52.ワンパンするしかなかった。
拠点パーソロン、竜舎表の広場。
その広場で、俺はルイーズと向き合っていた。
距離を十メートルくらい空けて、まるで今から決闘を始めるかのような感じで「対峙」している。
そんな俺達を、クリスと新種の子シャネル、原種の子レアとの三人が横で見守っている形だ。
『本当にいいのゴシュジンサマ』
「ああ、やってくれ」
『でも……』
『くははははは、遠慮無くズバッとやってやれ。なあに、お前が何をしようとも、我が心友にとっては甘噛みにしかならんよ』
『それもそっか……』
クリスの言葉に納得するルイーズ。
それはそれでどうなのか、と思わなくもないが。
何はともあれ、直前まで迷っていたルイーズの目が、覚悟を決めた者のそれになった。
『いくよ』
「ああ」
頷くと、ルイーズはカッと目を見開いた。
そして顔の前に意識を集中させて、二つの光点を産み出す。
「な、何をしているのですか!?」
声の方を向くと、そこには姫様がいた。
姫様はパーソロンに来るときの定番、一人で馬に乗って現われた。
その馬の上で、俺達をみてびっくりしている。
すでにもう止められる段階じゃなかった。
ルイーズの光球がビームになって、俺の腹を貫いた。
「きゃあああああ!? し、シリル様!?」
耳をつんざく黄色い悲鳴。
今にも落馬しそうな勢いで取り乱す姫様。
「ぐっ……変身!」
俺は竜人に変身した。
竜人になって、急速にエネルギーが減っていくのを感じる。
その一方で、腹の痛みが一瞬で消えた。
視線を落とすと、ルイーズのビームで貫通した腹の二つの穴が、綺麗さっぱり消えていた。
☆
「というわけで、竜人形態の力のチェックだ」
「そ、そうでしたの……よかった……」
人間の姿に戻った後、姫様――ジャンヌの姿になった彼女に事情を説明した。
フェニックスホーンを取り込んだ竜人姿の力のチェックだと聞くと、ジャンヌはほっと胸をなで下ろした。
「本当にもう傷も残ってないのですね」
「ああ」
俺は頷き、自分の腹をさすった。
間違いなくルイーズのビームに貫通された腹だが、かさぶた一つなく完全に穴が塞がっている。
「竜人の姿の時は無敵で、不死で……人間の時に怪我をしても竜人になれば一瞬で治るみたいだ」
「一瞬で……それはすごいです」
「無敵で不死なのもそうだけど、実質完全回復魔法のように使えるな」
『ゴシュジンサマ……私の力はもういらなくなっちゃった?』
「いやそんなことはない」
俺はルイーズにはっきりと言い切った。
「竜人の姿はますますエネルギーを消耗するようになった。今の間、わずか三秒くらいの変身だけど、昨夜食べたもののエネルギーをもう完全に使い切ってしまった。
ちょっとした怪我程度なら、ルイーズとの契約での『寝て治す』を使った方が」
『そうなんだ……よかった』
見るからにほっとするルイーズ。
彼女を少し宥める意味合いもあるが、実際の所その通りだ。
竜人変身は超大量のエネルギーを使って一瞬で治す。
ルイーズとの契約はエネルギーを使わないで寝てゆっくり治す。
普段は後者の方を使っていく事になると思う。
なんでもかんでも竜人変身を使ってたらエネルギーが貯まらない。
「ますます、エネルギー事情を早く何とかしないといけないな。そのためにも美味しいご飯なんだが」
「あっ、今日来たのはそれです」
「うん? どういうことだジャンヌ」
擬態で姿を変えたジャンヌの方を向いた。
「城の書庫で色々調べてみたのですが、面白い調味料があることが分かったのです」
「面白い調味料?」
「はい。ラルク・アン・シエルという調味料です」
「初めて聞く名前だな」
「すごく扱いが難しいので、普通の料理人は決して使わないそうです」
「へえ。もっとよく教えてくれ」
俺は俄然興味を持ち始めた。
普通の料理人は決して使わない、でもわざわざそれの事を俺に教えに来るジャンヌ。
間違いなく何かがあるとおもった。
「それ自体、そのまま例えば舐めてみると塩と同じ味でしかないのですが、食材に使うと、その食材とドンドン馴染んでいって、時間が経つごとに味が変わっていくのです」
「変わるのか」
「はい。それでついたあだ名が虹色の塩、ラルク・アン・シエル。……でも、いつどう変わるのかまったく予測がつかないのです。絶対に変わる、くらいしか」
「なるほど、そりゃ普通の料理人は絶対に使わないな」
作ってる最中の味見が良くても、テーブルまで運ぶ間に味が変わってしまうかもしれないもんな。
そりゃ、使えないわ。
「今のシリル様にぴったりだと思います。新しい、信頼できる料理人を見つけるまでの」
「……たしかに」
俺はここ数回、エネルギー切れになるたびの補充の仕方をおもいだした。
ほとんどが大型の野獣を狩って、それを丸焼きして一頭丸ごと――って感じだ。
わかりやすく大量にエネルギー補充をするとなると、それが一番手っ取り早い。
料理人を見つけるまでそのスタイルは変わらないと思う。
そしてそれは毎回、最後の方には飽き飽きしてくる。
同じ味が続けばそうもなる。
だが、そこにもし。
その「ラルク・アン・シエル」があれば。
「うん、確かにぴったりだ」
俺は頷き、ジャンヌの手を取った。
手を取って、まっすぐ瞳をのぞき込むような形で。
「ありがとうジャンヌ、ナイス情報だ」
と、お礼をいった。
「そ、そんな……。シリル様のお役にたてて良かったです」
ジャンヌは頬を染めて、嬉しそうにはにかんだ。
「そのラルク・アン・シエルはどこに行けば買えるんだ?」
「それが……料理人が使わない物ですので、自力で採取するしか……。あるいは竜騎士ギルドに依頼をするしか」
「そりゃそうだ」
俺はあははと笑った。
世の中はとことん供給と需要でなりたってるもんだ。
みんなが使わない、俺のような超限定された状況でしか使わないような物が店で買える訳がない。
自分で採取するしかないのはむしろ聞く前に気付くべきことだったな、うん。
「場所は知ってるのか?」
「はい。ちゃんと聞いてきました」
「わかった、じゃあ明日出発だ」
「はい!」
☆
次の日、俺はジャンヌとコレットと一緒に、拠点パーソロンを発った。
今回の目的はラルク・アン・シエルの採取だ。
採取ということは、大量の物の運搬と言うことでもある。
だから運搬に向いた、ムシュフシュ種のコレットを同行させた。
ジャンヌが馬に乗って、コレットがその横を歩いて、俺がコレットの上に乗って、果物をむしゃむしゃしていた。
竜人変身ができるようになってからというもの、大量にエネルギーを使うようになって、俺は時間さえあれば何かしら食べるようにしている。
今もそうだ。
かじっているリンゴが芯だけになったから、野原のその辺に捨てて、コレットにいった。
「コレット、お代わり頼む」
『わかった』
コレットは素直に応じて、腹の中から今度はバナナを一房出してくれた。
コレットの腹の中には大量の果物が入っている。
帰りはラルク・アン・シエルで満載になるだろうが、行きは彼女の腹の中に食料を入れて、道中ゆっくり食べる事にしたのだ。
「あっ……」
「どうしたジャンヌ」
「今のバナナ、コレットの唇にふれてました」
「唇に? それがどうしたんだ?」
「まるで間接キ――い、いえ。コレットはドラゴンですから、なんでもないです」
「ドラゴンだから?」
どういう事なんだろうと思った。
思ったが、ジャンヌはばつの悪そうな顔で横を向いたから、聞くような空気じゃなかった。
「それよりも、シリル様はやっぱり凄い人です」
「今度はなんだ?」
「ムシュフシュ種の腹から出した食べ物をまったく躊躇なく食べられるのですから」
「ムシュフシュ種の子の胃袋は胃液とか無いから綺麗だぞ」
「はい、それはわかります。でも、そうはいっても……というのが普通ですから」
「そうなのか」
「まったく気にもしないのはすごい事だと思います」
言いたいことは分かるような、分からないような、って感じだ。
ムシュフシュ種の特性を知らなきゃそうなんだろうけど、知ってたら躊躇する必要とかまったくないと思うんだけどな。
『おかわり、いる?』
「え? ああ頼む」
気が付いたら俺はバナナを一房完食していた。
それをみてコレットの方から聞いてくれた。
もちろんエネルギー補給はまだまだしなきゃいけないから、俺はコレットにお代わりを頼んだ。
彼女の胃袋の中にはまだまだ大量の種類の果物が入っている。
次は何が出てくるのかな、とちょっとわくわくしていると。
『――――ぉぉぉ……』
「むっ?」
遠くから、風の音にのって声が聞こえてきた。
「これは……」
「どうしたのですかシリル様」
「なんか聞こえる」
「え?」
『――――ぐおぉぉぉ……』
「本当だ、風の音でしょうか」
「いやこれは自然が発している環境音じゃない」
俺は少し考えて、コレットから飛び降りて、声の方に向かって駆け出した。
「あっ! シリル様!」
『ちょっとまってよ』
二人は後ろから追いかけてきた。
一緒になって、数分ほど声の方を追いかけていくと――いた。
一人の女が、一人のドラゴンにまたがっていた。
ドラゴンはナーガ種。
小型で戦闘向きだが、エマとは違って「人間を乗せて戦う」事に特化した種だ。
初めて、人間が繁殖に成功した種でもある。
ナーガ種に乗って戦うことから、今の「ドラゴンを使役する者たち」が竜騎士と呼ばれるようになった。
そのナーガ種に乗った女はモンスターに苦戦していた。
自分とナーガ種より一回り大きい、石の巨人。
ゴーレムという名のモンスターだ。
それに苦戦して、押されて、すでに二人ともボロボロになっている。
「大変です、どうしましょうシリル様」
「任せろ――変身」
俺はつぶやき、竜人の姿にかえた。
変身して、地を蹴って突進。
その勢いでゴーレムにタックルする。
二階建ての建物くらい高いゴーレムの腰のあたりに突撃して――へし折った。
岩の様な体を、紙のように突き破った。
「――っ! ふぅ……」
着地するなり、俺は人間の姿に戻った。
背後でゴーレムが崩れ落ちる音が聞こえた。
ワンパン――一撃で沈めるしかなかった。
今の一瞬だけで、出発してから食べた果物の分全部、昨夜に食べたものの分の半分のエネルギーを使ってしまった。
長期戦とか様子見とかできなくて、一撃で倒すしかなかった。
「ば、ばかな……ゴーレムを一撃で?」
一方で、ゴーレムに苦戦していた女の「竜騎士」は、俺を見て驚愕していたのだった。




