55.人類最強の男
拠点パーソロン。
戻ってきた俺は、大食いをしていた。
元荘園の無駄に広い屋外スペースを使って、バーベキューをしていた。
積み上げた岩の上に網を乗せて、その下に火をおこすという簡易的なものだ。
その網で、際限なく肉を焼いていく。
厚さ二センチはあるステーキ肉をとにかく並べて、焼いて、食べていく。
「シリル様、全てにラルク・アン・シエルを振りかけていいのですか?」
「もぐもぐ……ああ、それで頼む」
「はい!」
俺のサポートに精を出すジャンヌ。
網の上の肉にゲットしてきた虹味の調味料ラルク・アン・シエルを振りかけていく。
ジャンヌがかけて、エマ、シャネル、レアたちが肉をひっくり返す。
丁度いい焼き加減になったところで俺の所に運んでくる。
俺はひたすら、運んでくる肉を喰らい続けた。
まずはエネルギー、とにかくエネルギー。
次のテストの為に、エネルギーを蓄える為に喰らい続けた。
☆
「ふう……ごちそうさま」
半日くらいして、用意した牛二頭分くらいの肉をぺろりと平らげた。
「すごいですシリル様……あんなにあったお肉を一人で食べきってしまうなんて」
「ラルク・アン・シエルがよかった。あれのおかげで味に飽きないで最後まで食べ続けられた。ありがとうジャンヌ、それを教えてくれて」
「よかった……シリル様のお役にたてました」
ジャンヌは頬を染めて、嬉しそうにはにかんだ。
『ねえ、これでいいの?』
一方、離れたところからコレットが聞いてきた。
視線をそっちに向けると、コレットの横に土でできた「人形」が二つあった。
サイズはほとんど人間の大人と同じくらい。
一応はギリギリで「人の形」をしてて、遠目からだったら人間――いやカカシくらいには見える程度の土人形だ。
それは、俺が注文したものだ。
「ああ、ばっちりだ。どうやって作ったんだ?」
『簡単だよ。土を飲み込んで、胃袋をぎゅっ! って絞る』
コレットはそう言いながら、前足二本を人間の両手のように、何かを握りつぶすような仕草をした。
「粘土みたいな感じか」
『そうかもね。それで固めて吐き出したらこうなった』
「へえ、やるもんだな。こんな特技があるなんてしらなかった」
『ふ、ふん。こんなの朝飯前よ』
コレットはそう言ったが、顔は嬉しそうにしていた。
『ゴシュジンサマ、それをどうするの?』
「ちょっとしたテストさ。みんなは離れててくれ。ジャンヌもだ」
「はい」
『わかった』
『しょうがないわね』
俺に言われた通り、人竜ともにほとんどが俺から離れたが、
『おとうさんなにをするの?』
原種の子レアだけが、俺のそばから離れないで、足元で見あげて、聞いてきた。
俺はしゃがんで、頭を撫でる。
「ちょっとしたテストだ。レアはいい子だからみんなとそっちで待ってな」
『うん、わかった』
俺に撫でられたレアは、嬉しそうに笑って、バタバタとみんながいる方に駆けていった。
それを視線で追いかけると、何故かコレットがブスッとしているのが見えた。
さっきまで得意げにしてたのに、なんだ?
「どうしたコレット」
『え? な、なんでもないわよ』
『くははははは、すこしわがままを言った方が心友に撫でてもらえたのかもな』
『――っ! がぶっっ!!』
少し離れた所で、文字通り高見の見物モードだったクリス。
そんなクリスのからかい混じりの言葉を聞くやいなや、コレットはものすごい踏み込みで迫って、噛みついた。
無論フェニックス種のクリスには何もダメージはなく、見慣れた二人のじゃれ合いの光景だ。
見慣れた光景なのはいいが。
「コレット、悪いがそれは後にしてくれ。クリス、頼む」
『くはははは、問題ないぞ心友。我ほどともなれば噛みつかれてても「それ」くらいはできる』
「そうか、じゃあ頼む」
『うむ、では行くぞ』
「ああ」
俺はそういい、頷いた。
次の瞬間、クリスが口を開いた。
口から渦巻く炎を吐いてきた。
炎は、俺に向かって飛んできた。
「シリル様!?」
『ゴシュジンサマ!?』
『――っ!』
クリスがいきなり俺を攻撃してきたことに、その場に居合わせたほとんどの者達が驚き、声を上げた。
「……変身」
俺はつぶやき、竜人に変身した。
変身して、ミズチの鱗を取り込んだバリアを展開。
そのバリアで、クリスの炎を弾いた。
「……くっ」
一瞬で、牛二頭分のエネルギーを半分以上使った。
あわてて竜人変身を解く。
「ふぅ……よし、成功だな」
竜人変身を解いた俺、周りを見て、満足した。
俺の周りにある二つの土人形、コレットが作ったデコイは無事だった。
竜人変身のバリアでそれを守った。
バリアの範囲外は一瞬で地面が溶けて、軽く溶岩化している。
それでも、バリアの中、土人形の二体はまったくの無傷だった。
「これでちゃんと守れる所もテストできた。ありがとうクリス、ありがとうコレット」
『くはははは、なんのなんの』
クリスは上機嫌に大笑いした。
「そういうことだったのですね」
一方、驚きから立ち直り、状況を飲み込めたジャンヌが言ってきた。
今すぐに俺に駆け寄りたいって顔だが、地面がまだほとんど溶岩化したままだから来れなかった。
ジャンヌは、感動した目で俺を見つめた。
「さすがシリル様です。ご自分の時は危険を顧みずになさるのに、こういう時私達に危険を押しつけない……感動しました」
「ん? ああまあ、そりゃそうだろ」
今までの実験を知っているジャンヌならではの感想だ。
別に、土人形じゃなくても大丈夫だったはずだ。
ミズチバリアの効力はなんとなく体感としてわかってるから、土人形じゃなくて仲間のだれかでもいいんだが、それはなあ……って感じで土人形にしてもらった。
『しかし、凄まじいな心友よ』
「え?」
『我は長い年月の中、数億という人間を見てきたが。今の心友は間違いなく人類最強だ』
「そうか」
『すごいゴシュジンサマ!!』
クリスの評価は嬉しかった。
嬉しかったが……それは一瞬だけだった。
「いくら最強でもなあ……こうもエネルギー消耗がひどいんじゃ」
「そんなにですか?」
「ああ、いままでで一番エネルギーを溜めてた状態でも、三秒とは持たない」
「三秒……」
ジャンヌは眉をひそめた。
当たり前の感想だ。
いくら最強でも、三秒じゃなあ。
「できれば三分、いや最低でも三十秒はないと実戦では使い物にならないな」
『エネルギーの貯蔵と大量摂取が次なる課題だな』
「ああ」
俺はクリスの言葉に頷いた。
まさにそれだ。
ラルク・アン・シエルで前よりは飽きずに食べ続けられた。
エネルギーをより溜められるようになった。
しかし、その過程でミズチの鱗を手に入れてしまったせいで、ますますエネルギー消費は激しくなった。
クリスが言うのならば、間違いなくの、文句なしの人類最強だろう、が……。
『くははははは、なあに、方法はある』
「へえ? どんなんだ」
クリスが言うのならば――と、俺は期待した。
期待してクリスをみた。
他のドラゴンたちもクリスをみた。
言葉の分からないジャンヌも、場の流れでだまってクリスに視線を向けた。
『うむ、一つは竜を食すことだ』
「……竜を、食べる?」
『そうだ、竜を魂ごと喰らえば、効率的に――』
「本気で怒るぞ」
俺は真顔でクリスを睨んだ。
俺のモットー、「ドラゴン・ファースト」を知っているのにそんなのを持ち出すなんて。
持ち出すだけで、それは馬鹿にしてるようなもんだ。
だから俺は出会って過ごしてきた時間の中で一番、厳しい顔でクリスをにらんだ。
『くははははは、冗談だ』
「だったらいい」
『冗談だが、心友が真にドラゴンの事を大事に思っていることが分かった』
「そんなことを言われたら普通に怒る――」
『そこではない』
「え?」
そこではないって、どういう事だ?
『心友が真剣に怒りすぎて、我の言葉の意味に気づきもしていない』
「言葉の意味?」
『我はなんといった?』
「……えっと」
『一つは、かな』
ルイーズが口を開いた。
『正解だ。それはどういう意味だ?』
「……あっ」
そういうことか。
確かにクリスはそう言ってた。
――一つは竜を食すことだ。
それはつまり、他の提案もあるって意味だ。
それを、俺はマジギレして気づかなかった。
『がぶっ!! 変な罠をはるな!』
コレットがクリスに飛びつき、噛みついた。
『くはははははは、悪気は一切無い、許せ』
「それはいいけど、本当に俺に教えたいのは?」
『うむ』
クリスはコレットに噛みつかれたまま、はっきりと頷いた。
『竜玉をつかえばいい』
「竜玉……」
『それで解決する』
断言するクリス。
その言い切りっぷりが、解決への安心感をもたらしてくれた。




