69.進化
『どうだ、やってみるか?』
「ああ」
俺はほとんど考えずに即答した。
即答したのは、クリスを信頼しているからだ。
クリスは確信なくそんなことは言わない、そして俺をはめる事も無い。
彼女がそれを言い出したからには、確実に何かがあるという事だ。
だったら、やらない理由がない。
俺は頷いたあと、声を張り上げて、呼んだ。
「レアー! ちょっと来てーー」
大声で呼んだ直後、タタタタタタ――と、レアが猛然と走ってきた。
パーソロンの中を駆け回っていたのが、まったく同じ速度で引き返してきた。
そして――ドン!
最後はジャンプして、俺に飛びついた。
俺はレアを受け止めた。
『おとうさんよんだ?』
「ああ、ちょっと頼みたいことがある」
そう言いながら、レアをゆっくり地面に下ろす。
「ちょっと契約をしてくれないか」
『どうすればいーの?』
「クリス」
『うむ』
クリスは頷き、大分なじみになった魔法陣を俺とレアの横に作った。
俺は先に、指の腹を裂いて、血を一滴魔法陣の中に垂らした。
先にやって見せた後、レアに振り向いた。
「同じようにしてくれる?」
『わかったー』
俺が先にやって見せたから、レアは同じようにやった。
まだ成長していない、幼竜の短い前足をバタバタさせて、自分で肌に傷をつけて、同じように血を魔法陣に垂らした。
契約の魔法。
俺とレアの血が混ざり合って、光になる。
その光が俺の体に吸い込まれる。
さて、これで――。
ドックン――。
心臓が一際大きく跳ねた。
同時に――「世界」が一変した。
周りの景色が、全ての色が「反転」した。
白が黒に、黒は白に。
全ての色がその対極にある物にかわった。
同時に、全てが停止した。
クリスもレアもコレットも。
そして、ありとあらゆるものが。
風さえも静止した、まるで世界そのものが止まったかのようだ。
「どういうことだ……?」
俺が首をかしげていると、状況が更に変化した。
色が反転した魔法陣の光の中から、人間の姿をした何者かが現われた。
それは――俺とまったく同じ姿をした者だった。
目の前に現われたそいつは、まるで鏡を覗き込む錯覚に陥るかのような、それくらい俺にそっくりな「なにか」だった。
反転した世界の中で、反転していない俺に似た何か。
何者だ――と首をかしげていると。
「――っ、変身!!」
俺はとっさに叫び、竜人に変身した。
それでも避けられなかった。
相手が先に変身したのだ。
俺と同じ竜人の姿に変身して肉薄してきた。
変身はぎりぎり間に合ったが、右頬を撃ち抜くような拳をしたたかに喰らってしまった。
吹っ飛び、空中にきりもみに回転する俺。
「ふん!」
それでも、変身は間に合っている。
空を蹴って、回転する力を打ち消す。
回転が止まって、キッ! と相手をにらむ。
空中に飛び散る俺の口から吐き出された鮮血。
その向こうに、竜人の姿の俺もどきがいた。
俺はそのまま空を蹴って、突進する。
俺もどきに肉薄して、反撃する。
至近距離で拳を放った。
両腕を握って、無呼吸で一気にラッシュを放つ。
それを、俺もどきが同じことをした。
立ったまま俺を迎え撃って、まったく同じように拳のラッシュを放ってくる。
「――っ! うおおおおお!」
怒号とともに、更にラッシュを放つ。
拳の密度を上げる。
全力でパンチを放ったが――相手はまったく同じ速度でパンチを放って、一瞬にして数百発のパンチを打ち合った。
全くの互角。
速度もパワーも、俺とまったく一緒だ。
見た目だけじゃなくて能力までまったく一緒。
どういうことなんだ?
ふと、俺はあることに気づいた。
ラッシュで打ち合う中、やたらと「長い」事に気づいた。
この反転した世界の中じゃ竜人が長く維持できるのか?
そう思ったが、ちがったようだ。
ちらりと、視界の隅っこに血が見えた。
俺が殴られて、吹き飛ばされたときに吐き出した血だ。
それが、空中でゆっくりと拡散している。
変身が長くなってる訳じゃない。
同じ速度を持ったやつを相手に、短い時間のなかでもやれることが多くて、それで体感時間が長くなっているだけだ。
竜人変身は数秒でエネルギー切れになるのが、体感では既に三十秒近くラッシュの打ち合いをしていた。
打ち合いだけではらちがあかない。
と、俺はラッシュの打ち合いの勢いを利用して、地面に着地した。
するやいなや、地面を蹴って、俺もどきの死角に潜り込むように迫った。
が、ダメだった。
俺が全力で迫っても、相手は俺とまったく同じ速度、同じパワーを持っている。
死角から攻めようとする俺に対応し、真っ正面から向き合って反撃してきた。
奇襲は防がれたが、とはいえこのままでは埒があかない。
俺は更に速度を限界まで上げて、飛び回って、攻撃をしかけた。
それを向こうも同じことをしてきた。
戦いがそれなりに長引いて(たぶん実時間は二秒もたってない)、分かったことがある。
スピードとパワーだけじゃない、やってることも同じだ。
俺が今まで竜人変身で実際にやったこと、した動きをしてきた。
本当に鏡を覗き込んでいるんじゃないか、って思うくらい全く一緒だった。
全くの互角、このままでは何秒何分何時間やっても勝負がつかないだろう。
――が、俺はあることに気づいた。
向こうが先に変身した。
だったら、竜人変身の最大の弱点。
エネルギー切れも、向こうが先に来るはずだ。
先に変身をされて、不意を突かれたのと同じように、向こうが先に切れたらその時はこっちの番だ。
そしてそれがいつ来るのか――俺には分かる。
俺が切れるちょっと前だ。
よし、それなら勝てる。
それが良くなかった。
はっきりと「勝てる」と思った瞬間、一瞬の気の緩みがあった。
その気の緩みが決定的な隙になって、俺もどきが一瞬で懐に飛び込んできた。
そいつは攻撃態勢に入った。
瞬間、「世界」は更に遅くなった。
竜人の姿をした俺もどきの動きが、まるでおちょくってるのかと思うくらい、遅くなっていた。
こんなに遅いんならやっちゃうぜ――と思ったが。
「ーーっ!」
俺は動けなかった。
動こうとして、動けなかった。
いや、違う。
動けないんじゃない。
正しくは相手と同じ「遅さ」でしか動けなかった。
更に次の瞬間、目の前に様々な光景が浮かび上がった。
それは、今までの人生のダイジェストの様なものだった。
走馬灯。
その言葉が頭に浮かび上がって、俺は、俺もどきに決定的な隙を見せてしまって、このままやられるんだと理解した。
もはや間に合わなかった。
俺と同じ能力、同じスピードに同じパワーを持った相手。
ここまで決定的な隙を見せてしまうと、もはやどうにもならない。
俺は、諦めた。
……。
…………。
………………。
その時だった。
更に時間が遅くなって、完全にとまったかのようだ。
そして、そこにまるで天啓のように「降りて」くる声。
――限界の向こうへ
「ーーっ!」
その言葉の意味を理解するよりも早く、俺はそれに反応した。
体が反応して、動き出した。
静止した世界が、再びゆっくりと動き出す。
俺はぐっと地面を踏み込んで、蹴って、真横に飛び出した。
「世界」がほとんど止まっている。
その止まりかけている世界の中で、エネルギーを全部放出した。
おそらくは後1秒は動ける位のエネルギーを、その100分の1秒の間に出し切った。
スピードがある程度を超えると、目で追いきれず残像となって、それが結果として分身しているように見える。
俺は、百人に分身した。
百人に分身して、俺もどきを取り囲んだ。
そして――一斉攻撃。
「百竜……爆衝!」
百人分のパンチを、一瞬のうちに俺もどきに叩き込んだ。
次の瞬間、まるでガラスが割れたかのような感じで、「世界」が弾けた。
弾けて、光の粒子になってパラパラ降り注ぐ中、百発の竜人のパンチを受けた俺もどきが、ぐにゃりと歪んで、弾けて、パラパラになって砕け散った。
そして、「感覚」が完全に戻る。
『くははははは、殻を一つ破ったようだな、心友』
「……ああ」
俺は頷き、クリスを見つめて、微笑み返した。
そして、自分の体の調子を確認する。
「コレット、竜玉まだあるか」
『え? う、うん』
何が起こったのか分からない、って感じで戸惑っていたコレットが、俺の要請に応じて竜玉を出してきた。
俺はそれを飲み込んで、消耗したエネルギーを補充して、再び変身する。
そして、竜人の状態をチェックする。
軽く動いて、スピードとか体の状態をチェックする。
「……なるほど」
『どうなったの?』
「二つある」
俺は二本指を立てて、ピースサインの様にした。
「一つは、新しい『技』ができた。更にエネルギー消費が激しくなるが、その分強い」
『そうなんだ……もう一つは?』
「技を使わない状態なら、エネルギー消費はバラウール原種の爪を取り込む前の低さにもどったが、爪のスピードは残ったままだ」
『えっと……つまり?』
『くはははは、爪分の消費がなくなったわけだな』
「そうだ」
俺ははっきりと頷いた。
『そ、そうなんだ』
『うむ、よいぞ心友よ。上手く成長、いや進化したな』
クリスがそう言い、またまた大笑いした。
俺も――ちょっとにやけた。
レアの親が遺した爪を取り込んで、ユニーク竜具をつけたレアとの契約。
その結果、能力が上昇する恩恵だけを受けて、デメリットが完全に消えた。
進化。
竜人の姿の、次のステージに足を踏み入れたと、強く実感したのだった。
進化したところで第四章終了です、ここまでいかがでしたか。
一生のお願いです。
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