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06.姫様のボーナス

 ひと仕事終えて、ルイーズに乗って役所の庁舎まで戻ってきた。

 正門前で停まって、ルイーズの背中から飛び降りる。

 さくっと報告をして――。


『……』

「ルイーズ?」

『……』


 ルイーズの様子がおかしかった。


 呼びかけたけど、返事はなかった。


「どうしたルイーズ」

『……眠い』

「え? ああ」


 なるほど、と思った。


 よく見たら、ルイーズの目が半分閉じている。

 その顔は子供が寝落ちする直前の顔そのものだ。


 仕事がちょっと長引いたからな、しょうがない。


「我慢してくれ――いや」


 そう言いかけて、やめた。

 寝る、というのはルイーズとの約束だ。

 それは破っちゃいけない、というか寝たいのを我慢させて、文字通りむち打って働かせるのは良くないことだ。


 俺は少し考えて、言った


「ルイーズ、家まで一人で戻れるか?」

『かえれりゅ』


 もうほとんど寝落ちしかかってるな。


「じゃあ先に帰ってていいぞ」

『いーの?』

「ああ、今日はお疲れ様」

『……ん』


 ルイーズはそう返事して、のっし、のっしと家のある方角に向かって歩きだした。

 これが犬猫だったり、あるいは子供だったりしたら一人で帰すのは何か起きるかもしれないが、街中で、しかもドラゴンだ。


 何も起きないだろうと、そう思ってルイーズを一人で帰らせた。


 これもまあ、俺だから出来る事だ。

 他の竜騎士だと、寝かかっているドラゴンを一人で返すことなんて出来ない。


 言葉の力があるから。

 言葉で意思の疎通が出来ているから、先に帰って寝てていいよ、なんていうのができる。


 言葉が通じるからこそだ。


「……連中は言葉が通じてもやらないだろうがな」


 俺はフッと笑った。

 リントヴルムの連中はドラゴンを道具だとしか思ってない、言葉が通じててもこんなことはしないだろうな。


「……ん」


 ふと、頭の中に何かがよぎっていった。

 一瞬のスパーク。


 白い光が脳内を切り裂くほどの勢いで駆け抜けていった。


 なんだ? 今のは。

 何を思い浮かべたんだ?


「あっ……」


 必死に思いついた事をたぐり寄せて、はっきりとした形で脳裏に思い浮かべた。


 その光景を――想像する。

 うん、いける。


 いけるぞ。

 それはまさに次のステージにあるやり方だった。


 だが……それはレンタルのドラゴンじゃダメだ。

 レンタルはあくまで借りもので、借りてる間は「ついて」ないといけない。

 そういうルールだ。


 だから――自分のドラゴンじゃないといけない。


「新しいドラゴンがいるな……」


 俺はつぶやき、さてどうしたもんか、とかんがえたのだった。


     ☆


 竜商人の所にやって来た。

 前回同様、線の細い商人が俺を出迎えた。


「いらっしゃいませ……おや」

「どうも」

「先日はありがとうございました。あの子は元気ですか?」

「ああ……ん」


 頷きかけて、違和感を覚えた。

 あの子は元気ですか、と言った時の店主の顔が、何かの念押ししている様なもので、迫力があった。


 そんなやり取りで出す迫力じゃない、なんだそれは。

 少し考えて、気づいた。


「違う。苦情とか返品とか、そういう話じゃない」


 俺は弁明した。

 ルイーズは「訳あり品」だ。

 実際に買ったときも、そうだから返品は出来ないぞ、って念押しをされた。


 つまり、店主は俺が難癖をつけに来たか、それに近いことをしに来たと思ったから、笑顔の下にそういうのをにじませていたんだ。


「いえいえ、そんな滅相もございません」


 そうは言うが、明らかに空気が変わった。

 やっぱりそう思ってたじゃないか――は、言わないでおいた。


「ルイーズは元気ですよ」

「それは何よりです」

「今日来たのはルイーズの事じゃなくて――もう一頭、ドラゴンが欲しいんだ」

「それはそれは」

「また掘り出し物はないかな」

「そうですなあ」


 店主はあごを摘まんで考えた。


 そう、それなのだ。

 今の俺はそんなに金がない。


 全財産かき集めて、現金で数百リールって所だ。


 普通の大人一人が一ヶ月に稼げるのが大体1000リールって言われてて、サンドイッチ一つが1~2リールくらいの金額だ。


 切羽詰まってるまでじゃないが、ドラゴンを買うほどの蓄えはない――なのが現状だ。


 だから、ダメ元で掘り出し物はないかと聞いてみた。


 店主は少し考えた後。


「そうですねえ、あの子みたいなのは、なかなか」

「そうですか」


 俺は苦笑いした。

 まあ、そうだろうな。


 俺からすればまったくそんなことはないが、店側にとっての「訳あり品」なんてそうそう出るものじゃない。


 ルイーズと出会えた(、、、、)のはラッキーなのだ。


 だからあまり気落ちはしなかった。


「もしもあったら、ここに連絡してくれ」


 俺はそういって、懐からあらかじめ用意してあったメモを取り出そうとした。

 ここに来てもないだろうとは予想していたから、あったときの連絡先を渡す、のが目的だ。


 そう思ってメモを取り出したが。


「あっ」


 一枚の布が落ちた。

 ヒラヒラと舞うようにして床に落ちたのは、姫様からもらったあの手ぬぐいだ。


 床に落ちた手ぬぐいを見て、店主は。


「そ、それは」


 何故か驚いた。


「どうしたんだ?」


 手ぬぐいを拾い上げつつ、聞く。


「その紋章は、もしかして王女殿下の?」

「え? ああ」


 俺は頷いた。


「ちょっと前の依頼で姫様を助けたんだ。その時に頂いた物だよ」

「――っ!」


 店主はなぜかまた驚いた。


 俺は手ぬぐいを見た。


 これは……姫様との繋がりで、いつか姫様に連絡を取るためのものだと思っていたが。

 なにか他に効果のあるものなのか?


「王女殿下がお渡しになった……」

「……?」

「……お客さん」


 数秒間、うつむき加減で思案顔をしていた店主は、パッと顔を上げて俺を見つめた。


「掘り出し物は今の所ございませんが、もしよろしければ」

「ん?」

「分割払い、等は如何でしょうか」

「分割払い?」

「ええ」

「いいのか?」

「もちろん」


 店主は前のめりだった。


 ルイーズの話を出して来たときとは、違う意味の前のめりだ。

 あの時は拒絶。

 しかし今は、明らかにすり寄ってきている。


 どういう事だ?

 ……ああ。


 少し考えて、すぐにわかった。


 俺と同じなんだ。


 俺は、依頼をこなして、「上」への繋がりを持とうとした。

 そういう繋がりが、上のステージの仕事を繋げてくれるからだ。


 そしてそれは、この店主にとってもそうだった。


 俺は姫様と繋がってる、だからその俺と繋がりを持っていたい。

 そのために便宜を図ってくれる、と言うわけだ。


 俺は手ぬぐいをちらっと見た。


 遅れてやってきたけど、姫様を助けたボーナスの報酬だ。

 そう思って――。


「じゃあ分割で頼む」


 ありがたく受け取ることにした。

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