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83.冬虫夏草

 女の髪は、魔術的にかなり有用な素材である。

 その使い道は多岐にわたり、そのくせ代用はきかないから、常に需要がある。


 当然、髪が命な貴族が自分のものを魔術の素材にする訳がないから、使われるのは庶民のものがほとんどだ。

 そして庶民は、その需要に乗っかって、髪を育て伸ばして、換金することが多い。


 その事を、クリスに言われて思い出した。


「……よし」


 俺は小さく頷き、クリスの方を向いた。


「クリス」

『うむ?』

「想像してたんだから、やり方も知ってるよな」

『くははははは、我を誰だと思っている』

「だったら一緒に来てくれ。もう一回中に入る」

『うむ、我はよいのだが……』

「? どうした、珍しく奥歯に物が挟まったような口ぶりだな」

『我の想像では……いやなんでもない。ともに行こう』


 何かを言いかけたクリスだが、軽く首を振って、それを振り払った。

 そして再び、分身たるちびくりすをだす。


 俺はジャンヌとパトリシアの方を向いた。


「二人はここで待っててくれ」

「わかりました」

『はぁい』


 ジャンヌとパトリシアは食い下がることなく、指示を受け入れてくれた。

 そんなジャンヌとパトリシア、そしてクリスの本体を外に残して、俺は再び洞窟の中に入った。

 今度はちびくりすと二人っきりだ。


 一度通った道を、二人で再び進んでいく。


『……』


 ふと、違和感を覚えた。

 ちびくりすを見た。

 騒がしい性格なのに、彼女は黙っていた。


「どうかしたのか?」

『何でもないですよ?』

「そうか?」

『はいです』


 そうは言うが、やはりどこかに違和感があった。


 そうこうしているうちに、さっきの場所まで戻ってきた。


 まるでキノコのような巨大な樹。


「さて……もともとパトリシアを外に出したら採取に戻ってくるつもりではいたが……クリス、ここからどうするんだ?」

『……』

「クリス?」


 やっぱり押し黙ったままのちびくりす。

 どうしたのかと思ったけど、喋ってないだけで、ニコニコと俺を見上げている。


「……」


 俺は思い直した。

 ちびくりすは「クリス」だ。

 ベクトルは違うけど、クリスと同じで明るい性格。


 ということはつまり、クリスと同じ知識の豊富さと、思慮の深さもきっとある。

 そうなると――黙っているのにもきっと意味がある。


 俺はそれ以上問い詰めることはやめて、ドラゴンツリーの方を向いた。


 何か無いかと、注意深くじっと見つめた。

 ドラゴンツリー――樹をじっと見つめた。


『――』

「……ん?」


 何かが聞こえた様な気がした。

 ドラゴンの声だ。


 振り向く、ちびくりすは黙ったまま何も言わない。

 ちびくりすの声じゃない?


 じゃあ……?


 俺は周りを見回した。

 耳を澄ませた。


 間違いなくドラゴンの声だ。

 そしてそれは言葉的なものじゃなく、どちらかといえば息づかい程度のものだ。


 周りを見回した結果、視線がドラゴンツリーに行き着いた。

 この洞窟の中で、「ドラゴン」って名のつくものといえばちびくりすとドラゴンツリーだ。


 だが、ドラゴンツリーは樹である。

 樹がドラゴンの声は出さない。


「……ん?」


 そういえば、なんでこれは「ドラゴン」ツリーなんだ?

 何となく納得していた。


 大本のドラゴンベクターがあって、それでドラゴンツリーという名前をなんの疑いもなく受け入れてた。


「……いや、ちょっと待てよ」


 思考の中にドラゴンベクターが浮かび上がったことで、関連する記憶が同時に浮かび上がってきた。


「ちびくりす……ドラゴンベクターは動物型と植物型があるんだったな?」

『はいです』


 ちびくりすは返事した。


「なのにドラゴンベクターのオリジンが植物型だけなのは何でだ?」

『違うです、両方あるですよ』

「……そうか」


 俺は小さく頷いた。

 脳裏に浮かび上がったものが、徐々に確信に変わっていく。


「動物型のオリジンはなんて名前だ?」

『ドラゴンツリーなのです』

「……ふむ」


 それはつまり……と更に考える。

 必要最低限の事は話したからもう黙る――と言わんばかりの勢いで、ちびくりすは沈黙した。


 俺は耳を澄ませた。


『……』


 やっぱり息づかい――ドラゴンの声、呼吸音らしきものが聞こえた。


 俺はドラゴンツリーに近づく。


 そして、おもむろに――


「変身」


 竜人に変身して、思いっきりドラゴンツリーの根元を掘った。


 竜人に変身して、一瞬で地面をえぐる。

 すると――ドラゴンツリーの根っこが、ドラゴンらしき頭と繋がっていた。


 いや――ちょっと違うぞこれは。


「ドラゴンの頭から……生えてる?」

『ドラゴンツリー、またの名を土竜水草』

「むっ」

『水の中に樹が、土の中にドラゴンがあったです』

「ああ……」


 俺は頷いた。

 入り口が特殊だったけど、この空間も、俺が入るまでは水没してたって事か。


「ドラゴンベクターの大本は一つなんだな」

『そういうことなのです』


 ちびくりすははっきりと頷いた。


『うししししし、やっぱり心友はめざといです。よくこれを見つけたです』


 ちびくりすに褒められるが、微苦笑するしかなかった。

 ちびくりすにあそこまで黙られたら、そりゃ何かがあると思うしかないからな。


 そして、俺は改めて――。


 ドラゴンツリー――土竜水草を観察するように見つめた。

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