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47.ドラゴンの美しさ

「えっと……と、いいますと、」


 ちょっとだけ困った俺は、伯爵夫人に聞き返した。


「その取引というのはどういうものなんです? 俺にできる事だといいんですが」


 正直リントヴルムとは組織の規模が段違いだ。

 もしも、その取引とやらが組織力を求められるものだったら、俺には手も足も出せない。


 だからちょっと困りつつ聞き返したわけだが。


「ご安心を、抜かりはございませんわ」


 姫様が横から言ってきた。


「シリル様ならどうと言うことのない内容ですわ」

「うーむ」


 それは正直、信じていいものか怪しく感じた。

 姫様は俺を高く評価している。

 もしもこれが「過大評価」からくるものなら、俺にできない依頼を引っ張ってくる可能性がある。


 その場合。


「大丈夫ですわ」


 俺の表情から何か読み取ったのか、姫様は顔を近づけさせて、ささやき程度の声で耳打ちしてきた。


「確実に、あの者達に打撃を加えられる(かた)を選んできましたの」

「な、なるほど」


 姫様に気圧されつつも、俺は納得してしまった。

 そこまで目的がはっきりしてるんなら――という説得力と安心感を感じた。


 俺は気を取り直して、改めて伯爵夫人の方を向いた。


「お話を、聞かせて下さい」

「ええ、まずはうちの子をみて下さいな」

「うちの子?」

「こちらへ」


 伯爵夫人は振り向き、歩き出した。

 竜舎をでて、パーソロンの入り口の方に向かって行った。


 俺は伯爵夫人を追いかけて竜舎を出た――直後。


 一人のドラゴンが見えた。


 サイズは小型種の中では大きい方――なんだが。

 正直、サイズはどうでも良かった。


 一目見た瞬間、見とれそうになったからだ。


「これは……」

『ほう、ラードーン種か。これはまた珍しいものを』


 竜舎から首だけ出したクリスがそんなことをいった。


「ラードーン種って、あの?」

「さすが、ご存じなのですね」


 クリスに聞き返した言葉だったが、それを伯爵夫人が拾って、会話のキャッチボールにもっていった。


「おっしゃる通りの、ラードーン種です」

「ラードーン種」


 俺は感嘆しつつ、そのドラゴンを見た。


 ラードーン種。

 多くのドラゴンがその「力」を期待されて竜騎士ギルドに使役されている中、ラードーン種は珍しく、これといった力はない。


 とはいえそこはドラゴンだ、人間や他の生物よりスペックは高い。

 ただ、ドラゴンの中では大した力はない、というだけだ。


 その代わり、ラードーン種は他の種の追従を許さない特色がある。


 それは――美しさだ。

 目の前に佇んでいるラードーン種のドラゴンは美しかった。


 ドラゴン以外で美しさの代名詞ともなっているクジャクという動物がいるが、そのクジャクでさえ、ラードーン種と比較すると醜いアヒルになってしまう。


 それくらい美しい種なのだ、ラードーン種というのは。


 そのラードーン種のドラゴンは、佇んだままじっとこっちを見ている。


「あっ……」


 あまりの美しさに気づくのが遅くなったが、ラードーン種のドラゴンは首と()足に輪っかがついている。

 首輪と足輪だ。


「如何でしょう、うちの子は」


 伯爵夫人が聞いてきた。


「え? ああ……、その。はい、美しいです、とても」

「ふふ、そうでしょう。当家自慢の子ですのよ」

「当家、ですか」

「貴族はラードーン種を飼っている事が多いのです。ラードーンの美しさが家の力の象徴、とする風潮もありますわ」


 姫様が横から説明をしてくれた。

 成る程。


 ラードーン種のことはまだよく分からないが、人間でもドラゴンでも一緒だ。

 美しさを保つためにはかなりのコストがいる。

 そのコストが家の力の象徴、ということか。


『くははははは、面白い風潮だ。成熟しきって糜爛した文化にありがちな流れだな』


 後ろでクリスが笑いながら感想を言っている。

 伯爵夫人がいるから細かい所までは聞き返せないが、何となく言いたいことは分かったからよしとした。


「えっと、この子がなんでしょう?」

「今まではリントヴルムにお願いしていましたの。この子の世話と、メンテナンス(、、、、、、)を」

「……なるほど」


 メンテナンス、という言葉に引っかかりを覚えたが、流すことにした。


「それを代わりにお願いできませんか」

「なるほど」


 俺は再び頷いた。

 そして、ちらっと姫様をみた。


 姫様は笑顔で俺を見つめ返した。

 なるほど、これなら組織力関係なく、俺でも出来ることだ。


 姫様の言うとおり、結構な仕事を選んできたみたいだな。


 俺は少し考えて、伯爵夫人に言った。


「少し、この子に触れさせていただいても?」

「そうですね」


 伯爵夫人は姫様をちらっと見た、姫様は小さく頷いた。


「どうぞ、ご随意に」


 姫様という担保で、快く承諾してくれた。


 俺はラードーン種の子に近づいた。

 そして、伯爵夫人には聞こえない程度の小声で話しかけた。


「俺の名前はシリル・アローズ。お前は?」

『花瓶に、名などない』

「それは悲しい」

『……むぅ?』

「そう言いきってしまうお前の境遇が」

『言葉が、解るのか?』

「ああ」

『くはははは、そやつは我の心友だ。人間にしては珍しくできた男だぞ』


 後ろからクリスが援護射撃をしてくれた。

 それを聞いて、ラードーン種の子は少し驚いた。


『そのような人間もいるのだな』

「話は聞いてたと思うけど、どうかな、俺がお前の世話を引き継いでもいいか?」

『それをこっちに聞くのか?』

「もしかしたらリントヴルムの方がいいかもしれないからな」


 伯爵夫人のラードーン種なら、リントヴルムもかなり特別扱いしてたはずだ。

 虐待とか無理強いをされてたとは考えにくく、それ故向こうの竜騎士と信頼関係を築けていた可能性もある。


 その場合、姫様には悪いが、俺が無理矢理割り込まない方がいいかもしれない。

 リントヴルムの事は気にくわないが、状況が状況だからそっとした方がいいこともある。


 だから聞いた。


 それを聞いたラードーン種の子は、無表情のまま静かに答えた。


『どっちでもいい。所詮は繋がれた、籠の中の鳥よ』

「……繋がれたくないのか?」

『非力な種だ、繋がれる以外の生きる術はない』

「……」

『それに、この縛めはよほどの大型種でもない限りは解けない』

「この首輪と足輪のことか」


 ラードーン種は小さく頷いた。


 俺は輪っかを見た。

 ぼんやりと光っていることから、魔力的な効果のある首輪みたいだ。


 それで繋がれている、そして諦めている。


「……」


 俺は少し考えて、決めた。


「……変身」


 つぶやき、姿を竜人に変える。

 力が急速に消耗していくのを感じる。


「シリル様!?」


 驚く姫様。

 説明する時間も惜しい。

 俺はラードーン種につけられている首輪と足輪を外した。

 竜人に変身した力で、それを無理矢理引きちぎった。


 輪っかとともに、魔力的な何かが砕け散る音がした。


「何をなさいますの」


 伯爵夫人も驚き、声をあげた。


 俺は変身をといた。

 そのままラードーン種と向き合う。


「これで自由に動けるな」

『……』

「やりたいことがあったらやってみろ」

『――っ!!』


 ラードーン種の子は飛び上がった。

 美しい翼を広げて、大空に飛び立った。

 空をぐるぐると旋回して、飛翔した。


 はしゃいでいる。

 俺はそう感じた。


 間違いない、はしゃいでいるのだ。

 まるで野に放たれた馬の様なはしゃぎっぷりだ。


 それを見て、俺は一つ確信した。

 確信しつつ、空を見上げた。


「何をなさるのですか」


 伯爵夫人が非難する口調で言ってきた。

 俺は空にいるラードーン種から伯爵夫人に視線を戻して、答える。


「すぐにおわかりになります」

「どういう事なのでしょう」

「シリル様を信じてみましょう」


 横から姫様がフォローしてきた。

 姫様が言うのなら――って感じで伯爵夫人は一旦引き下がった。


 それから約三分くらい、ラードーン種の子は空ではしゃいだあと、地上に戻ってきた。

 俺達の前に着陸した。


『ふう、楽しかった』

「それはよかった」

『感謝する、礼をいわなければならないな』

「気にするな。それよりも――美しいな、お前は」

『む?』

「どうでしょう、伯爵夫人」


 俺は伯爵夫人に振り向いた。

 伯爵夫人はラードーン種の子をみて驚いていた。


「こ、これは……」

「美しい、そう思いませんか」

「え、ええ。しかし、何があったのでしょう」

「ドラゴンは、鎖につながれて部屋の中に閉じ込めておくものではありませんよ」


 そこまで聞いてないが、部屋の中――というのはきっとそうなんだろうなと俺は確信した。

 だからそう言った。


「ドラゴンがもっとも美しく映えるのは部屋のなかではありません、外なのです」

「外……」

「なるほど! さすがシリル様ですわ」


 呟く伯爵夫人に、納得し感動する姫様。


「しかし……いえ」


 また納得いかない様子の伯爵夫人だが、佇んでいるラードーン種の子を見て、言いかけた言葉を飲み込んだ。


 当然である。

 目の前にいるその子は、数分前に比べて遙かに美しくなっている。


「おっしゃる通りなのでしょうね。きっと」


 伯爵夫人は納得して、俺ににこりと微笑んだ。


「さすが殿下のお眼鏡に叶ったお方」

「恐縮です」

「今後も、長いお付き合いをお願いしたいですわ」

「ありがとうございます」


 俺はそう言って、静かに頭を下げた。

 どうやら、伯爵夫人は満足してくれたようだ。


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