48.大量移籍
「それでは、明日にでも契約金を届けさせるわ」
「契約金、ですか?」
「特定のギルドと継続してお付き合いをするときにそういった形を用いるのですわ」
「なるほど」
俺は不思議がっていると、姫様が横から説明してくれた。
それに頷き、納得した。
俺は少し考えて、改めて伯爵夫人に視線を向けた。
「契約金よりも、一つお願いしたいことがあるのですが」
「なんでしょう。なんでもいってごらんなさい」
「ドラゴン達の食事、それの業者をご紹介して頂きたい」
「食事?」
俺は伯爵夫人が飼っている、ラードーン種の子を見た。
最初に会ってから一目で分かるくらい血色がいい。
人間もドラゴンも、血色とかの見た目は、食事によるところが大きい。
このラードーン種の子は、きっと普段からいいものを食べさせてもらってる――というのが容易に想像がつく。
「そんなことでよろしいの?」
「ええ。是非お願いします」
「それなら、近いうちに出入りの業者に、こちらを訪ねるようにいっておきますわ」
「ありがとうございます」
俺は深々と頭を下げた。
それで話が終わって、満足げな表情を浮かべた伯爵夫人は、ラードーン種の子に近づいていった。
近づき、手を伸ばして撫でた。
空を飛べて満足したのか、ラードーン種の子は大人しく撫でられた。
それを眺める俺の横に、姫様が近づいてきて、囁きで話しかけてきた。
「シリル様、どうして夫人にそのような事をお頼みに?」
「俺のイメージが間違ってなければ、貴族って、犬猫を飼うときに与える食事は、かなり豪華なものを与えているはずだ。猫可愛がりしてるのならなおさら」
「そう……かもしれませんわね」
姫様は曖昧に頷いた。
「それを紹介してもらって、みんなの口に合うんなら今後はそれをみんなに用意しようかなって。メシの味は大事だ」
「……あっ、シリル様、ご自身の食事の件で」
「ああ」
俺は頷いた。
ハッとした姫様が気付いた通りだ。
竜人変身で、俺は以前とは比べものにならない量のエネルギーが必要になった。
それで大量に食べないといけなくなったが、まずいものを大量に食べても――っていうのがここ数日間思ってたことだ。
俺と同じで、みんなも食べるのは美味しいものの方がイイに違いない。
俺のことは解決の糸口も見えてないが、みんなのはどうやら簡単にどうにかなりそうだ。
その事にちょっと満足した。
「……」
「うん? どうしたジャ――姫様、俺の事をじっと見つめたりして」
「そこでもやっぱりドラゴン・ファーストなのですね。流石ですわ」
「そうか? 普通だろ?」
俺は微苦笑した。
姫様から褒められるのは嫌いじゃない。
だけど、これくらいの事だったら。
ドラゴンを大事にする程度のことは、褒められない位当たり前の世の中になって欲しいもんだ。と俺はしみじみおもったのだった。
☆
次の日、ボワルセルの街、その庁舎。
俺は呼び出されて、いつもの応接間でローズと向き合って座っていた。
俺とローズの二人っきり。
今日は姫様もドラゴンたちも一緒じゃない。
「悪いね、急に呼び出して」
「構わないさ。また何かあったのか?」
「たいしたことは無いよ。細かい事だけさ」
「細かい事?」
「ああ、ドラゴン・ファーストに依頼が来てるんだ。名指しでね」
「へえ」
それは、ちょっと嬉しいな。
竜騎士ギルドも他の商売と同じで、依頼主に満足してもらえればリピートはあるし、口コミが広がれば名指しでの依頼が舞い込んでくる。
それは今までやってきた事が認められたのと同じ意味だから、ローズの話を聞いて俺はちょっと嬉しくなった。
「ありがたい話だ」
「流れであんたの専門窓口みたいなことになってるけど、あたしも鼻高々ってもんさ」
「細かい事だけど、っていったけど。依頼が複数来てるって事なのか?」
「ああ」
「なら、それを聞かせてくれ」
俺はローズにそう言った。
依頼の内容を聞いて、受けるかどうか、どう受けるかを決めることにした。
この依頼をちゃんとこなして、更に名声とか高めて、リピーターを増やしていくのがいいだろう。
そう思って言ったんだが。
「少しまっとくれ、いまリストを読みあげるから」
「ちょっと待って、リスト?」
「ああ」
「リストって、なんの?」
「来てる依頼のリストだけど?」
ローズはきょとん、と小首を傾げた。
「依頼のリスト? ……どれだけ来てるんだ?」
「ああ、そっちならすぐに出せるよ」
ローズは立ち上がって、俺達の間にあるテーブルの、その下から一枚の紙を取り出した。
その紙をながめて、読みあげる。
「討伐系が46件、収集系が97件、それから――」
「ま、待ってくれ。46ぅ? 97ぁ?」
「ああ」
「どういうことなんだ?」
「どういう事もこういうことも……予想してなかったってのかい?」
「え?」
どういうことだ? って顔でローズを見る。
ローズは若干呆れたような顔をしながら俺にせつめいしてくれた。
「あんたんとこがリントヴルムから伯爵夫人との取引を奪った」
「……ああ」
「あっちこっちでその噂で持ちきりさ。リントヴルムよりも頼りになるのか? だったらドラゴン・ファーストに仕事を頼むか――って」
「……なるほど」
説明されると、なんてことはない納得できるものだった。
つまり、伯爵夫人に引っ張られて、いままでリントヴルムと取引をしてた相手もこっちに流れてきたのか。
姫様の打った一手が、俺の想像を遙かに超える追加効果をもたらしてくれていた。




