64.たまごの声
次の日の朝、俺は昨夜と同じように、シャルルと同じ馬車に同乗した。
コレットも同じように台車に乗せられて、大勢の護衛の元で、シャルルと一緒に目的地に向かう。
俺は馬車の外をちらっと見て、シャルルに聞いた。
「いつもこれくらい大げさにやるのか?」
「アローズさんはドラゴンの卵が孵る所を見たことはありますか?」
「いや、ない」
質問を質問で返してきたシャルルだが、昨日の事でよく分かっている。
この男が、意味もなくそんなことをするような男じゃない。
だから俺は反問に答えつつ、シャルルの言葉の先を待った。
「ドラゴンの卵というのは、いつ孵るのか分からないのです」
「生き物の卵なんてそんなもんじゃないのか?」
「同じ種でも、短い時は数分、長いときは一年以上かかった事例もあるのです」
「むっ……」
眉がビクッと動いたのが自分でも分かった。
俺は、鳥とかあのあたりの卵の感覚で喋ってた。
同じ鳥の卵でも、基本十数日で、そこから数日くらいのズレはあるもんだ。
だからその感覚で「そんなもん」だって言ったのだが、シャルルが言ってきたのは俺の感覚を遙かに上回る「いつ孵るのか分からない」というものだった。
「あっ……」
「どうかしましたか?」
「いや、うちにいるドラゴンがそういうことなのかなって」
ふと思い出した、レアの事。
レアは、割って出てきた卵の殻のそばに、親と思しきドラゴンの遺骸――あの爪が落ちていた。
死体がほとんど風化して爪しか残らないというのは、レアが孵るまでかなりの時間がかかった、という事なのかもしれないと思った。
言葉が通じるからこそ、よく分かる。
ドラゴンたちにも「情」がある、しかも結構なものだ。
親のドラゴンも――しかも人間の手が入ってない原種だったら、卵を産んで我が子が孵るのを見たいと思うことだろう。
そうならないのは、孵るまでのランダム性が大きすぎるからなのか――と思ってしまった。
「そうですか。ちなみに、卵が孵るまでは、一切の兆候はありません」
「それはしんどいな」
「ええ、ゴールの見えないマラソンのようなものです」
「そうか……」
「その間、ずっと守っていなくてはいけないのです。孵るまで長引いて、その間に天災が起きるかもしれませんし、それまで大丈夫だった人間が敵になったりして卵を狙ってくることも」
「それは……しんどいな」
同じ言葉を、二度目は感情を込めて言った。
「しかもそれ、大金がかかっている。か」
「はい」
「そりゃしんどい、下手したら禿げるな」
「ですので、可能な限り万全を期したく」
シャルルはニコリと微笑んだ。
今の話でも、真剣だが深刻にはなってない、ある程度の余裕は持てている。
やはり大物だ、と思った。
「ですので、是非、アローズさんのお力をお借りしたく」
「話は分かったけど、常駐はさすがに無理だぞ」
「ええ、こちらもそこまでは。できる限りで、お願いできればと」
「そうか……わかった」
昨日からの歓待で多少なりともほだされた俺は、できる限りの協力はしてやろうと思うようになった。
☆
次の日、丸一日馬車に乗りつづけた俺達は、目的地の町にやってきた。
竜都、セントサイモン。
王都ノーザンテーストと並ぶ、世界で一・二を争う有名な街。
有名な街なのだが、俺が想像している街とは違った。
街道から遠目に見るその街は、まるで巨人のための街だった。
街の中の道が広く、建物も大きい。
ドラゴンが人間の生活に深く関わるようになってからは、どの街でもある程度余裕を持って作られてはいるものの、セントサイモンはケタ違いだった。
全てが、ドラゴンの為に作られているような街並みだった。
「でかいな」
「ええ、この世の稼ぎ頭が集まっている街ですので」
「……なるほど」
稼ぎ頭、という言葉に引っかかりを覚えはしたが、納得もした。
シャルルの依頼は、マスタードラゴンの卵の護衛。
俺はそういう表現は嫌いだが、マスタードラゴンが「金になる」のも紛れもない事実だ。
そのマスタードラゴンが多く集まってる街、集められてる街。
「マスタードラゴンというのはほとんどセントサイモンにいるのか?」
「そうですね、7割方はいるとおもいます。とはいえ、こことまったく関係を持たないマスタードラゴンもいます」
「なるほど」
そりゃこうもなるな、と納得した。
そうこうしているうちに馬車は更にすすみ、俺達はセントサイモンに入った。
不思議なところだった。
街の作りは綺麗で、道も建物も立派だ。
しかしあまりにもスケールが大きいせいか、ガラガラなイメージを持ってしまう。
栄えている、というイメージは持てなかった。
馬車と台車の一行は更に進んでいくと、やたらと物々しい区画が見えてきた。
街の中に突如現われた牧場の様な区画で、その周りをぐるっと取り囲むように護衛の人間がずらっと並んでいる。
更に目を凝らすと、その奥にも護衛の姿がちらほら見える。
「あそこなのか?」
「ええ」
馬車が進んだ。
護衛達が当然の如く動いて警戒態勢になったが、シャルルが顔を出すことで警戒は解かれ、素通りになった。
馬車と台車は護衛の向こう側にある、巨大な建物――竜舎のような建物の前に止まった。
シャルルは先に降り、俺に軽く一礼した。
「どうぞ」
「ああ」
俺は馬車から降りた。
『ねえ、あたしも降りていい?』
「ああ」
俺が頷くと、コレットも台車から降りた。
彼女は窮屈そうに体を伸ばした。
『これ、帰りは要らない。歩いた方が楽だから』
「そうか、後で言っとく」
『そうして』
「ではアローズさん、こちらへどうぞ。お連れのドラゴンも」
「ああ」
頷き、シャルルと一緒に竜舎の中に入った。
「むっ」
竜舎の中は更に厳重に護衛されていた。
どう見ても腕ききな男が――ざっと十三人。
思い思いの位置で警戒し、護衛していた。
厳重な護衛は、ぶっちゃけ殺気立っていた。
中に入るのすら躊躇するくらいの殺気で。
『うわー、こんなところにいたくないな……』
と、コレットがこぼすほどだ。
そんな殺気だった連中に守られているのが、中央に設置された台座と、その上にある卵だ。
シャルルが連れて来た俺だから連中はすぐにどうこうとはならなかったが、警戒は続けていた。
俺は意識的に無視して、シャルルに聞いた。
「あれがそうか?」
「はい、マスタードラゴンの卵です」
「そうなのか。少し見せてもらっても?」
「ええ、どうぞ」
シャルルはそう言ってくれた。
俺は歩き出し、マスタードラゴンの卵に向かって行った。
「……」
眉をひそめてしまう。
卵に近づくにつれ、護衛連中のプレッシャーが肌に突き刺さってきたからだ。
シャルルが許可したが、それでも俺が何かするかもしれない、と思っての警戒だ。
俺は腹をきめて無視しつつ、卵に近づいた。
はじめて見るマスタードラゴンの卵は。
「割と普通なんだな」
「卵とはそういうものです」
『ねー、あたし本当ここやだ。外で待ってていい?』
コレットが入り口の所からそう言ってきた。
気持ちはすごくわかる。
「ああ、いいぞ」
『なんかあったら呼んで』
と言って、出て行ったコレット。
その後ろ姿を見送る。
しょうがない、それほどのプレッシャーだ。
俺だって、このプレッシャーの中からできれば逃げ出したいくらいだ。
感覚としては――かなり熱い風呂に肩まで浸かってる感覚だ。
入った瞬間つま先が針に刺されるくらいの熱さで、どうしても我慢できないわけじゃないけどすぐに出てしまいたい。
そんな感じのプレッシャーだ。
さて、このプレッシャーにどう接するか――と思ったその時。
『何いまの、ドラゴンと人間が喋ってる?』
「ん?」
『ねえ、そこの人間。こっちの言うことが分かる?』
「俺に話しかけてるのか?」
『会話が通じた!? ねえ、そいつらを全員外に出して。気持ち悪くて卵から出たくない』
「……出れるのか?」
『とっくに出れるようになってるよ。でもすっごいおっかない雰囲気だから卵から出たくないんだよ』
「……」
俺は眉をひそめた。
まさか……そんなことで?
「どうかしましたかアローズさん?」
「シャルルさん」
「はい」
「この護衛をいったん全員外に出せませんか」
俺がそう言った瞬間、プレッシャーが更に増した。
『ひぃっ!』
卵の中から、小さな悲鳴が聞こえてきた。
「どうしてですか?」
「全員が出れば、おそらく一分もしないうちに生まれます」
「……根拠は?」
「あんたは道中、俺とコレットが話してるのに一回もつっこんでこなかった」
「……」
「それと同じことですよ」
「卵の段階で?」
「俺もそれにはびっくりしてます」
そう言いながら、マスタードラゴンの卵を見る。
まさか卵の段階で話せるとは思いもしなかった。
「そうですか……分かりました。アローズさんを信じましょう」
シャルルはそう言い、他の護衛に言った。
「皆さん、一度外へ」
護衛達は不承不承ながらも、雇い主のシャルルの言うことに従った。
次々と外に出た。
全員が外に出て、しばらくして。
パカッ、と。
卵の殻が割れ、綺麗な音が響いた。
「まさか本当に!?」
「シャルルさんだけ入って見てください」
それなら大丈夫だと思った。
卵が言ってきたのは、あくまで護衛のプレッシャーがきついからで。
シャルルだけなら大丈夫だろうと判断した。
シャルルは頷き、中に駆け込んだ。
すると。
「おおっ、本当に生まれている!」
と、興奮しきった声が聞こえてきた。
そして、シャルルは興奮したまま出てきた。
俺の前に立って、手を取って。
「ありがとうございますアローズさん!本当にありがとうございます!」
と、かなり強めの感謝をしてきた。




