76.偽物のと本物
俺は開いた壁の先を見つめつつ、ちびくりすに聞いた。
「進めばいいんだな?」
『はいです』
「よし……行こう、ジャンヌ」
「はい! ご一緒します!」
通常のテンションのちびくりすと、意気込むジャンヌと一緒に、開いた壁でできた入り口の向こうに渡った。
『こ、これは――』
「むっ? どうしたクリス」
……。
「クリス?」
返事が無かったから、頭の上に手をやった。
すると、ちびくりすの姿がどこにも無かった。
それだけじゃない。
「ジャンヌ?」
周りを見回す。
ジャンヌの姿もなかった。
ちびくりすもジャンヌの姿もいつの間にか消えていた。
さらに、開いた壁を越えた直後だというのに、まったく違う場所にいた。
前後を見渡すと、ちゃんと整備が行き届いた、どこぞの地下道の様な場所だった。
天井も壁も床もちゃんと「建築」してて、壁がぼんやりと光っていて全体がそれなりに明るい。
だから見渡せる――のだが。
出入口が、どこにも見当たらなかった。
「むぅ……そういえばクリスのやつ」
呟き、ちびくりすの直前の反応を思い出す。
『こ、これは――』
彼女は何かに驚いていた。
驚く最中、その声が遠ざかって、聞こえなくなってしまった。
つまり……この状況はクリスにとっても予想外という訳だ。
でなければあんな驚き方はしない。
「まずは二人を探すか」
このまま立ち止まっていても仕方がない、俺はとりあえず進むことにした。
しばらく進むと、分かれ道にさしかかった。
「どっちに行くべきか……」
俺は少し考えて、総当たりする事にした。
左手を壁につけて、壁に触ったまま進む。
分かれ道は、左手を壁に触れたままで左に行った。
どういう場所なのかは分からない。
迷路になってる可能性がある。
普通の迷路だったら、壁に左手か右手のどっちかをつけたまま、左もしくは右に延々と進んでいけば絶対に出口に辿りつける。
前に聞いたやり方をした。
左手をつけたまま、進む。
すると――ジャンヌの姿が見えた。
不安そうに周りをきょろきょろしていたジャンヌ。
「ジャンヌ!」
『シリル様!』
ジャンヌはこっちに気づいて、嬉しそうな顔でバタバタ走ってきた。
『よかった! シリル様に会えて』
「……ああ」
『このままシリル様に会えなくなったらどうしようかって』
ジャンヌは楚々とした表情で、俺を見上げてくる。
こうしてみると、完全にジャンヌそのものなんだが。
「お前は……誰だ?」
『え? ど、どうしたんですか? 私です、ジャンヌです。あっ、本当の名前は――』
「いや違う、お前はジャンヌじゃない」
『――えっ』
「正体を現わせ偽物」
俺はそう言いながら、指を突き出した。
炎弾を一つ、偽ジャンヌめがけて撃った。
偽ジャンヌはひょいと避けて、ジャンヌの姿のまま、表情だけを変えて。
『なぜ分かった』
「……勘」
馬鹿正直に理由を教えてやる必要はない。
俺は適当に言った。
『ちっ!』
偽ジャンヌは手を振り下ろした。
手から何かが出て、それが地面にぶつかった瞬間、光が溢れて周り一帯が眩しくなった。
腕でガードして、目を閉じて顔を逸らす。
光はすぐに収まったが――偽ジャンヌの姿はどこにも無かった。
「ふむ」
俺は立ち止まって、少し考えた。
さっきの偽ジャンヌ、あの声は「ドラゴンの声」だった。
俺はドラゴンの言葉が分かる。
同時に、聞こえた言葉がドラゴンなのか人間なのか、内容や声に関わらず判別できる。
なんというか、男か女かは実際に聞けばどっちの声なのかはある程度わかる、それと似たような感じで、人間かドラゴンかは「絶対に」わかるのだ。
今のは、ジャンヌの姿をしてたくせにドラゴンの声だったからすぐに偽物だとわかった。
「……たぶん、まだ出るだろうな」
この手のヤツだ、手を替え品を替え惑わしてくるに違いない。
俺は気を引き締めて、左手を再び壁につけたまま、更に進む。
何度か分岐にさしかかったが、その都度左手をつけたまま、左に曲がっている。
行き止まりに突き当たっても、左手をつけたままぐるっとUターンしてきて、別の道に入る。
そうこうしているうちに、少し先の空間から言い争いの声が聞こえた。
そこに向かった。
道が、開けた空間に繋がっていた。
開けた空間に出ると、そこに二人のジャンヌの姿があった。
『シリル様! たすけて下さい!』
『騙されないでシリル様! さっき会ったらいきなり私の姿に化けてきました!』
「……」
俺は無言で近づき、両方に炎弾を放った。
二人ともパッと避けた。
『な、なぜ両方……』
「勘」
どっちもドラゴンの声だからだとは、やっぱり言わなかった。
『ちっ!』
『やるな!』
偽ジャンヌ二人はまたまた手を振り下ろして、光を溢れさせて、逃走した。
「えぐいなぁ……」
俺は微苦笑した。
ドラゴンの声だって聞き取れる特殊体質じゃなかったら騙されていたところだ。
偽物が出た。
そして同じ姿のが二人いて、どっちも自分が本物だと主張する。
普通の流れだと、どっちかが本物だと思い込むところだ。
えぐいなあ、とつくづく思った。
俺は更に進んだ。
左手をつけたまま更に進んだ。
分岐を曲がって戻ったりして、再び開けた空間に出た。
すると、またまたいた。
今度は、凶悪な姿をしたジャンヌが、もう一人のジャンヌに迫っているところだ。
迫られた方はボロボロで、今にもやられそうな姿だ。
「シリル様!」
『たす、けて……シリル……さま』
「……えぐいなあ」
俺は微苦笑しつつ、やられてる方のジャンヌに炎弾を放った。
ボロボロだったのが、パっと飛び退いて炎弾を躱した。
『ばかな……三回も躊躇なく見破るなんて』
そいつは驚いていた。
俺は微苦笑したままだ。
やり方がいちいちエグい。
最後の本物のジャンヌにやられかかってるところも、普通なら先入観で騙されててもおかしくないところだ。
つくづく体質とシチュエーションに助けられたなあ、と思った。
その一方で。
「当たり前です! 何をしようとシリル様を騙せるはずがないです!」
ジャンヌはジャンヌで、実に「らしい」言葉を口にしていたのだった。




