60.レアの価値
「レアが……マスタードラゴン…」
『わかんないけど……それっぽいじゃん?』
「……たしかに」
俺は小さく頷き、熟考する。
レアがマスタードラゴンだという確証はない。
今は全てコレットの連想だけだ。
だけど、可能性はある。
ドラゴンは、人間よりももっと「純粋な生き物」だからだ。
そして生き物の根源というか本能というものが、生存と繁殖にある。
あの爪が、竜人で取り込んで速度が上がったところを見ると、バラウール原種の遺したものである可能性が非常に高い。
遺物――そして、遺児。
純粋な生き物であればあるほど、死ぬ前だからこそ子を遺そうとする。
そしてその子はきっと、更に「先」へ繋げる事ができる子だ。
そういう意味では、レアはバラウール原種を「繋げる」マスタードラゴンである可能性が高い。
「確かに……状況証拠しかないけど、きっとそうなんだろうって思う」
『だよね……そっか、あの子がね……』
「うん?」
コレットの反応が気になった。
自分から俺に気づかせた話なのに、何故かコレットは考え込み、複雑そうな表情をしていた。
「どうしたコレット、まだ何か気になることがあるのか?」
『え? ううんなんでもない! 子供作れるからって何も思ってないから』
「はあ……」
コレットは慌てて否定した。
子供作れるからって所に引っかかってるのはそうなんだろうけど、それで何を気にしてるんだろう。
コレットは否定しながらもちらちらと俺の顔色を伺うように見つめてくる。
一体……どういうことなんだろう。
☆
二日後、マンノウォーからパーソロンに戻ってきた。
足の遅い(代わりに荷物を運んでも速度は落ちない)ムシュフシュ種のコレットと一緒だから、道中はゆっくりとした旅だった。
ゆっくり時間をかけて、栄えている「ほとんど都会」から、元荘園つまり「実質農村」に戻ってきた。
最近、こっちの方が落ち着くように感じるようになった。
『おとうさんだ!』
俺がパーソロンに入ると、幼い声とともにタタタタ――って足音がして、レアが駆けてきた。
あぜ道の向こうから、小さいレアが猛スピードで突進してくるのが見えた。
まだまだ子供でも、そこはバラウール原種。
ものすごい足で、一瞬で駆け寄ってきた。
とっさに抱き留めたが、バランスを崩して仰向けに倒れ込んだ。
『おかえりおとうさん!』
レアは俺の上に乗って、顔をペロペロ舐めてきた。
子供のドラゴンにありがちな、本能が強く出るスキンシップの愛情表現だ。
「ああ、ただいま。元気だったか」
『うん。おとうさんあそぼう? かけっこしよ』
「それはちょっと勘弁してくれ」
俺はレアの頭を撫でながら言った。
このあたり、人間とドラゴンの子供に大差はなかった。
どっちも、「遊ぶ」となると全力で遊んで、直前まで元気に駆け回っていたのに一瞬でプツっと糸が切れたように、気絶するかのように倒れてしまう。
そういう子供的な性質に加えて、足の速いバラウール原種。
さすがに……つきあうのは無理だ。
俺は少し考えた。
「それよりもレアの足の速さを見せてくれ。パーソロン一周をどれくらい早く回れるのか教えてくれないか?」
『――! うん、わかった!』
レアは頷き、パピューン、と風の如く駆け出した。
「速いなあ……ちょっとでも出遅れたらもう追いつけないなあれ」
『なんで? あんたの方が速いじゃん?』
「たしかに竜人に変身すると速いけど、例えば今から追いかけようとするとざっと追いつくまでに10秒かかる」
『あっ……』
コレットはハッとした。
そう、そうなのだ。
竜人に変身すると追いつける。
しかし既に先行しているレアとの距離差を埋めるには十秒かそこらかかってしまう。
そして俺の竜人変身は凄まじくエネルギーを消費してしまう。
十秒もかかってしまうようじゃ「もう追いつけない」ようなもんだ。
「まあ、課題だな」
『あ、あたしなら』
「うん?」
『あたしなら、一人で竜玉五人分いけるから』
「そうか、ありがとう」
俺はコレットを撫でた。
子供のレアよりも、強めに撫でてあげた。
そうこうしている間に、遠くまでいってたレアがターンして、またものすごい速度で引き返してきた。
今度はちゃんと抱き留められるように――って思って身構えていたら。
レアが途中で急ブレーキした。
トップスピードからの急ブレーキ、それはそれですごいけど、それよりもレアは警戒した顔で俺を見ていた。
いや。
俺の後ろを見ていた。
俺は振り向いた。
パーソロンの入り口で、馬車から降りた姫様と、見たことのない馬車の姿があった。
姫様は知らない馬車を待たせて、一人でしずしずとこっちに向かってきた。
「シリル様」
「どうしたんだ? あれは?」
「申し訳ございません。シリル様にどうしてもお会いしたいという商人です」
「商人。ああ、あらたに頼み込んできたって訳か」
「はい、如何しましょう」
「なんの話なのかは聞いてるのか?」
「いえ。大きな商談で、シリル様とどうしても直接に、と」
「そうか」
俺に直接会って話さないといけない大きな商談、か。
「わかった、話を聞こう」
「ありがとうございます」
人前で「ジャンヌ」じゃないからか、姫様は小さく頷いた程度に仕草を留めて、ぐるっと身を翻して、入り口に停まってる馬車に向かって行った。
☆
家のリビングの中。
俺は姫様と、そして姫様が連れて来た老人と向き合っていた。
見るからに仕立てのいい服に身を包んでいる老人は、人の良さそうな笑顔を浮かべていた。
「お目にかかれて光栄です。私、ピエール・グーノンと申します」
「シリル・ラローズだ」
「お噂はかねがね」
「それはいいけど、なんの用なんだ? 姫様――殿下に頼み込んでまで来るからにはよほどの大事だと思うんだけど」
「恐れ入ります。さきほどシリルさんとじゃれておりましたドラゴン」
「レアの事か?」
「……そのドラゴンを、今一度見せて頂けませんでしょうか」
「……なんで?」
「なにとぞ」
「……ふむ」
俺は少し考えた。
ピエールを見つめて、腹の底を探った。
何をしたいのか分からないが、悪意のようなものは感じない。
例えあったとしても、ピエールの肉体は普通の老人そのものだ。
何かレアにしようとしても、同じ部屋の中にいれば、何をされようとも竜人変身で止めることができる。
「わかった」
俺は頷いて、立ち上がった。
窓を開けて、外に向かって大声で呼んだ。
「レアー? いるかレアー?」
大声で呼んで、しばらくして。
レアが駆けてきた。
窓から身を乗り出して、レアと向き合う。
『おとうさん』
「ちょっとこっちに来てくれ」
『うんわかった』
レアは頷き、小さくジャンプした。
俺は更に身を乗り出して、ピョン、とジャンプするレアを抱っこして、部屋の中に入れた。
そして、ピエールとずっと沈黙を守っている姫様のところに戻ってくる。
「この子のことか?」
「少し拝見させて頂いても?」
「ああ、まあ」
俺はレアをテーブルの上に下ろした。
レアが不安そうに俺を見たから、撫でて落ち着かせてやった。
ピエールはそんなレアを見つめた。
懐から虫眼鏡を取り出して、まじまじと観察する。
「おお……これはまさしくマスタードラゴン、しかも原種!」
「むっ」
「ギグーの情報が正しかったか」
「どういうことだ?」
俺は警戒レベルを一瞬で二つほど上げて、ピエールに聞いた。
ピエールは慌てて答えた。
「失礼。取引のあるギグーという男から知らせを得たのです。なんでも店の表で、かのシリルさんが話している内容が聞こえた、と」:
「むっ」
俺は眉をひそめた。
「その内容というのが、シリルさんがマスタードラゴンを所持している、ということでございます」
「な、なるほど」
確かに店先でコレットとそれを話していた。
それが聞かれてた……というのは俺のせいだ。
「単刀直入に申し上げます。その子を譲っていただけませんか」
「なに?」
「ここに百万リールをご用意しました。もちろん教会札ですが、ご希望とあれば現金を用意させます」
「断る」
俺は即答した。
考えるまでもなかった。
「むっ、で、では二百――いえ五百万では如何でしょうか」
「ーーっ!」
値をつり上げるピエールの横で、ずっと沈黙を守っていた姫様が息を飲んだ。
五百万という額は王族である彼女からしても大金に思えたのだろう。
が。
「断る。売る気は毛頭無い」
「わたくしには希望にお答えする用意が、どうぞお値段をおっしゃって――」
「金の話じゃない」
「むっ」
「俺のことを知ってるのか?」
「もちろん、今もっとも勢いのある――」
「俺のギルドの名前は?」
「ギルド名? なぜそれを――はっ」
ピエールは思い出した感じでハッとした。
「『ドラゴン・ファースト』に来て、金でそこのドラゴンを売ってくれ、なんてのは正気か?」
「……申し訳ございません」
ピエールは静かに頭をさげた。
「わたくしめの軽はずみな行動で不快な気分にさせたことをお詫びします」
「分かってくれたのならそれでいいんだ」
「はい。本日の所はこれで引き上げます」
そう言って、ピエールは立ち上がった。
そんな前置きをするってことは、諦めてないって事か。
瞬間、脳内に白い光が突き抜けていった。
ひらめいた言葉を、そのまま口にした。
「一応言っておくけど、この先レア――この子にもしも何かがあれば、俺は真っ先にあんたの所につっこんでいく」
「な、なぜ」
「実力行使で誘拐されたと判断するからだ」
「わ、わたくしめはそんな事を――」
「ああ、わかっている。単なる『しらみつぶし』だ」
「し、しらみつぶし……」
「そう、しらみつぶしに、可能性を当っていく。そしてあんたの所が一番最初だ」
「……」
「そうならないことを祈りたいな」
「……はい」
ピエールは苦虫を噛み潰したような顔をして、俺に一礼して、部屋から出て行った。
姫様も立ち上がった。
「申し訳ございませんシリル様、まさかあの様な話だったなんて」
「いいさ。あれはあれで正当な商売の話だから」
「本当にすみません……でも、シリル様。なぜあのような脅しを? そうしなくてもグーノンは信頼できる商人ですが」
「分かってる。彼はかなりの大物なんだろう?」
「はい……」
「だから、悪いけど壁になってもらう」
「壁?」
「ああ言えば、彼は自分でやらないのはもちろん、レアに対して実力行使をする動きを知ったら先に手を回して潰してくれるだろう。自分に累が及ばないようにな。俺がつっこんでいけば物理的な損害もあるし、商売が上手く行かなかったから無理矢理奪ったという噂もつくし」
「あっ……なるほど!」
姫様は手を合わせて、目を見開いて笑顔になった。
「さすがですシリル様!! 五百万リールにもまったく気持ちが揺らがないし、すごいです!」
俺は微笑み返した。
マスタードラゴンは凄いんだなあ、とちょっとだけ思ったのだった。




