63.超VIP待遇
リザを見送った後、振り向くと。
シャルルが既に俺を見つめてることに気づいた。
これは……ずっと俺を見てたって事か。
「それではご足労を願えれば」
「あー、いや。コレット――連れてきたドラゴンがもう寝てるはずなんだ。明日朝一で――」
「お連れの方のための『足』もご用意させて頂きました」
「足?」
「外をご覧下さい」
シャルルにそう言われて、俺は疑問に思いながらも、言われたとおり窓から外を見た。
すると、気づく。
シャルルが乗ってきた馬車のすぐ後ろに、巨大な台車っぽい物があることに。
荷台がとにかく大きくて、それに合わせて車輪も相当に大きかった。
なのにこの手のものは普通馬か牛に引かせるものだが、それは二十人くらいの人間が前後に構えて、人間で押して、引くみたいな形になっていた。
「あれは?」
「お連れの方はどうぞそちらへ」
「ドラゴンを乗せるためのものか」
「はい」
シャルルは穏やかな微笑みを浮かべたまま、頷いた。
「ドラゴンなのに?」
「アローズさんにとって大事な方だと理解しております。であればこちらも相応の礼を尽くさせていただくことに」
「……そうか」
見た目よりも、更に一回り二回り大物みたいだな。
コレットをないがしろにしない、その理由は俺が――「ドラゴン・ファースト」が連れてきたドラゴンだから。
下手に「自分もドラゴン大好きなんですよーHAHAHA」と言われるよりも納得ができる話だ。
「……わかった、世話になる」
「ありがとうございます――どうぞ」
シャルルは再び頭を下げてから、体をずらして、ドアまでの道を俺に明け渡してくれた。
俺は立ち上がり、廊下に出て階段を降りる。
騒ぎを聞きつけて、各部屋から客が顔を覗かせて、一階に降りてくると酒場中の注目を集めた。
俺はカウンターの向こうにいる店主に向かって。
「すまない店主、早めのチェックアウトだ」
「あ、ああ。気にしないでくれ」
あの粋な店主もシャルルの作った雰囲気に飲み込まれた。
一方、酒場と繋がっている竜舎の方も騒がしくなっていて、コレットが顔を出していた。
『どうしたの?』
「場所を移すけど、いいか?」
『あんたも行くの?』
「ああ」
『じゃあいい』
コレットは頷き、俺と一緒に表に出た。
「コレットはそれに乗ってくれだって」
『あたしも? なんか気持ち悪い。なんか変な企みをしてるんじゃないの?』
「大丈夫だ、たぶん」
『たぶんってあんた――』
「何かあったとしても俺が守るから、大丈夫だ」
『――そ、そう』
コレットは虚をつかれたかのような顔をして、顔をそむけた。
そのままシャルルが用意した神輿のような台車にのる。
その間、俺は台車を眺めた。
装飾がない。
いかにも急にこしらえたようなものだ。
このためだけに作った――というのは間違いないだろう。
「アローズさんはこちらへ」
俺の後を追って、宿から出てきたシャルルは、自分が乗ってきた馬車に俺を誘った。
「ああ」
俺は頷き、馬車に乗り込んだ。
「マジで乗り込んだぞ、あのシャルル・セベールの馬車に」
「あのシャルル・セベールが自分より先に乗せるなんて」
「一体何者なんだ? あのシャルル・セベールがそこまで礼を尽くす男は」
馬車に乗り込んで、出発するまでの間、周りはざわざわしていた。
よほどの大物なんだなあ、シャルルは――っていうのが周りの反応で分かった。
馬車が先導して、台車が後を着いてくる。
どこまで行くのか――と思ったら五分と経たないうちに着いた。
「こちらとなります」
「同じ宿場町の中だったのか」
「はい」
俺は馬車から降りて、目の前にある建物を見た。
周りがほとんど普通の宿屋か酒場が林立する中、そこだけ異彩を放っている。
まるで貴族の屋敷みたいな感じの所だ。
「こんな建物があったのか。宿場町なのに」
「貸し切りにしましたので、お休みを邪魔されるようなことはないかと」
「そうか――ドラゴンは?」
「別館の中を、ドラゴン向きにご用意させて頂きました」
「……改装したってことか?」
「はい」
「……」
俺は絶句した。
もしかして……かなり金をかけてるのか?
『ねえ』
「え?」
『どうする、あたしはそっちいけばいいの?』
コレットがそう聞いてきて、俺に判断を求めた。
少し考え――いや考える必要もなかった。
「ああ、コレットはそっちでゆっくり休んでくれ」
『わかった』
「頼む」
俺はシャルルにそう言った。
シャルルは頷き、近くに控えていた使用人らしき男にそれとなく合図を送った。
使用人の男は台車を押し引きする者達に指示を出して、コレットを連れて行った。
それを見送った後、シャルルと一緒に屋敷の中に入る。
「うおっ」
入った瞬間、びっくりした。
玄関の先にロビーがあって、そのロビーに道を作るように、両横にメイドが並んでいる。
ここだけでメイドが五十人くらいいた。
「どうぞ」
穏やかに微笑みながら、促してくるシャルル。
俺はためらいつつ進んだ。
すると、両横に並んでいるメイド達。
俺が前を通ると、真横のメイドが頭を下げた。
恐る恐る更に先に進むと、一歩先のメイドも同じように頭を下げた。
まるでドミノみたいだった。
俺が進むと、真横のメイド達が次々と頭を下げた。
「どうぞ、こちらへ」
シャルルが少し前を先導した。
びっくりすることに、シャルルが先に進んでもメイドは反応しなくて、あくまで俺に合わせてドミノ式に頭を下げた。
すごいな……。
シャルルが直接迎えに来て、馬車に乗って、ここに来た。
そして、このメイドドミノ。
俺はいま、人生で一番、偉くなったような気分になった。
そこまでされると、依頼を頑張らないとな、という気分に自然となってくる。
「……なるほど」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
そう言いつつも、俺は密かに感心した。
シャルルのやり方に感心した。
言ってみれば、これはボーナスの先払いだもんなあ。
先に払って、気持ちよくさせて、やる気にさせる。
うまいもんだ。
なるほどこういうやり方もあるんだなあ。
俺は、それを覚えておこう。
学んでおこうと、思ったのだった。




