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荷物持ち、解体する

一話書くのに一か月かける奴がいるらしい

「ありがとうごさいます。なんと礼を言ったらいいか」


 落ち着きを取り戻した緑髪の女に先ほどの一連の出来事について説明したところ、開口一番に出てきたのは感謝の言葉だった。


「お安い御用ですよ、治癒士様。私のことなど気になさらずご自愛なさってください。ほら治癒士の命はパーティー全員の命に等しいとはよく言うではありませんか」


 実際のところ、治癒士の数は少なく、シーカー全体の総人口の数パーセント程度しかいないとされている。そのうえ探索には負傷はつきものだというのだから、その価値は他の職とは比較にならない。治癒士というだけで、経験、技能問わづ中堅以上のクランにはもぐりこめるほどにその需要は高い。


「さて、どうやら周りもひと段落ついたようですね。それでは私はこれで。エネミーの解体作業がありますので」


 そう立ち去ろうとしたところ、緑髪の女はなぜか俺を呼び止めた。


「待ってください。助けていただいたのに何の礼も返さないわけにはいきません。そうだ!そのナイフ。解体用のものでしょう?さっきはかなり乱暴な使い方をしていたのでもしかしたら壊れているかも。解体用ではないのですが、私の護身用のナイフを…」


「いやはや!気にしていただかなくても結構ですよ。このナイフもなかなかの上物でして、この程度じゃなんとも」

 

 そうして俺は腰からナイフを取り出す。試しに何度か振ってみたり、地面を切りつけたりしてみて。


「ほら?」


 最後に刀身を壁に軽くぶつけてみた。しかしそれがとどめの一撃であったかのようにパキッという軽い音を立ててナイフは粉粉に砕け散ってしまった。もはや修復不可能なまでに破壊されてしまったナイフを前になんとも気まずい空気が流れる。


「…受け取ってください。このままじゃ解体作業もままならないでしょう。大丈夫、護身用とはいってもそれなりに万能には扱えるよう設計されているはずですから。」


「いや、でもしかし」


 確かに、あのナイフがなければ解体作業はかなりの時間を要するだろう。とはいえブレイズナイフほどのものではないがナイフの予備自体はあるため時間はかかるだろうができないということはない。できるならばここは余計な貸し借りを作っておきたくはない。都市の内部における貸し借りはそれを証明する第三者がいることがまれであるために、後々にトラブルの火種になることが多い。やれあの時の貸しだと、そんなものは知らんだのと。しかもそれが血の気の多いシーカーたちの間での話だ。何気ないトラブルがイコールとして殺傷沙汰にまで発展することなどは日常茶飯事だ。


「いえ、これは受け取ってもらいます。貸した恩は忘れても、受けた恩は忘れるなが我が家の家訓ですから」


 そう言い緑髪はナイフの持ち手部分を差し出した。否定の意を伝えてもこの女、存外圧が強い。有無を言わさぬ表情と気迫で俺の手を取り、その手にナイフを握らせてしまった。仕方なく俺はそのナイフを受け取ることにした。


 そのナイフは柄に埋め込まれた紋章が特徴的な美しい造形をしていた。華美な装飾はなく、形自体は実用性を重視してかかなりシンプルにまとまっているが、極限まで高められた機能美が、ある種の芸術品であるかのような風情を醸し出していた。明らかに一流の職人の手による品だ。一体どれほどの価値になるのかは検討もつかない。


「これは…」


「それでは私もほかに負傷者がいないか探してきますね。この恩は忘れません、助かりました。本当に」


 そういうと俺の返答も聞かずにさっさと立ち去ってしまった。見た目にそぐわず芯の強そうな女だった。この紋章といい、家訓だとかいう話といい、もしかすれば名家の出だったりするのだろうか?。シーカーとして大成し、高い社会的地位を手に入れた家系が、その子にもシーカー家業を継いでもらおうと小さいころから英才教育を施し、一流のシーカーとして育てあげるという話はよく耳にすることだ。血筋か才能、そして幼少期からの訓練があったと考えれば先ほどの驚異的な治癒能力にも納得できるというものである。


「………」


 血筋に才能。うらやましい話だと思い、意味のない嫉妬を吐き捨てて、自らの本分を思いだす。俺はもらってしまったそのナイフを手に機能の停止したエネミーに近づいた。まずは最も近くにあったハウンドの解体からはじめることにした。


 エネミーは大きく分けて二種類に分けられる。一つはハウンドやモノアイ、リビングアーマーといった都市以外では未確認の金属によって形作られた命なき怪物、機械生物型だ。エネミーの中核を担う存在であり確認されているだけで数百種類の個体が確認されているほど多様性に富んでいる。


 機械生物型はその体を構成しているすべての素材に使い道がある。だが、だからと言ってそのすべての素材を持ち帰れるわけではないので特に有用な一部位だけを選別するのが基本だ。今の場合だとハウンドは高品質な合成筋肉と優秀な感知装置を持っているため、この二つの部位を取り除く。そのほかの装甲版や雑多な部位も溶かすなりすれば万能な資材の一つとして使われるのだが、売買目的でも、直接活用するにしても個人で集める量では大したものにはならないため、資材集め目的の探索以外では捨て置くのが一番効率がいい。そしてこのエネミーの持つ素材の中で最も重要なものが。


「ふう、なかなかだなこのエーテルコアは」


 エーテル、人類が発見した新たなエネルギー資源。これもまた都市によってもたらされたもので、都市の住人たるエネミーのすべてがこれを動力として動いている。液体、結晶体と様々な形態をとり、小瓶一つ分のエーテルで一般家庭の一年分の電力を生み出せるほどエネルギー効率に優れている。エーテルは万能のエネルギー資源であり、現代社会はこのエーテルなしでは成り立たないほどに依存している。


 「次はタウロスか、こりゃ骨が折れるな」


 そしてエネミーのもう一つの種類がこういったタウロスなどの生物と同じ構造を持ちながら、しかし都市の外では到底確認できないような生きた怪物、合成生物型だ。種類も数も少ないが、一匹一匹の強靭さと厄介さは機械生物型とは歴然とした差がある。例えばさっきのタウロスは高周波ブレードすら刃が通らないほどの頑強な肉体と、拳の一振りで重装備のシーカーをミンチにできる力を持つ難敵だ。しかしこれでもまだ優しい方だ。深部にいるタウロスはその身体に見合うほどの装備を担いで遅いかかってくるというのだから恐ろしい話だ。ほかにも即死レベルの毒を持つマンティコア、どういう原理か浴びたものを石灰に変えてしまうブレスを放つコカトリス。風を自在に操り、高い知能をもつというグリフォンなどがいる。


 こういった合成生物の解体は機械生物のそれと比べて格段に難易度が高い。機械生物型は同じ種類に限っては全く同じ構造のものしか現れず、一度解体の仕方さえ覚えてしまえばやることは何も変わらない簡単な仕事だ。だが合成生物型はまさしく生物らしく個体差というものがある、その上、石灰化する粉塵やら、ナパームのように延焼する液体やら、失敗すれば取り返しのつかない大けがを負う可能性のある危険物が詰まっていることが大半なので熟練の解体屋でも合成生物の解体は慎重を要するほどだ。


「ふー、フンッ!と、かなりでかいエーテルだな」

 

 合成生物型の中にもこうしてエーテルが存在している。魂蔵というエーテルを貯蔵するための臓器がありこれを切除する。彼らもこのエーテルを栄養源として活動しているという説が有力だ。彼らは生物として必須の寝食を必要としないことが調査と実験によって証明されており、彼らは体内のエーテルがすべて尽きると死ぬという。科学者の考えでは合成生物型は都市のどこかでエーテルの供給を受けて活動しているのではないかと推察しているらしいが、その供給所は現在でも確認されていない。


 「一通りは終わったか?」


 見渡せば解体はすべて終了しており、探索隊も本来の予定通りに休憩に入っているようだ。それぞれが各々の方法で体をいたわっており、談笑するもの、持ち込んだ食料を補給するもの、一人で精神統一を行っているものなどその方法に一貫性がなくかなり自由にやっている印象だ。


「ここにいたのか、解体作業のほうはどうだ?」


 そう声をかけてきたのは副隊長だ。突発的な戦闘ではあったものの、さすがというべきかその強化

外骨格のアーマーには傷一つなく、危なげなく戦闘をこなしていたのがわかる。


「ええ、大方は終わりましたよ旦那」


「ほう、もうか?仕事が早いな。」


「それなりには長くこれで飯食わせてもらってますので、そこらの凡百な輩とは年季が違いますよ」


「いや、このスピードや正確さは本職の解体士とも並ぶほどだ。ただ長くやっているだけでは身につくことはない技術に違いない。君は一体今まで何を…?」


 確かに、自分の技術に関してはかなり自信があるが、ここまで突っ込んで質問されるのは初めてだ。余計な手間を増やさないためにも、ここは話題を変えるのが賢明だろう。


「本当に大したことは何も。しかしそれを言うなら旦那のパーティーメンバーの方もそれはもう。見たところ私と同じ年頃のようですが、あれほどの練度そうそうお目にかかれるものではありませんよ。」


 この戦闘を通して抱いていた違和感は確信的な疑念へと変わった。ルーキーというには不釣り合いなほど練度の高い少年少女たち、そしてその中でも別格の力を持つ四人。この探索隊は普通ではない。何かしらの俺が知らない事情や裏があるのは確実だ。


「そうか、そうだったな。この話をする途中だったか。私たちが一体何者なのか」


 副隊長は自らと探索隊の素性を語った。


「私はオーシリア学院の探索科に所属している教官の一人、名はローディーという。そして隊長を除くパーティーメンバーは全員が探索科の生徒。つまり私の教え子になるな」


「オーシリア学院…あの名門の、しかし探索科とは」


 オーシリア学院。都市がもたらす技術の研究所であり、継承の場でもある。入学にはとんでもなく高い金を積むか並外れた資質を以て入学の資格があることを証明するか、普通の人間には入ることすら困難といわれる超一流校だ。そしてその中でも探索科といえば数年前に設立されて以来、オーシリア学院でもトップの人気、そして倍率を誇ると聞く。設立当初は学問の場で戦いを生業とするようなシーカーを養成することに疑問の目もむけられていたが、現在、都市の最前線で戦うシーカーの過半数が学院に何らかの形で所属していたか、または卒業しているという現状で懐疑の目を向けるものは今はもういない。それどころかシーカーとして大成したければ学院に入れといわれるほどだ。


「なるほど!皆様があれほどお強いのも納得です。なんせあのオーシリア学院の方々なのですからそれはそれは」


 おれがさらなる世辞を言おうとしたその時


「そう、お前のような人種とはものが違うのだ、荷物持ち」


 そう横から一人の男が割って入ってきた。居丈高な態度と傲慢な物言い、俺の知るめんどくさいタイプのシーカーの特徴に見事に一致するこの男こそこの探索隊のリーダー、ルイスだ。


「ルイス、ちょうどいい、いろいろ話したいことがあるんだが」


「それは私も同じだローディー。貴様の怠慢についてな」


二人の間に剣呑な空気が流れる。少なくとも良い仲には見えない


「ローディー、貴様教官という立場でありながら何をしていた?生徒を監督するという役目も忘れそこの物乞い同然の荷物持ちと雑談にふけることが貴様の仕事か?そうだというのなら私は貴様の教官という職を剥奪してもらうよう上に掛け合わなくてはならなくなるが?」


 そうまくしたてた隊長に対し、ローディー副長は毅然と答える


「それについては私の判断ミスだった。ルートからして目を離しても安全だろうと。万全を期して最悪を想定するべきだった。」


 そう自分の非を認めながらも、しかしと言い返した。


「だが、ルイス。お前は明らかに彼をおいていくつもりだったんだろう。彼が来ているのは運搬用の強化スーツだ。運動性能は劣悪で私たちの戦闘用スーツに追いつくのは至難の業。彼に配慮せず進んでいけば、おいて行かれるのは目に見えている。荷物持ちが外郭とはいえ都市での単独行動。この意味が分かるか?お前はパーティーメンバーを見殺しにしたんだ」


 確かに、物を運ぶことに特化した荷物持ちの装備はこと戦闘においてきわめて脆弱だ。守ってくれる存在がいなければ生き残ることは難しい。今回に限っては俺もある程度力を抜いていたのでばつが悪いが、それでも一般的な荷物持ちと同等の速度は出していたはずだ。隊長に悪意があったのは事実だろう。


「パーティーメンバーだと?こいつは私たちのおこぼれにあずかろうとしているだけのただの虫だ。仲間などではない。こういったモノに対してどう接するべきなのかということを生徒に教えるために同行を許可したが本来ならばこの記念すべき探索には不要な存在だ」


「…ルイス、お前が彼を。いや、彼らをどう思おうがそれはお前の自由だ。だが、その偏見に満ちた思想を生徒たちに吹き込むことだけは許さない。私たち彼らに敬意を払うべきだ」


 ローディー副長の言葉を受けても隊長はその不遜な態度を一切変えることは無かった。


「間違っているのはお前だローディー、シーカーに必要なのは、力だ。比類なき力をもって未知を踏破し、敵を退け、栄光を手にする。貴様のその軟弱な思想は不要であるどころか、害悪ですらある」


「ルイス!」


隊長はもう言うことは無いといわんばかりにこの場から立ち去ろうとする。最後に一言だけ付け加えて。


「それが私たちについてくることは許可しよう。だが探索の邪魔だけはさせるな。何かあればすべて貴様の責任だ」


そう、言いたいことだけ言い残して隊長はこの場を後にした、おそらくほかの隊員の様子でも見に行ったのだろう。


「ルイス…教え導く立場になっても考えは変わらないか」


そうローディー副長は一人ごちにつぶやいた。残された俺とローディー副長の間にいやな空気が立ち込める。全く、余計なことをしてくれたものだ。


「い、いやはや、なかなか辛辣ではありましたが、結果的には死者、脱落者はゼロ。順調ではありませんか?」


 いささか強引に話の流れを変えようと現状の探索について焦点を当てる。実際、このような不測の事態を前にして、これだけ損害が軽微なのは地力があることの証明だろう。


「ああ、確かに順調、順調だが。どうにもいやな感じがする」


「いやな感じでしょうか?」


「ああ、ここの襲撃も一体や二体ならまだわかる。まれにある話だ。だがこんな大規模な襲撃は聞いたことがない。こうした異常事態は都市の異変の前触れであることが多い。いつもなら探索を切り上げる

ところなんだが…」


 都市の異変。時たま都市にておこる異常事態を指し、それが起きたとき、シーカーたちは甚大な被害を受けてきた。貪食の夜事件。グリムリーパー事件。真鍮病事件。どれも記憶に新しい、凄惨な事件だった。


「この探索は彼らの進級がかかった大事なものなんだ。やすやすと帰ることはできない。最低でも都市の入り口に到達できなければ彼らは進級を認められず,そうなればまた一年のカリキュラムをやり直すことなる、彼らの貴重な一年を無駄にはしたくない」


 学院で進級がどれだけの重大なことなのか、それはよく知らないが、危険かもしれないというだけでは中断できない程度には重要なことらしい。


「休憩は終わりだ!これよりわが隊は外郭を抜け都市の入り口、ゲートまで進行する。皆配置につけ」


 隊長の号令が走り、弛緩していた空気が一転して張り詰める。副長のいう通り、続行は決定事項らしい。


「そういうことだ、君には負担を強いるがどうか力をかしてくれ」


 副長はそう言って荷物をまとめるべくさっていった。都市の異変、確定ではないものの遭遇すれば、死は免れないというそれにまで付き合う義理はない。そうして俺はもしもの時のために準備をしておく、最悪俺だけでも逃げ切れるように。


投稿頻度を上げたい(願望)

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