58.ドラゴン・ファースト育成計画
あくる日、庁舎にやってきた俺は、これまでとは違う部屋に通された。
庁舎の三階奥にある、入った瞬間「VIPルーム」って言葉が浮かび上がってくるような豪華な部屋だ。
「しばしお待ちください」
俺をここまで案内した庁舎の職員は、深々と一礼して、音を立てないように気をつけた感じでドアを閉めて、外に出た。
「うーん?」
俺は首をかしげつつ、部屋の真ん中にあるソファーに腰を下ろした。
「うわ、すっごいふかふかだ」
ソファーに座った瞬間分かる、たっぷりと詰め物をつかった高級なソファーだ。
俺はますます困惑した。
いつものようにローズに会いに来て、「仕事は?」って聞きに来ただけなのに。
なのに、こんなVIPルームに通されて、俺は困惑してしまった。
「失礼します」
「むっ」
ドアがガチャッと開いて、若い女が入ってきた。
女は恭しい振る舞いで入ってきて、俺の前にお茶を置いて、恭しいまま出て行った。
お茶を一口飲んでみる。
高そうな味がした。
通された場所だけじゃなくて、待遇もVIPって感じがした。
いったいどういう――って思っていると。
「お待たせ」
ようやく、ローズが姿を現わした。
ローズはさすがに今まで通りで、部屋の中に入ってきて、俺の向かいに座った。
「ごめんね待たせて」
「いやいいけど……これはどういうことだ?」
俺はそういうと、部屋の中をぐるっと見回した。
「なんで俺をここに?」
「一つ星竜騎士に相応しい待遇をしただけ」
「ああ……」
それか。
「というかこんなに違うのか」
「うん、違う」
ローズははっきりと頷いた。
そういうものなのかと俺は納得した。
「それで、今日は?」
「ああ、仕事をもらいに来たんだ。前にたくさん依頼が来てただろ? あの後も更に来てるはずだから、なにか受けられる物はないかって」
「そのことね。それなら今はないわ」
「……へ?」
俺はきょとんとなった。
「今はないって……どういう事?」
「ほとんどの依頼主は取り下げたと言う事よ」
「取り下げた? なんで?」
「一つ星の竜騎士になったから」
「……???」
俺は首を傾げた。
なんで一つ星の竜騎士になると依頼が取り下げられるんだ?
「まともな依頼主なら身の程を知るのよ。ああ、こんなの一つ星の竜騎士にするような依頼じゃない。ってね」
「そうなのか?」
「あなたは王室御用達の商人捕まえて、パン一枚下さい――っていいに行く?」
「……行かないな」
俺は微苦笑した。
ローズの例えは極端過ぎるが、言いたいことは分かる。
確かにそうだ。
相手が有名人だったり偉い人だったりすると、ちっちゃいお願いをするのは気が引けてしまう。
「一つ星ってのはそういうレベルなのか」
「そうよ」
「……」
俺は顎を摘まんで考えた。
「どうしたの?」
「それってつまり、今後は大きい依頼が代わりに来るって事か」
「さすがね。そういうことよ」
「なるほど」
俺は頷き、心の中で小さくガッツポーズした。
追放――独立の最初期から思っていたこと、やろうとしていたこと。
カトリーヌ嬢の依頼を受けたのも、そこでコネクションを作って、大きな依頼に繋がるのを願ってた。
それが半分実現したのが、庁舎への指名依頼の殺到。
そして完全に実現したのが、一つ星になった今の状況。
最初期に立てた目標の達成に俺は密かに嬉しくなった。
だから――。
「そういうわけだから、悪いけど今は斡旋できる依頼が無いの」
「わかった」
――今日は全くの無駄足になったけど、心は弾んでいた。
☆
ローズに別れをつげて、庁舎をでた。
『ゴシュジンサマ』
『今日はどういう仕事ですか?』
表で待たせていたルイーズとエマが俺に駆け寄ってきた。
途中で通行人とぶつかりそうになるが、ドラゴンの高い身体能力でなんなく避けつつ俺の前にやってきた。
「仕事はない。ぶらつきながらどっか寄って帰ろう」
『仕事がないの? どうして?』
「一つ星の竜騎士になったから、細かい仕事は一気に消えたらしい」
結果をまず言ってから、二人に詳しい内容を説明した。
ローズに言われたことを俺なりの言葉にかえて、二人に話した。
すると、最初は不思議がったり困惑してた二人だったが、途中から状況を飲み込んでむしろ興奮しだした。
『そうなるんだ』
『シリルさんがすごいから、ってことですよね』
「まあ、有名だからっていうのならそうだな」
『さすがゴシュジンサマ』
二人はますます、興奮した顔で俺を見つめた。
「そういうわけだから、どっかで美味しいもの食べて帰ろうか」
『うん!』
『はい!』
頷く二人を連れて、さてどこに行こうかと思って歩き出す。
それを考えながら歩いていたが。
『ゴシュジンサマの話を聞いて気づいたけど、すごいね』
『そうですね』
「え? なにが?」
二人のやり取りが耳に入ってきて、思考から戻ってきて、二人に聞く。
『さっきから、街の人がゴシュジンサマを見る目が違うよ』
「俺を見る目が?」
どういう事だ? と思いながら周りを見た。
ルイーズの言うとおりだった。
確かに、街の人の大半がちらちらとこっちを見ている。
好意的な視線ばかりだった。
どうしたんだ? って思っていると。
「あの! シリルさんですか!」
「え? ああ――」
俺は立ち止まった。ルイーズとエマも俺の背後に立つように立ち止まった。
俺に話しかけてきたのは、十歳くらいの男の子二人組だ。
男の子達はきらきらと、目を輝かせて俺を見つめてきている。
「俺達、シリルさんのファンです!」
「握手してください!」
「あ、ああ」
俺は戸惑いつつも、男の子達に握手をした。
「俺達、将来竜騎士を目指してるんです!」
「シリルさんみたいなすごい竜騎士になりたいです!」
「ああ……」
戸惑いから納得へ。
男の子達の話を聞いて、俺は納得した。
今や、竜騎士は子供の「将来なりたい職業」ランキング一位を独走中だ。
それに加えて俺が一つ星の竜騎士になったことで、こうして俺に話しかけてきたって訳か。
このあたりは流石子供ってところだ。
依頼は消えた。
それは相手が大人だからだ。
しかし子供はそういう機微が分からないし気にしない。
純粋に、憧れのすごい竜騎士がいたから話しかけたわけだ。
そんな二人の男の子を微笑ましく感じた。
「あの! どうしたらシリルさんみたいなすごい竜騎士になれるんですか?」
「教えてください!」
「そうだな……」
俺はすこし考えて、しゃがんで、男の子達に目線の高さを合わせた。
そして、真剣な顔で二人と見つめ合って、言った。
「一つだけ覚えておけばいい。ドラゴンを大事にすること」
「ドラゴンを……」
「大事に……」
二人は視線を交わし合って、俺の言葉を繰り返す。
「そうだ、ドラゴンは大事なパートナーだ。その大事なパートナーであるドラゴンを大事にできる人が、すごい竜騎士になれる」
「そうなんだ!」
「わかった! ドラゴン大事にする!」
「ああ、頑張れよ」
俺はそう言って、二人の頭を撫でた。
憧れの竜騎士に頭を撫でてもらえた二人は、嬉しそうに掛け去った。
俺は男の子達の後ろ姿を見て、つぶやく。
「今までで、一番嬉しいかもしれない」
『え?』
『どういう事ですかシリルさん』
背後に立っている二人のドラゴンが聞き返してきた。
「大人の考え方を変えるのは簡単じゃない。でも子供のころから吹き込めばそういう風に育てられる。俺に憧れる子供が増えれば、やがて『ドラゴン・ファースト』というスタンスが広がっていく」
気の長い事かもしれないが、そうなる可能性が見えてきた事で、今までで一番嬉しくなった。
『……やっぱりゴシュジンサマだね』
『うん、偉くなっても全然変わらない。すごいです』
「一番大事なことだからな」
俺はそう言って、二人を連れて、美味しい物を食べられる店を探して歩き出したのだった。




