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75.器の大きさ

 俺は気を引き締めた。

 洞窟の入り口をじっと見つめた。


 更に何かが出てきても対処できるように身構えた。


 ――が。

 洞窟から追加で何かが出てくることは無かった。


 若干拍子抜けした俺は、気を引き締めたまま、クリスに聞いた。


「もう中に入ってもいいのか?」

『うむ。はぐれものがいても心友ならば十分であろう』

「そうか」

「ご一緒します、シリル様!」


 相変わらず俺とクリスのやり取りを補完して流れを理解したジャンヌは、同行を申し出てきた。


「ああ、行こう」

「はい! 頑張ります!!」

「ジャンヌはいいけど――クリス、お前はどうするんだ?」

『うむ?』

「その図体じゃ入れないだろ?」

『その事か、であれば問題は無い』


 クリスは頷きつつ、前足の爪で器用に自分の肌から鱗を一枚剥いた。

 それを顔の前に持ってきて――ふっ! と息を吹きかけた。


 クリスの鱗は吹き出され、ヒラヒラと空中を数秒間舞った後――変化した。


 鱗が、小さなドラゴンに姿を変えた。

 生まれたてのレアよりも更に一回り小さい。

 小型犬程度のサイズになった。


「か、かわいい!!」


 それを見た瞬間、ジャンヌが目の色を変えて、大いに興奮しだした。


「こ、これはクリス様の?」

「なんなんだろう……クリス?」

『くははははは、それは我の分身だ』

「分身?」

『はじめまして、ちびくりすと呼ぶのです』

「ちびくりす……」


 俺は軽く言葉を失った。

 ちびくりすと自ら名乗った、小さなドラゴン。


 なるほどクリスが「我の分身」と言うのも頷けるくらい、同じような見た目だった。

 この小さなドラゴンが順調に育てばこうなる――という説明があれば100人中100人が納得するであろう、それくらい似ているものだった。


 が。

 似ているのは見た目だけだ。


『どうしたです?』


 ちょこん、と小首を傾げるちびくりす。

 それとクリス――オリジナルを交互に見比べる。

 とても――同一人物には見えない。


『それを連れて行くといい。一時間程度しかもたぬが、我の知識と記憶をすべて持ち合わせている』

「一時間しか保たないのか?」

『うむ。人間も、剥いだばかりの皮は柔らかく瑞々しいが、時が経つと乾いて堅くなろう?』

「どういうたとえだよ」


 俺は微苦笑して、軽く突っ込んだ。

 ツッコミはしたが、なんとなく納得した。


 まだちょっと驚きが残ってるが、クリスのする事に今更いちいち驚いてもいられない。


 俺は、さすがに話が複雑で理解しにくいであろうジャンヌの方を向いて、説明してやった。


 クリスに言われたことを、ほぼそのままジャンヌに伝えた。


「すごい……さすがクリス様、神の子様」

『くははははは、もっと崇めるがよいぞ』

『うししししし、もっとあがめるのです』

「馬鹿笑いしてるけど今のは無視していいから」


 そう言いつつ、俺はちびくりすを抱き上げた。

 そして、そのまま頭の上に乗っけた。

 まるで帽子にでもするかのように。


 ちびくりすは四本足で俺にしがみつきつつ。


『歩かないでいいのです?』

「ああ、道案内と、知識をくれるだけで十分だ」

『わかったです。あたくしに任せるのです』

『そうそう、そいつが消滅しそうになったら火炙りにするといい。炎を取り込んで少しは長持ちする』

「水じゃないのか」

『くははははは、我はフェニックスぞ。炎に決まっているであろう』

「それもそうか」


 クリス、フェニックス種。

 炎の中から復活する伝説のドラゴン。

 実際にその復活の現場に立ち会って、契約してフェニックス由来の能力を持っている俺としては、「萎れたらむしろ火炙りにしろ」は妙に納得できる。


「よし、行こう」

「はい!」

『いけいけごーごー』


 頭の上にちびくりすを乗せて、横にジャンヌを引き連れて。

 俺は洞窟――サンダーマウンテンに足を踏み入れた。


 洞窟の中は、直前まで水没していたこともあって、天井からぽたり、ぽたりと水滴が滴ってくる。


 更に洞窟だから暗かった。


「暗いな、松明用意してくればよかったか?」

『問題無しです』


 頭の上にいるちびくりすが言うと、ぼわっ、と光を放ち始めた。


「わっ」


 驚くジャンヌ。


「何をやってるんだ?」

「も、燃えてます」

「燃えてる?」

「はい、ちびくりす様のお体が燃えてます」

「……ああ」


 なるほど、と納得して頷いた俺。

 つまりちびくりすが松明代わりになってる訳だ。


「それをやって大丈夫なのか?」

『あたくしにとって炎を出すのは人間が息をするのと同じことなのです』

「なるほど」


 別段案じることも無いということ。

 しかし……とことん炎にいろいろ特化してるんだなあ……フェニックス種は。


 この調子だと。


「炎を喰ったり飲んだりもできそうだな」


 と、素直な感想を言った。

 が。


『無理なのです。あたくしは唯一つにして不死なる存在です。なにもかも食べられないのです』

「ああ、そう言ってたな」


 オリジナルクリスの口癖を思い出した。


 ともあれ。

 ちびくりすが照らしてくれた洞窟の中を進む。


 進んでいくと、地面からゆらり、と何かが起き上がった。

 さっき表で見た、紙細工のドラゴンだった。

 それが二体、まるで俺達の侵入に気づいたかのようなタイミングで現われた。


「お任せ下さい!」


 俺がリアクションを取るよりも早く、ジャンヌは飛び出した。

 変身し、双頭槍を振るって紙のドラゴンに飛びかかる。


 紙のドラゴンの強さは、表で出てきた連中とほぼ同じだった。

 それが狭い洞窟の中、更に二体程度。

 先手をとったジャンヌは、あっという間に紙のドラゴンを蹴散らした。


「……ふぅ。もう大丈夫です!」


 振り向き、爽やかな笑顔を見せてくれるジャンヌ。


「ありがとう。すごいなジャンヌは」

「そ、そんな……私なんかまだまだです」


 ジャンヌはそうやって謙遜しつつも、嬉しそうにはにかんだ。


 と同時に、この勝利で彼女に自信がついたようだ。


「この先も私にお任せ下さい」

「ああ、頼んだよ」

「はい!!」


 嬉しそうに頷くジャンヌ。

 これだけ嬉しそうにされると、このまま好きなようにさせようという気持ちになった。


 洞窟の中を進む。

 一本道だったから、ちびくりすの案内は必要無かった。

 その代わり紙のドラゴンは数回出てきて、その度にジャンヌに瞬殺された。


 狭い洞窟の中ということもあって、常に一対一かそれに近い状況だったから、ジャンヌは紙のドラゴンを圧倒した。


 そのまま進んでいくと、突き当たりに辿り着いた。


 道は無くて、代わりに低い台座と、壺のような物が置かれている。


「ふむ……これをどうすればいいんだ?」

『結界なのです。儀式をして道をあけるのです』

「なるほど、どうすればいい?」

『契約と同じようにするのです』


 ちびくりすはそう言って、俺の頭から飛び降りた。

 そして器に向かって魔法をかけた。

 見慣れた魔法陣、ドラゴンと契約をするときの魔法陣だ。


「ふむ」


 俺は頷き、慣れた手つきで人差し指の腹を裂いて、血を一滴壺の中に垂らした。


 するやいなや、ドドドドド――と洞窟全体に響く音がした。


「な、なんですか!?」

「これは……むっ!」


 瞬間、壁から水が大量に溢れ出した。

 水は瞬く間に洞窟の中を浸水させていった。


「シリル様!」

「……まあ、大丈夫だろう」

「え?」

「なっ?」

『はいです』


 俺が落ち着いているのは、ちびくりすのおかげだった。

 ……せいだった、と言ってもいいかもしれない。


 まあ、クリスへの信頼だ。

 クリスが俺を嵌めることはない。

 意地悪レベルの何かはあっても、嵌めることはない。


 今の状況は、「普通」だったら生死に関わるレベルの事だが、だからこそだ。


 だからこそ、大丈夫だと思った。


 案の定、ちびくりすは落ち着き払ったまま。


『そのまま見ているのです』


 と言った。


「このまま見てろだって」

「は、はい」


 俺の伝言を聞いて、ジャンヌも徐々にだが落ち着いてきた。

 その間水位は更に上がって、膝くらいまできた。


 そして――低い台座に置かれた壺に飲み込まれていった。


 すぐに異変に気づいた。


 壺に飲み込まれていく水。

 それは明らかに壺の容量を超えてなお、飲み込み続けている。


「あっ……」


 ジャンヌもそれに気づいたようで、完全にホッとした。

 俺はちびくりすに聞いた。


「説明してくれるか?」

『はいです。これは心友ちゃんの器の大きさに比例してるです』

「器の大きさ?」

『はいです。前に言ったことがあるです』

「前に?」


 俺は眉をひそめて首を傾げた。

 ちびくりす――いやクリスとした会話の中から、「器の大きさ」に関係するやり取りを記憶の中から探す。


 すると。


「……ああ、初めて契約した時か」

『はいです。心友ちゃんの器の大きさのことです』

「ふむ」


 頷く俺、確かにそんなことを言ってたな。

 あれからそういう話が出なかったから、すっかり忘れてた。


『この洞窟の封印なのです。入りたい人の器が足りないと、仕掛けを受け止められなくて溺れるです』

「そうか」

『心友ちゃんの器の大きさが鍵でした、です』


 遠回しに持ち上げられた俺は、ちょっとだけ気恥ずかしくなったのだった。


 そして――水が止まって。

 ゴゴゴゴゴ、と。


 壺の向こうにある壁が左右に開いた。

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