80.「契り」
『というわけなのです、心友』
「ん?」
『名前をつけてあげるのです』
「ああ、そうだな」
俺は頷き、ヨルムンガンド種のドラゴンの方を向いた。
たしかに、名前が無いと不便だしな。
「念の為に聞くけど、いいんだな?」
『はぁい、おねがいしますぅ!』
「分かった」
俺は頷き、自然と腕を組んで、顎を摘まんで考える。
考えるとき自然とこのポーズになる。
少し考えて、顔を上げた。
「パトリシア――でどうだ」
『パトリシア……』
「ああ。気に入らなかったら新しいのを考えるけど」
『ううん、すごくいい名前だと思いますぅ』
「そうか。じゃあこれからよろしくな、パトリシア」
『はぁい!』
パトリシアは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
『うししししし、次は契約もしておくのです』
「契約か。その体で出来るのか?」
俺は改めてちびくりすを見た。
クリスにつけられた分身体、道案内をするための知識の塊。
それがちびくりすに対する認識だ。
知識はあるが力はない――という可能性が大いにある。
『うししししし、契約の仲介くらい屁のカッパなのです』
「そうなのか」
『いくです』
ちびくりすはそういい、俺とヨルムンガンド種の子改めパトリシアの間に魔法陣を開いた。
俺は慣れた手つきで、血を一滴垂らした。
『どうするんですかぁ?』
「俺みたいに、血を一滴この中に垂らすんだ」
『分かったですぅ……あっ』
「どうした?」
『血が……出ないです……』
パトリシアが困った顔をした。
自分で前足の爪近くを切って見せたものの、血はまったく出なかった。
「これは……もしや、竜具で作ったかりそめの肉体だから、か?」
『そうなるです』
「そうなるですって……じゃあ契約出来ないんじゃないのか?」
『うししししし、心配ご無用なのです。血が使えない場合の別の契約法もあるのです』
「別の契約法?」
『はいです』
ちびくりすは体ごと大きく頷いて、いったん魔法陣を閉じた。
そしてまた新しい魔法陣を開く。
サイズは同じくらいだが、紋様と色あいがいつものと違う魔法陣だ。
「どうすればいいんだ?」
『おっとり娘に擬態をかけるのです』
「擬態?」
『人間の姿にするです』
「ふむ?」
なんだかよく分からないが、まあクリスの言うことだし、従っておこう。
俺はパトリシアに向けて、手を突き出した。
そして、擬態のスキルをかけた。
すると、パトリシアがヨルムンガンド種のドラゴンから、人間の女に姿を変えた。
「ふむ」
何となく頷いた。
人間の姿になったパトリシアは、深窓の令嬢ならぬ深窓の人妻って感じの見た目だ。
髪が長くてゆるいウェーブがかかっていて、温和な顔つきとあいまっておっとりとした空気を纏っている。
それでいて胸は服の上からもはっきりと分かる位の「巨大」さで、クリスに擬態をかけた時よりも一回り――いや二回りは大きい胸だ。
「うらやましい……」
「え? ジャンヌなんか言ったか?」
「な、なんでもないです!」
ずっと黙って見ていたジャンヌ。そんな彼女がぼそりとつぶやいたのに反応して振り向いたが、彼女は慌てて首と手を振って否定した。
なんだろうか、と不思議がりつつも、本人がそう言うのならばとスルーすることにした。
それよりも、とパトリシアに向き直った。
パトリシアも驚いていた。
『これは……』
「俺の能力だ」
『そぉなんですね』
「クリス、次はどうすればいいんだ?」
『うししししし、二人とも魔法陣の中に入るです。入って互いに向き合うです』
『わかりましたぁ』
「こうか?」
俺とパトリシアはクリスに言われた通りに魔法陣には入って、互いに向き合う。
「向き合ったぞ」
『そしたらキスするです』
「はい?」
……。
「お前は何を言ってるんだ?」
『うししししし、キスをするのですよ』
「……いやいやいや、何を言ってるんだ?いきなりキスとか」
「キ、キス!?」
ジャンヌがまたまた反応した。
思いっきり驚いて、目を死ぬほど見開かせる。
「なんでキスなんだ?」
『男女の契約は口づけか性交か、それが古よりのお約束なのです。だからこそ「契る」という言葉ができたのです』
「むむむ……」
呻きつつも、俺は妙に納得した。
た、確かにそういうものだ。
男女の契約がキスかセックス。
なるほどそういう話は昔からごまんとある。
急に湧いて出たような話じゃない。
「し、しかし」
『うししししし、何か問題なのです?』
「いや、こういうのはやれと言われてやるもんじゃ……。そもそも互いの気持ちもだな――」
『おっとり娘はいやなのです? 心友とキスして契約を結ぶのは』
『うぅん、いやじゃないですよぉ?』
『うししししし――なのです』
「なのです――じゃないから」
『ぐだぐだ言わずにやるです。それとも性交のほうがいいです? そっちでも全然構わないです』
「こっちが構うわ!」
突っ込みつつ、ちらっとジャンヌを見た。
「な、なんですか?」
「なんでもない」
俺はきっぱりと言い放った。
ちびくりすの言葉が分からないのを幸いに無理矢理ごまかした。
『うししししし、だったらするのです』
「……」
『キース、キース、キスキスキスキスなのですー』
ジト目でちびくりすをにらむ、がしかし全くこたえた様子はない。
俺ははあ……とため息をついた。
しょうがない、とパトリシアと向き合う。
「悪いな、パトリシア」
『うぅん、ありがとうなのですぅ』
「ありがとう?」
『私に新しい肉体を与えてくれてぇ、外に連れ出してくれる人ですから』
パトリシアはそう言い、まったく冗談とかそういったのが無い、真面目そのものの目で俺を見つめながら。
『ありがとうございます』
と、顔を近づけて、唇を重ねてきた。
唇に触れる、柔らかくてやけどするくらい熱い感触。
自然と胸が「どっくん」と大きく弾んだ。
どきどきした、すごくどきどきした、ものすごくどきどきしてしまった。
心臓がここぞとばかりにフルパワーで暴れ出す中、魔法陣の光が俺達を包み――。
『うししししし、成功なのです』
体の中に、新たな力が入ってきたのを実感した。




