05.ドラゴンとスライム
姫様が本物だって確認されたあと、役所からすぐに報酬が支払われた。
額は1000リール。
ルイーズを買った時の値段の倍近い額で、大人の男が大体一ヶ月くらいで稼げる額だ。
さすがに報酬は美味しいな、そう思って金を懐にしまった。
それを受け取って。
そして庁舎の外で、ルイーズが話しかけてきた。
『寝わら買お』
「いや」
『ちょっと、約束だったよね』
「そうじゃなくて、この額だったら寝わらよりもいいのが買えるぞって意味だ」
『寝わらよりもいいの?』
俺の言葉を聞くと、ルイーズの瞳は輝きだした。
『それってどういうの?』
「ちゃんとしたものだ。とりあえず店に行こう」
『うん!』
俺はルイーズに飛び乗った。
彼女の背中から道を指示して、竜市場の近くにある竜具店にやってきた。
竜具店というのは文字通り竜の道具を扱う店だ。
日常用品から仕事道具、果ては普通はどうでもいいような竜が好むおもちゃ類など、何でもござれな雑貨屋だ。
『へえ、こんなところがあるんだ』
竜具店に来るとものすごく興奮する子もいるが、ルイーズはそういうタイプじゃなかったようだ。
彼女はガラス越しに見える様々道具で察したのか、興奮するよりも感心していた。
「あの黒いドアの店に入ろう」
『わかった』
ルイーズは俺の指示に従って、黒いドアの店に来た。
竜具店は多くの場合、小型種くらいなら通れる様に、扉を大きく作ってある。
これが竜市場と違うところだ。
竜市場は竜の売買をしているが、竜の出入りは正面の扉を使うことはほとんどない。
普段は奥の庭にいるし、売買が決まったらこれまた裏にある出入り口から出ればいいだけだ。
対して、竜具店は竜も「客」である。
客であるのなら正面から出入りするのが普通だから、そのためにドアを大きく、入口を広くする事が多い。
この店「シャドーロール」もそういうタイプの店だ。
俺はルイーズの背中から飛び降りて、一緒に店の敷居を跨ごうとした――その時。
「なんだ、シリルじゃねえか」
俺の名前が呼ばれたから、振り向いた。
一人の男がいた。
男はにやにやした、悪意をべったり塗りたくったような顔でこっちをみた。
「ルイか」
そいつは前にいたギルド「リントヴルム」の竜騎士だった。
「びっくりしたぜ? 戻ってきたらお前がいなくなってるんだもんなあ」
「……そうか」
「ご愁傷様だったな。どうだ、俺が口をきいてやろうか? リントヴルムに戻れるようにって」
「そんなことをしてくれるのか?」
戻るつもりはさらさらないが、それでもルイの申し出に驚いた。
「ああ。まあもちろん? こだわりは捨ててもらうがな」
「こだわり?」
「お前テクニックだけはあるんだから、ドラゴン・ファースト? とかいうこだわりを捨てればうちでやり直せないこともないぜ」
「……ふっ、そうか」
俺は肩をすくめて、笑った。
「だったらお断りだ。そのこだわりを捨てるつもりはない」
「おいおい、強情を張るなよ。今どき一人じゃ何もできないぞ」
「やれるだけやるつもりだ」
「おまえねえ」
『ねえ、なんの話をしてるの?』
俺とルイの会話に、ルイーズが割り込んできた。
「ん? ああ、お前に十二時間睡眠をやめさせろ、って話」
厳密にはルイーズ個人の話じゃないけど、まあそういうことだ。
『なんですって! がるるるる……』
それまで竜具店にウキウキしていたのが、一変、歯を剥いてルイに威嚇しだした。
「な、何をするんだ」
「何もしてないぞ」
「お前の竜だろ、やめさせろよ」
「何もしてないぞ?」
俺は同じ言葉を繰り返した。
「何かサインでも出したか?」
「うっ」
ルイは言葉につまった。
サイン、それは通常、竜騎士が竜に命令を出すときの仕草のことだ。
調教を通して、こういうサインだったらこうしろ――というのを竜にたたき込むのが普通の竜騎士だ。
もちろん俺はそれをルイーズにしてないし、今もそれを出してない。
ルイも性格は悪いが、そこは一流の竜騎士ギルドリントヴルムの人間だ。
サインを出しているかどうかは見逃さない。
「ちっ」
俺が何もしてないと分かったルイは、忌々しげに吐き捨てた。
「お前はいつもそうだ。いったい何の魔法を使ってるんだか」
「大事にしてるだけだ」
「はっ」
ルイは更に鼻で笑ってから、俺を見下しきった目と表情を浮かべて、立ち去った。
『なにあいつ』
「なんだろうなあ」
俺は肩をすくめた。
思想がかみ合わない奴らだ、気にしてもしょうがないだろ。
「さて、入るか」
『うん!』
気を取り直して、ルイーズと一緒に店の敷居を跨いだ。
「いらっしゃいませ」
店に入るなり、すぐさま出迎えがやってきた。
まだ二十代前半くらいの青年で、雰囲気からして雇われの店員ってところか。
「バラウール種ですね。本日はどのようなものをお探しでしょうか」
「寝具を探してるんだが」
「それでしたらこちらへどうぞ」
俺達は店員に案内されて、店の奥に入った。
店、とはいうが、この「シャドーロール」は他の竜具店と同じく、倉庫に近いスタイルを取っている。
天井は三階建ての建物と同じくらい高く、中は開けている。
棚と簡単仕切りで、商品のジャンル分けをしている。
小型竜なら中を歩けるような作りだ。
店員に案内されて、奥の寝具コーナーにやってきた。
そこには様々な寝具があった。
サイズも形も、人間用のとはまったく違って、ドラゴン用に作られているものばかりだ。
『わああああ』
ルイーズは興奮しだした。
そのまま寝具に飛びつき、その上に寝っ転がった。
「ああっ。すまない、いきなり」
「構いませんよ、ここにある物は実際にお試しいただくための物ですから」
「そうなんだ」
そう言われて俺はちょっとホッとした。
『あっ、これいい』
ルイーズのそんな言葉が聞こえて、彼女の方をみた。
すると、彼女が寝そべっている「ベッド」が目に入ってきた。
「あれは……スライムベッドか」
「その通りでございます」
スライムベッド、モンスターのスライムから名前が来ている。
スライムのようにぷよぷよしている、水色のでっかい塊だ。
スライムの様に、一つの塊だけど弾性があって、上に乗っかるとほどよく沈んで全身とジャストフィットして最高の寝心地らしい。
別名「人をダメにするベッド」、あるいは「ウォーターベッド」と呼ばれている。
ちなみに本物のスライムを使っているわけじゃなくて、それっぽい物で作られているだけだ。
『これすごくいい』
「ふむ」
『これすごくいい』
ルイーズは同じ言葉を繰り返して、スライムベッドの上でゴロゴロした。
「気に入ったか」
『うん! 寝わらよりもずっときもちー』
「ふむ……これはいくらくらいするんだ?」
俺は振り向き、店員に聞いた。
俺とルイーズとのやり取りを見ているが、今のはルイーズの言葉が分からなくても、上機嫌でごろごろしてるという姿を見ていれば内容が成り立つから、特になにも言われなかった。
「こちら1200リールとなります」
「1200か」
俺はルイーズの方をむいた。
「それでいいのか?」
『ほしい! ……でも、足りないんじゃないの?』
「大丈夫だ、すこし足はでちゃうけどな」
『そっか――ありがと!』
たしかにさっきもらった1000リールの報酬からすればちょっと足りないけど、ここ何日かはルイーズと仕事してるから、その分の蓄えがある。
一気にまとめて吐き出すが、ルイーズが気に入ったんなら。
「じゃあこれにする」
「ありがとうございます……それにしても不思議ですね」
「不思議?」
俺は首をかしげて、店員を見つめ返した。
「いえね、竜に話しかけてる竜騎士の人は結構いるんですが、本当に会話が成り立ってる様に見える人は初めてですよ」
「ああ」
その感覚は分かる。
竜を「犬猫」と置き換えれば、俺も他の人には同じことを思っている。
犬猫に話しかける飼い主は多いが、本当に会話が成り立ってるようなのはあまり見たことがない。
「家族として接すれば自然とわかるもんだ」
俺はそう言った。
俺はいつもこう言ってる。
家族のように接している、そして竜と話すことが出来る。
いつも言ってるけど、あまり本気にされたことはない。
まあ、それはいいや。
俺は店員と一緒にカウンターに行って、ほとんど全財産となる1200リールを吐き出して、ルイーズのベッドを買った。
「配送はどうなさいますか」
店員はちらっとルイーズをみた。
バラウール種の子だから自分で運ぶのか? って顔だ。
「どうするルイーズ、送ってもらう? 自分で運んでいく?」
『運んでいく』
「自分でもって帰ります」
「わかりました」
そうして、ルイーズの背中にスライムベッドを積んで、店の外に出た。
店の外に出ると、それまで興奮していたルイーズが、急に神妙な態度をしだした。
『……ねえ?』
「ん? なんだ」
『本当にいいの? これ』
「なんで?」
『今さらだけど、すっごいわがまま言ってるって気づいたから』
「はは」
俺は笑った。
笑いながら、ルイーズの顔をポンポンとなでた
ドラゴンの図体はデカくて、体も人間よりも硬いから、思いっきり叩くくらいでようやく撫でているくらいになる。
普通に「なでる」と、ドラゴンには「フェザータッチ」になってしまう。
「気にするな、そういう約束だからな」
『うん――ありがとう、ゴシュジンサマ』
ルイーズは、嬉しそうに笑ったのだった。