68.親の遺産、子供の財産
『シリル!』
着地して、敵の死体を見下ろしている俺に向かって、コレットが叫びながら崖を駆け下りてきた。
能力が「移動」に特化していない為もあってか、前にここで駆け下りたルイーズに比べてややスムーズさに欠けるが、それでもドラゴン、持ち前の高い身体能力で難なく降りてきた。
降りてきたコレットは、俺の前に立って。
『大丈夫だった!?』
「ああ、大丈夫だ。ほら」
俺はそう言い、あごをしゃくった。
コレットは倒れている敵と、俺の姿を交互に見比べた。
はっきりと俺が「勝った」構図を見て、ようやくほっとして、落ち着いたようだ。
『よかった……』
「心配してくれたのか、ありがとう」
『べ、別に! 怪我してるのを運んだらお腹の中が血で汚れるし!』
コレットはそう言って顔を背けてしまった。
お腹の中が汚れるか、ちょっと前にもそんなこと言ってたし、よほど大変なんだろうな。
「まあ、それなら大丈夫だ。怪我してても竜玉さえ残ってれば。竜人に変身できればその瞬間回復するから」
『そ、そうだよね。竜玉、いる?』
「まだ大丈夫だ」
一瞬の反撃、エネルギーを使いきってはいないから、補充は大丈夫だ。
何が起きるのか分からないから、パーソロンに戻るまでは節約できるときは節約しよう。
『あっ』
「どうした?」
『あれ』
何かに気づいたコレットの視線を追いかけた。
すると、頭ごと吹っ飛ばした敵の死体がシュウゥゥ……と音を立てて消えていく。
瞬く間に完全に溶けるように消えて、そこに小さな靴が残った。
靴は全部で四つあった。
『なにあれ』
「たぶん……今のがドラゴンベクターなのかもしれないな」
『ドラゴンベクター?』
「ほら、コレットのユニーク竜具を買ったときに聞いた話」
『…………あれか』
少し間が空いたが、コレットは同意してくれた。
竜具屋の老店主が言っていた、ドラゴンベクター。
「さっき見かけたとき、レアのたまごの殻をむしゃむしゃ食べてた」
『そっか……だったらこの靴はあの子用ってことかな』
「……そういうことだな」
『持ってかえってみよう』
「ああ」
俺達は頷きあって、ドラゴンベクター(仮)から出現した靴を回収して、山を下りてパーソロンへの帰途についた。
☆
「ただいまー!」
拠点パーソロン。
もと荘園であるそこの、いわば村の入り口を通ったあたりで、俺は声を張り上げた。
すると――。
『おとうさんだ――』
ドドドドド――って感じで、レアが「村」の奥から走ってきた。
姿さえ霞んで見えそうな距離から、一瞬で距離を詰めてきたバラウール原種のレア。
そのレアが、ダッシュしてきた勢いで俺にタックルしてきた。
「おっとと」
そのレアを抱き留める。
速度は凄まじいが、小柄だから人間の姿のままでも何とか抱き留められた。
『おかえり、おとうさん』
「ただいま。レアにプレゼントがあるんだ」
『プレゼント?』
「ああ」
俺は頷き、レアを地面に下ろす。
そしてコレットの方を向き、手を差し出す。
すると、コレットが腹の中から例の靴を吐き出した。
俺の手の平に乗った、一足――いや二足? の靴。
何となく頭の中でこんがらがった。
靴の単位の「足」って、1つなのか2つなのか。
手袋とか靴下は双子の「双」を使うことがあって、一双とか二双とか――「双」という言葉でかける2っていうのがわかる。
足っていうのがわかりづらいなあ……と、どうでもいい事を一瞬思ってしまった。
そんな二足だか四足だかの靴を、しゃがんでレアの前に置いた。
「うーん、すごいな。レアの大きさにぴったりだ」
『これは?』
「レアの靴……のはずだ」
『くつ?』
「履いてみて」
『どうやって?』
レアがちょこん、と可愛らしく小首を傾げた。
幼いドラゴン、靴の履き方なんて知らないようだ。
まあ、ほとんどのドラゴンは靴なんて履かないしな。
「履かせてあげる。前足を上げて」
『こう?』
レアは両方の前足をいっぺんにあげて、まるで人間のような二本足で立ち上がった。
その姿が妙に可愛らしかった。
「あはは、それでも大丈夫だ」
俺は笑いながら、レアの上げた足に靴を履かせた。
まるでそれだけの為に作られたかのように、靴はぴったりとレアの足に収まった。
『わあぁ……』
「今度は後ろ足な」
『うん!』
レアは頷き、今度はぺたんと座って、後ろ足の二本を突き出した。
四本足故に、尻で座って後ろ足を突き出すと、妙に短く見えて、さっきとはまた違う可愛らしさがあった。
クスリと笑いながら、後ろ足にも靴を履かせてやる。
「うん、おっけーだ」
『もういいの?』
「ああ。…………たぶん、走ってみな」
『うん!』
レアは大きく頷いて、素直に俺に言われた通りに走り出した。
『ビューーーーーーン』
楽しそうに声を上げて、走って行くレア。
元荘園の中を縦横無尽に駆けずり回る。
『……なにも変わってないね』
「変わってないな」
コレットが言い、俺が頷いた。
最初は、レアが速くなるって思った。
バラウール原種はとにかく速い。
だからもっと速くなるのか? って予想してたわけだ。
だけど、それを履いて上機嫌に駆け回ってるレアは、前と変わらない速度だった。
『子供だから加減とかしてないよね、あれ』
「ああ、たぶん何も考えてなくて思いっきり走ってるはずだ」
『じゃあ意味なかったの?』
「そうだな……」
俺とコレットが首をかしげ合っているところに、レアがパーソロンの中を一周して、戻ってきた。
『おとうさん!』
「おう、どうだった?」
『ありがとうおとうさん! これ、ぜんぜんつかれない』
「疲れない?」
『うん!』
「走っても疲れないって事?」
『そうだよ!』
レアは頷き、もう一度走り出した。
まったく同じ速さで、まったく同じコースでまたパーソロンの中を走った。
『そういえば遅くならない』
「いや、遅くならないのは前からだ――子供だから」
『うん、でも前より全然疲れてなさそう』
「……そうだな」
俺は頷き、コレットの言うことに同意した。
なるほど、速さじゃなくてスタミナの方か。
『あたしのと同じだ』
「うん?」
『入る量じゃなくて、入れても太って――じゃなくて、大きくなって見えない感じの』
「ああ」
俺は頷いた。
コレットの言い直した言葉で何か気づきそうだったが、気づかない方がいいかなと思ってスルーした。
そうか、直接じゃなくて、間接的に強化したのか、あの靴は。
「まあ、なんにせよ。それでより元気に駆け回れるのならいいことだ」
『それに付き合う心友の体力が心配ではあるがな』
「うわっ! クリス、いつからそこに」
俺はびっくりして、背後に振り向き、見上げた。
いつの間にか現われたクリスは、ニヤニヤして俺を見下ろしていた。
『心友の声が聞こえたのでな。それよりもなかなかやるではないか心友、一度の遠征で二つも面白い道具を持ち帰るとは』
クリスは楽しげに言った。
二つっていうのは、コレットのヤツも入れての事だ。
「コレットのは金で買ったものだけどな」
『くははははは、ではなおさらだ。人間界で本当のお宝は金があっても買えぬ事が多い。人間は嫉妬深く、無意味に隠すからな』
「まあ……そういう事がないともいえないけど」
俺は微苦笑した。
確かに金があっても買えない物があるってのはその通りだろうなと同意した。
『それにしても』
「うん?」
『あの靴はちびと同じ匂いがするな。さしずめ素材はたまごの殻あたりか?』
「お前はエスパーか」
『くははははは、神の子である』
クリスは得意げに大笑いした。
大いばりだが、さすがにさすがだというほかない洞察力だった。
『しかし、これは面白い』
「なにが?」
『自分のたまごの殻で作った強力な竜具を纏った状態であろう? 一方で、心友はその親の爪を竜人の姿に取り込んでいる』
「……?」
『この状態で契約をすればどうなるかな』
「――っ!!」
びっくりして、目を見開く俺。
クリスの顔は、何か確信めいた、そんな表情だった。




