後悔はしてない。