62.でっかい男
夜、宿で借りた自分の部屋のベッドの上でゴロゴロしていた。
うっすらと下の酒場の音が聞こえてくる。
正直暇だし、酒場で暇潰しをしたいんだが、また面倒臭いのに絡まれるのは嫌だ。
どうにでもできるけど、蓄えてきたエネルギーを使うようなのはもったいない。
さっきの連中にお灸を据えた時も、一秒足らずだったのにあれだけで四分の一から三分の一くらいのエネルギーを使ってしまった。
暇すぎるし。
「もう寝るか」
と、思ったその時。
コンコン、とドアがノックされた。
ベッドの上で体を起こした。
ちょっと警戒した。
まさかさっきの連中が? というのが一瞬頭に浮かんだ。
「誰だ?」
「ちょっといいかい?」
「女?」
俺は首をかしげた。
なんで女? と思いつつも、とりあえず立ち上がって、ドアを開けた。
ドアの向こうに一人の女がいた。
歳は二十の半ばから三十ってところか。
露出の高い服装をしているが、性的な意味ではなく、動きやすさを重視した格好だ。
何より――ドラゴン臭がする。
竜騎士にはほとんどといっていいほど染みついているドラゴンの匂い。
それらが合わさって、ドラゴンと常に行動を共にしてる竜騎士の女――って所だろう。
「何か用か?」
「一緒に飲まないかい?」
女はそう言って、両手を掲げて見せた。
右手に酒瓶、左手にグラス二つ持っている。
「なんだい、反応が悪いね。夜這いされるの初めてじゃあるまいし」
「そう言われると断りづらいな」
俺は微苦笑して、体をずらして道を空けた。
女はニコリと微笑んで、部屋に入った。
ちらっと部屋の外、廊下を見回した。
特に待ち伏せてたりとか、そういうのは無いみたいだ。
若干の戸惑いを残しつつ、ドアを閉めた。
女はベッドの上に腰掛けて、持ってきた酒瓶の栓を抜いた。
たちまち、酒の香りが部屋中に広がる。
俺は彼女の前に立って、見下ろした。
「あんた、名前は?」
「なんだい、野暮だねえ。名前も知らないような女はそそらないってのかい?」
「端的にいえばそうだ」
「難儀だねえ。まあ、リザとでも呼んどくれ」
「リザか」
本名だろうか、偽名だろうか。
……考えてもしょうがないっぽいな。
俺は彼女から人一人分の間隔を空けて、同じようにベッドに座って、肩を並べた。
すると、彼女は酒を注いだグラスを渡してきた。
「ほら」
「ありがと」
「とりあえずの出会いに乾杯」
「乾杯」
グラスを合わせて、酒に口をつけた。
一方、リザはぐいっと自分の分を一気に飲み干した。
天井を仰いでの一気飲みは豪快の一言につきた。
「ぷは――。なんだい、飲まないのかい?」
「疑問を感じてると酒が進まない質でな」
警戒してる――とストレートに言うのはさすがにやめておいた。
「あんた、あのシリル・アローズなんだろ? ドラゴン・ファーストの」
「ああ」
「しかもさっき見た感じじゃ相当強い」
「……まあ、そこそこにな」
連中をしばくところを見てたのか。
「どうせなら強く逞しい男に抱かれたいのさ。おかしいかい?」
「まあ……分からなくはないが」
俺は曖昧に頷いた。
そういう話なら……言葉通り分からなくはない。
竜騎士の女には、そういうタイプが多いのは知識として知っている。
いつもドラゴンと一緒にいるせいで、ドラゴンの力強さを間近に肌で感じているせいで、人間の男にも「とにかく力強さ」を求めてしまうようになる女が多い――と、昔知り合いの竜騎士から聞いたことがある。
だから、分からなくはない、だ。
ちなみにその竜騎士曰く、歴史は繰り返しているらしい。
ドラゴンが人間の手でコントロールできるようになるまでは、「騎士」と言えば馬に乗る人間の事を指していた。
竜騎士はその後にできた言葉と概念だから、「竜」の「騎士」だ。
その馬を育てたり乗ったりする女達も、やはり人間の男に馬並みの力強さを求めるらしい。
「馬並み」という慣用句もそれでできたそうだ。
まあ、そういうこともあって。
俺は何となく納得した。
リザから悪意は感じられないし、本当にそれが目当てみたいだ。
だったら断る理由もないと思った。
何杯か飲んだ後、リザはしなだれかかってきた。
そろそろか――と思ったその時。
「ん?」
「どうしたんだい?」
「外がなんか騒がしい」
「外……本当だ、何かあったのかい?」
「見てみる」
俺は立ち上がって、窓に向かった。
他より大分高い、最上階で窓つきの部屋。
その窓を開けて外を見た。
宿の前に馬車が止まっていた。
馬車の周りに少なくとも十人以上の護衛がいて、更に周りの野次馬を止める者達も入れたら二十人はいる。
馬車そのものも立派なこしらえで、前に姫様を助けた時に、姫様が乗っていたものよりもワンランク上の立派なものだった。
通行人も、周りの宿の開いた窓からも。
全員がその馬車に注目して、ざわざわしていた。
その馬車から、一人の男が降りてきた。
貴族っぽい格好をした青年だ。
男は顔を上げた――目と目が合った。
男は小さく俺に頭を下げた。
それで周りがまたざわついた。
「なんだ、あれは」
「あれって……まさか」
いつの間にか横に来ていたリザが深刻そうな顔で呟いた。
「知ってるのか?」
「知ってるというか、知ってるだけというか……」
「???」
知ってるだけ?
どういう意味だ?
不思議がっていると、部屋のドアが再びノックされた。
「夜分遅く済みません、ドラゴン・ファーストのアローズ様のお部屋とお見受け致しますが」
「あ、ああ。どうぞ」
俺が言うと、部屋の外から「失礼します」の声とともに、ドアがゆっくり開かれた。
ドアの向こう、廊下に数人の男が立っていた。
ドアの位置からしておそらくノックしたであろう男は明らかに使用人っぽい格好をしていて、さっきの貴族っぽい青年はその後ろに立っていた。
使用人の男は頭を下げて、道を空けた。
そこに貴族の青年が入ってくる。
「失礼。私はシャルル・セベールと申します。シリル・アローズさん、で間違いないでしょうか?」
「シャルル・セベール!?」
リザが驚き、悲鳴のような声をあげた。
そんなリザの反応にも、シャルルと名乗った青年はにこりと微笑んだだけで、咎めもそれ以外の反応もしなかった。
「知ってるのか?」
「知ってるも何も、セントサイモンの名門の御曹司だよ」
「セントサイモン」
その名前は知っている。
俺の目的地である、竜都セントサイモンだ。
「……ってことは、あんた」
「はい、今回の一件で、アローズさんに依頼をさせていただいた者です」
「そうだったのか」
マスタードラゴンの卵を護衛する依頼主だったんだな。
「で、なんでここに?」
「お迎えにあがりました」
「迎えに?」
「はい。こちらの手違いで、このような所にお泊めして、大変失礼をしました」
「別にそれはいいんだが」
何となく言いたいことは分かる。
分かる、が。
「あんた、だいぶ大物なんだろ? それがなんで直々に出てきたんだ」
「アローズさんほどのご高名な竜騎士に力を貸して頂けるのに、失礼な振る舞いはできません」
「ほどの、っていわれても。一つ星になったばかりなんだが」
「歴史上のどの三つ星竜騎士でも、一つ星の時期がございました」
「……あんた、うまいな」
俺は素直に感心した。
おだてられたのは悪い気はしない。
同時に、肩書きだけじゃなくて結構な大物だと思った。
俺が「一つ星」を出したから「三つ星」を出した。
俺がもし、「駆け出し」って言ったら他の言い方をしてきただろう。
目に見える肩書きだけに捕らわれないって感じの、できる男なイメージを持った。
「夜分遅く失礼かと存じますが、ちゃんとした宿をご用意致しましたので、ご足労頂ければ幸いです」
「分かった――あっ、えっと……」
頷いてから、リザのことを思い出した。
彼女を見ると――複雑な笑みを浮かべていた。
「いいよ、いいよ。あたしの先走りだ。あんたはあたしが思ってたよりもずっとでっかい男だったみたいだ」
リザはそう言って、微苦笑して部屋を出て行った。
シャルルの登場で、妙な形で評価が上がったみたいだ。




