70.新しい商売
あくる日の昼下がり、俺はパーソロンの中を歩き回っていた。
何か目的がある訳でもなく、よく晴れてポカポカ陽気だったから、何となくの散歩って感じで歩いた。
そんな俺の横に、クリスがのっしのっしとついてきた。
『大分実ってきたな』
「ああ」
クリスの言葉に、頷く俺。
元々荘園だったここの農地に、大量のガリアンを植えた。
竜涙香の原材料であるガリアンだ。
そのガリアンが順調に成長して、もう少ししたら収穫できる所まで来ている。
「ユーイには何かお礼をしないとな」
『贈り物でもするのか?』
「そうだなあ……現金が400万リール近くある。余程の物でもなければ大抵は買えるはずだ」
『手作りの料理でも振る舞ったらどうだ?』
クリスはからかい混じりに言ってきた。
俺は微苦笑した。
「ユーイがそうして欲しいっていうのならいくらでもするけど」
『くはははは。まあ、そういう娘ではないな』
「だよな。まあ、後で本人に聞いてみるさ」
『それはよいが、心友は自分には使わぬのか』
「自分に?」
『うむ』
「うーん、別に欲しい物は無いからなあ」
『そうなのか?』
「ああ……。あー、いくらか手持ちに余裕を持たせておいた方がいいかもな。何かがあって、ドラゴンを助けなきゃってなったときに、その場で現金があれば――って場面も今後あるだろうし」
俺はその事を思いついて、微苦笑混じりに言った。
俺は「ドラゴン・ファースト」だが、周りはそうじゃない。
ドラゴンの事を道具としか思ってない人間がほとんどで、だからいざって時は金で解決しろと迫ってくる。
俺はドラゴンを金で売るつもりは全くない。
……死んでもしない。
だけどドラゴンを金で買う事はする。
金で解決できるのならそれが一番スマートだと思うからだ。
「そういう意味じゃ欲しい物はあるって言えるのかもな」
『くふはははは、心友はやはり心友だな』
「あまりからかうな」
『当面の間買いたい物が無いのなら、商いの手を広げるのはどうだ?』
「商売を?」
『うむ。今は竜涙香と、あとツンデレ娘の採鉱くらいだろう?』
「ああ」
『竜涙香はおおっぴらにできない商売、ならば何か真っ当な物に手を出すべきではないのか?』
「……ふむ」
俺は顎を摘まんで考えた。
確かに、それは「あり」だな。
更に考えた。
立ち止まって考えた。
もしも、今から商売を始めるとしたら何をするべきか、と。
「……竜具、かな」
『竜具?』
「ああ。竜人形態の『進化』のきっかけを教えてくれた竜具。あれの商売なんかどうかなってね」
『なるほど』
「ただ、それは難しそうなんだよな」
『なぜだ?』
「あの後調べてみたんだが、竜具を作るためのドラゴンベクターは何種類かあって、動物型とか植物型とかあるんだけど、全部独占されてるらしいんだ。三つのギルドに」
『ほう、おもしろいな』
「大変、っていうんだよこういう場合」
俺は苦笑いした。
クリスは言葉通り楽しげに笑っていたが、俺には普通に大変だと思えてしまう。
『いいや、面白い』
「ん?」
俺はクリスの方を向いた。
顔をあげて、彼女を真っ向から見上げる。
「面白い」を強調してくるクリス。
何かあるのか? と思った。
「どういう事だ? 面白いって」
『うむ』
クリスは顔を上げて周りを見た。
すると、パーソロンの中を駆け回っているレアを見つけるなり。
『ちびよ、こっちに来い』
とレアを呼んだ。
呼ばれたレアはカクッ、と曲がって、こっちに走ってきた。
俺達の前にピタッと止まった。
『なに?』
無邪気で、天真爛漫な顔をして俺達を見上げた。
クリスは爪の一本を出して、ちょんちょん、とレアの頭を突っついた。
『……』
「……?」
『……』
クリスは何も言わずに、俺をじっと見ている。
レアがどうかしたのか?
――っ!!
「ま、まさか!」
俺はハッとした。
脳裏に白い稲妻が突き抜けていった。
恐る恐る、クリスに聞いた。
「ドラゴンベクターにも、原種のようなものがあるのか……?」
『うむ』
クリスははっきりと頷いた。
「……」
俺は驚愕した。
驚きすぎて、数秒間思考停止した。
しかし。
「……いや、そりゃそうか。動物型と植物型があるって聞いた。レアのたまごの殻も動物型が『喰ってた』」
頭の中で、いくつかのパーツが組み上がっていく。
「だったら、ドラゴンと同じように野生の――原種もあるはずなんだよな」
『そういうことだ』
「そして――」
クリスを見る。
確信のこもった目で見つめた。
「お前はそれを知っている」
『くはははははは。さすがだ心友』
クリスは天を仰いで、たまらなく楽しげに笑ったのだった。




