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08.新居に引っ越し

 ミルリーフの山から、ボワルセルの街の自宅に戻って来た。

 ルイーズは既に戻ってて、お気に入りのスライムベッドですやすやと寝息を立てている。


「ここが俺の家だ」

『ふーん。別の子がいるんだ』


 コレットはルイーズを見た。


「ああ、ルイーズって言うんだけど――今度紹介するよ」

『今度?』

「一日に十二時間は寝ないと力が出ない子らしくて、たぶん今日はもう起きてこないと思う」

『変な子』

「そういう子なんだよ」

『それでいいんだ』

「ああ」


 俺は小さく頷いた。

 それがルイーズとの約束だからな、


『それにしても、狭いわね』

「そうだな」


 俺は微苦笑した。


 もともと「ある」とはいえ、そんなに広いとは言えない庭だ。

 小型竜が二人もいれば、たちまち手狭に感じてしまう程度の広さしかない。


「そのうち引っ越すよ、お金が貯まったら」

『ふん、べつにいいんだけどね。で、あたしはここを使えばいいわけ?』

「ああ、好きなところをつかってくれ。家の中に入ってきてもいいけど、俺を追い出そうとするのは困っちゃうからそれだけは勘弁してくれ」

『す、するわけないじゃんそんなの』

「それはよかった」


 ちょっとした軽口だ。


 にしても……と、俺は庭をぐるっと見回した。

 ルイーズに、コレット。


 二人が一緒にいると、本当に手狭に感じてきてしまう。


 今の所はこれでいいけど、これ以上はさすがに無理だな……。


     ☆


 次の日、俺は一人で竜市場の、なじみの店にやってきた。


 敷居をまたいで中に入ると。


「いらっしゃいませ、おお!」


 すっかり顔なじみになった、線の細い店主が俺を見て、幾分か親密度が上がったような笑みをうかべてくれた。


「いらっしゃいませシリル様」

「こんにちは。コレットは来てたかな」

「ええ、来てましたよ。これを置いていきました」


 店主はそう言って、カウンターの下から小さな革袋を取り出した。

 ずしりと沈むように変形している革袋は、硬貨がそれなりに入っている事を意味している。


 それは、コレットの稼ぎだ。

 俺はコレットに、この日最初の稼ぎはこの店に持って来るように言いつけておいた。

 それをちゃんとこなしてくれたようだ。


「そんなにないですが、分割払いの分です。これからはコレットに持って来させますので」

「はい、承りました――それにしても、すごいですねシリル様は」

「え?」

「昨日の今日で、あの子にこんな複雑な指示を仕込めるなんて。単独で複雑な行動をさせる竜騎士はそうはいませんよ」

「そうですか」

「ええ、ものすごいことです」


 店主に褒めちぎられた。


「コツなどはあるのでしょうか」

「ドラゴン・ファースト、ですかね」

「ドラゴン・ファースト」


 店主はよくよく吟味するかのように、同じ言葉を繰り返した。


「ちゃんと話をして、心で寄り添えばお願いをきちんと聞いてくれますよ」

「なるほど、深いですなあ」


 深いことは何一ついってないんだけどな、俺は。

 まあでも、「ドラゴンの言葉が分かる」というのが分かってないと、深い話に聞こえてしまうんだろうな。


「それだけではなく。竜騎士として超越的なだけではなく、その上人格者でもあったのは驚きです」

「人格者?」

「ええ、こういうとき、まさかすぐに返済されるとは思っていなかったものですから」

「それは驚く事なんですか?」

「私が分割でもいい、と申し出た理由は察しがついているかと思います」

「うん、まあ」


 姫様の手ぬぐいを見たからだ。

 俺に便宜を図って、いずれは姫様と繋がりたいと思っている。

 それは、俺も前から思っていたことだから、すぐに察した。


「そういう場合、これ幸いと踏み倒す――とは、言い方が悪いですな。こちらが催促するまで後回しにする方たちがほとんどなのです」


 もちろん催促などいたしませんが、と店主は付け加えた。


「こちらも、それで繋がりを買う物だと思ってますので」

「なるほど」

「ですので、それを察している上で、更に返済をしてくる方は初めてなのです」

「分割だからな、ちゃんと支払うよ」

「ありがとうございます」

「商売は商売だから。もちろん、分割にしてくれただけですごく助かってるから、そこは感謝してる」


 俺は「感謝してる」を強調していった。

 分割は払うが、姫様とは可能ならちゃんと繋げる、という宣言でもある。


「それに、この店とはできれば長く付き合いたいから」

「光栄です」

「いい店だから。他より竜の扱いがいい」

「大事な商品ですから」


 店主はにこりと笑いながら答えた。


「それだけじゃないのは分かりますよ」


 竜商人にも色々ある。

 「商品」であっても、それを大事に扱う者と、そうじゃない者。

 ここは前者だ。


 商品としてであっても大事に扱う竜商人なら、長く付き合っていきたいものだ。


「そういえば」

「ん?」

「当店から二頭の竜を買われていかれましたが、そろそろ竜を飼うスペースが手狭になっているのではありませんか?」

「よくわかりますね」

「この街で竜が飼えるようなスペースを持つ物件は両極端です。一・二頭飼える所と、十数頭飼える様なところ。この二種類しかないのです」

「ああ……」


 俺は微苦笑した。


 その二択なら、分割払いをするような人間は前者ってすぐわかるだろうな。


「そこで、広めの竜舎付きの家があるのですが、よろしければご紹介させていただいても?」

「それはありがたいけど、さすがに無理だ」


 俺は苦笑いした。


「コレットでも分割払いでまだ払いおえてないのに、広めの家なんて」


 買うのはもちろん、借りるのもキツいだろう。


「それが、訳ありです」

「へえ」


 訳ありと聞いて、俺の目が光った。


「どういう訳ありなんだ?」

「新築の家で、竜舎とのセットで建てられた物なのですが、何故か竜達はその竜舎に入りたがらないのです」

「入りたがらない?」

「ええ。もちろん広めの竜舎付きですので、入居を決めた竜騎士の方々は皆かなりの手練れでして」

「そりゃそうだ」

「そんな方々であっても、どうしようもないくらい竜達が入りたがらないのです」

「そりゃ訳ありだ」


 俺は少し考えた。


「理由は――」

「もちろん分かってません。竜舎自体、他の所と作りは同じようなものなのですが」

「ふむ」

「それもあって、借りても買い手もつきません」

「そりゃそうだ」


 と、苦笑いする俺。

 広めの竜舎付きの家。

 その竜舎が使い物にならない以上借りる竜騎士もいない。


「そこでしたら格安でお貸しできるように紹介できます。もちろん――」

「ああ、実際に見させてもらうよ」


 ルイーズもコレットも入りたがらないのなら意味はないが、俺は他の竜騎士とは違う。


 竜の言葉が分かって、会話できる。

 例え入りたがらなくても、言葉で理由が聞ける。

 そこから解決の糸口を見つけることが出来るかも知れないのだ。


     ☆


 俺はルイーズとコレットを連れて、街の北にやって来た。

 紹介された、広めの竜舎がある家だ。


 家の前に立った。

 広めの敷地に、人間の家があって竜舎がある。

 竜舎は、人間の家の倍の広さがある。


 竜舎ありき、竜舎メインの物件だ。

 これで竜舎が使えないのならまったく意味は無くなってしまう。


「にしても本当にいい家だな。竜舎もそうだし」

『ここに住むの?』


 ルイーズは聞いてきた。


「ああ、二人が良かったら、なんだけど」

『あたしたちが? なんで?』

「竜舎を見に行こう」


 俺はそう言って、二人を連れて敷地内に入った。


 一直線に、竜舎に向かった。


 竜舎の前に立ち止まって、二人に振り向く。


「さあ、中に入ってみてくれ」

『……』

『うぅ……』

「ルイーズ? コレット?」

『ここやだ』

『あたしも』

「ふむ」


 俺は小さく頷いた。


 どの竜も入りたがらない竜舎なのは知っていたから、驚きはしなかった。

 むしろ、ここからがスタートだと分かっていた。

 だから聞いた。


「なんでいやなんだ?」

『なんかいやな匂いがするのよ』

『うん……なんだろ、変な匂い』

「匂い?」


 俺はスンスン、と鼻をならす程の勢いで息を吸い込んでみた。

 いやな臭いはまったく感じられない。

 というか、竜舎の中と外との匂いの違いが分からない。


 分からない、が。


 前に姫様を探した時に、ルイーズに匂いで追いかけてもらったこともある。

 竜の嗅覚は人間よりもはるかに鋭くて、人間が分からない、何等かの匂いを嗅ぎ取れているんだろう。


「どこからでてる匂いなのかわかるか?」

『うーん』

『床なんじゃない?』

『どれどれ……本当だ、床からだ』

「床」


 俺はしゃがんで、床に手を触れた。

 土の床だ。


 竜舎は、ほとんどが土の床を使っている。

 木の床だと壊れやすく、石の床だと「床冷え」がして竜の体に悪いとか聞いたことがある。

 だから、竜舎の床は土なのが一般的だ。


 その土をつかんで、匂いを嗅いでみた。

 やっぱり分からないが。


「ルイーズ、ちょっとあっちこっち掘り起こしてみてくれないか」

『わかった』


 ルイーズは頷き、光の槍を放った。

 光の槍が次々と床を穿ち、掘り起こした。


 それまでほどよく地ならしされていた床が、途端にボコボコになってしまう。


『うっ』

『ーーッッッ』


 ルイーズとコレットは顔をしかめてしまった。


「匂いがきついか?」

『うん……』

『もうだめ外でる』


 二人は竜舎の外に出た。

 俺からすれば単純に土が舞い上がっている竜舎の中で色々確認してから、外にでた。


 先にでた二人に聞いた。


「大丈夫か?」

『そとだと大丈夫』

『中はもういや』

「そうか。なにか埋まってる、とかじゃなかったな。そもそも土の問題かもな」


 俺は少し考えて、更にいった。


「なら、土を入れ替えよう。それで様子見だ」

『土を?』

「ああ」


 俺ははっきりと頷いて、コレットを見た。


「コレットは代わりの土を調達してきてくれ。野外から、コレットがいいと思う土を」

『お腹の中に入れて持ってくればいいのね』

「そういうことだ」

『分かった』

『あたしは?』

「ルイーズは……休んでていいよ」

『いいの?』

「この土の匂いがいやなんだろ? 掘り起こした土を運んでもらいたいところだが、きついんだからやめておこう」

『ごめん……』

「いいさ、無理するような話じゃない」


 それで話がまとまって、俺とコレットは動き出した。


 にしても……匂いがいやだから、か。

 これも言葉がなければ分からない事だったな。


     ☆


 丸一日かけて、竜舎から土を掘り出して、コレットの胃袋から新しい土に入れ替えた。


 土そのものがいやな臭いを出しているというのだから、かなりの量の土を入れ替えた。


 そうして、土を入れ替えた後の、新しい竜舎の中。


 ルイーズとコレットは昨日とはうって変わって、リラックスした様子だった。

 これなら大丈夫、と分かっているが、それでも一応聞いてみた。


「どうだ?」

『うん、これなら平気』

『あたしも』

「そうか」


 土のせい、で合ってたって事だな。


 こうして、俺達は新しい、竜舎付きの家に引っ越したのだった。

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