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46.姫様の怖さ

「……」

「ジャンヌ?」


 リントヴルムをでて、しばらく歩いていたが、ジャンヌが急に立ち止まった。

 俺も立ち止まって振り向くと、考えごとをしてる顔のジャンヌが見えた。


「どうした、何かあったのか?」

「……すみませんシリル様、急用を思い出しました」

「急用?」

「はい。ですので、今日はこれにて失礼をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「それは勿論いいけど」


 ジャンヌは俺のギルド『ドラゴン・ファースト』に加入してはいるけど、本当の身分は王女だ。

 王女には公務とか、そういうのが色々あるはずだ――詳しくは知らないけどあるはずだ。


 ギルドに加入してるのなんて言ってみれば趣味みたいなもんで、王女としての用事のほうが大事なのは間違いない。


「……何か手伝いはいるか?」

「ありがとうございます、シリル様!」


 ジャンヌは嬉しそうな顔で言ってから。


「でも大丈夫です。わたくしがやりたいことで、大した事ではありませんから」

「わかった、じゃあまたな」

「はい」


 俺はジャンヌと一旦人気の無いところに移動して、擬態をといて元の王女の姿に戻した。


 そしてジャンヌと別れて、一人になる。


「さて、ローズの所にいくか」


 呟きつつ、本来の用事に戻ろうとした。

 歩き出して庁舎につく前に、竜具店の前を通り掛かった。


「……」


 竜具店を見て、俺の手は自然と、懐にある十万リールに伸びていた。


     ☆


 翌日、本拠パーソロン。


「これで工事は以上となります」

「ああ、お疲れ」

「では」


 作業着を着た若い男の四人組が俺に一礼して、拠点から出ていった。

 それを見送った後、俺は振り向いた。


 振り向いた先には竜舎があって、ドラゴンたちは表に出ていた。

 クリスとルイーズ、そしてエマがいた。

 コレット達は仕事で拠点を離れている。


『もういいの? ゴシュジンサマ』

「ああ、工事はもう終わった。中に入ってもいいぞ」

『なんの工事だったんですか? さっきのひとたち、なんか土? を中に運んでたみたいですけど』

「中に入ってみるといい。実際に体感した方が説明するより早いはずだ」

『くはははは。よし、ならば我が一番乗りだ』

『それはずるい』

『早い者勝ちなのだ-』

『むぅ……こんな時コレットがいれば』


 まるで子供の様な無邪気さで一番に竜舎に入ったクリスと、呆れ半分悔しさ半分でついていくルイーズと、エマ。


 そんな三人の後にくっついて竜舎の中に入った。

 三人は中にいて、俺は入り口近くに立って見守っている形になった。


 竜舎の中は、ぱっと見何も変わってなかった。

 が。


『あっ……なんか……なんだろ』

『はい……なんか……です』


 ルイーズとエマは困惑していた。


「どうだ? 感想は」

『よ、よく分からない』

「だめだったか?」

『そんなことありません! すごく居心地いいです。よく分からないけど、すごくいいです』

『うん、なんだろこれ』

『くははは、土のおかげだな』

『土? そういえば』

『さっきの土が原因なんですか?』


 クリスに言われて、ハッとするルイーズとエマ。

 二人は同時に俺の方に視線を向けてきた。


「ああ、竜舎の土を入れ替えさせた。ブルーグラスっていう土だ」

『ええっ! ぶ、ブルーグラスですか!?』


 エマが大声を出して、びっくりしていた。


『知ってるの? エマ』

『はい! 竜舎の床に使われるものの中で一番高い土です。……シリルさん、もしかして、竜舎全部にブルーグラスをいれたんですか』

「ああ」

『ぜ、全部、ですか……』

『……そんなに高いの?』


 エマの反応を見て、恐る恐るって感じで俺に聞いてくるルイーズ。


「ざっと2万リールって所だな」

『2万!? 土だけで?』

「ああ」

『くはははは。やるな心友よ』

『な、なんで土にそんな大金を?』

「みんなは一日の三分の一から半分位を竜舎の中で過ごすだろ? そんなに長時間すごす場所なんだか、居心地のいい空間にするべきだろ。多少金がかかってもな」

『あっ……』

『シリルさん……』


 ルイーズとエマ、二人はハッとした後、感動したような表情をした。


『うむ、我にはまったく効果は無いが、普通のドラゴンであれば疲労回復効果が高そうな土だ』

「クリスのお墨付きがあるとほっとするよ」


 俺はニコッと笑いながら言った。


『それに、土だけではないな。心友よ』

「ああ、やっぱり気づくか」

『くははははは、当然よ。我は唯一にして至高なる存在。環境の変化くらい秒で気付くものよ』

『ま、まだ何かがあるんですか?』


 びっくりして、恐る恐る聞いてくるエマ。


「ああ、これだ」


 俺は振り向き、入り口上にある壁に視線を向けた。

 そこには昨日までは無かった、クリスタルのオブジェクトが付けられている。

 クリスタルはまるで心臓の鼓動のような、等間隔な鼓動で光をはなって明滅を繰り返している。


『あっ、さっきまでなかったものだ』

『それってなんですか?』

「ステイヤー……っていう名前の装置だ」

『ステイヤー……』

「これで、竜舎の中の空気の気中魔力を、ドラゴンに一番心地いい状態に保ってくれるそうだ」

『うむ。ドラゴンが生まれた時代の気中魔力濃度になっているな。人間どもはこのような物を作っていたのか、やるではないか』

「その時代を実際に知っているお前のほうがすごいんだけどな」


 俺はニコッと笑ってクリスに言った。


『くははははは、それほどでもあるな。もっと褒めるがいい』

「ああ、すごいぞ」


 実際にすごい事、すごい存在だから、俺は惜しげ無くクリスを褒めた。

 そうしてから、二人に振り向く。


「とりあえず住環境を整えてみたけど、どうだ、何か息苦しかったりするとかあるか?」

『な、ないよ、そんなの』

『はい……すごく……気持ちいいです』

「ならばよしだな」

『あの……シリルさん。その、ステイヤー……って、いくらくらいしたものですか?』

「8万リールだな」

『は、8万も!?』

『そんなに!?』

「あぶく銭が入ったからな、いつかやろうと思ってたことを前倒しでやっとしただけだ」

『ゴシュジンサマ……』

『ありがとうございます……シリルさん』


 二人は感激した表情で俺を見つめてきた。

 喜んでもらえてるみたいだし、この調子なら今ここにいないコレット達にも喜んでもらえるだろう。


 金をかけて正解だ、と思った。


「聞きしに勝る凄い人なのね」

「ええ、そういう方なのです」

「むっ?」


 急に背後から声が聞こえた。

 びっくりして振り向いた。

 そこに姫様と――見知らぬ老婦人がいた。


 老婦人は落ち着いているが、はっきりと上質な衣服で身を包んでいる。

 そして、纏っている穏やかな空気も、それだけでただ者じゃないって分かる。

 おれは振り向き、まずは姫様に一礼した。


「これは殿下、おいでになられたとは知らず、出迎えせず申し訳ございません」

「いいのですよ、シリル様。それよりも紹介します。こちらジラール伯爵夫人」


 伯爵夫人!


 俺はびっくりして、慌てて老婦人――伯爵夫人にも一礼した。


「失礼致しました。シリル・ラローズと申します」

「はじめまして、クララ・ジラールよ」


 伯爵夫人はにこりと、上品に微笑んだ。


「えっと……殿下、これは」

「伯爵夫人をね、気付かせて上げたの」

「気付かせる?」

「わたくし、長年リントヴルムとお取引しておりましたの」

「はあ……」


 俺は曖昧に頷いた。

 貴族の中には、竜騎士ギルドと長い契約をしてる者も少なくない。

 そしてそれは、竜騎士ギルドにとって、継続的な収入源になる――というのは知っている。


「それで姫様からお聞きしたの。リントヴルムは酷いことをする所らしいのね」

「え? ああ、まあ」


 俺を狙った一件か。


「そんなところと取引をするのはどうかと思いましてね。もしよろしければ、ドラゴン・ファーストの話を聞かせてくれないかしら」

「!!」


 俺はびっくりした。

 それはつまり……鞍替え。


 伯爵家の取引を、こっちに……?

 あっ……昨日の「思い出した事」ってこれか。


 俺は姫様を見た。


「わたくし、怒っていますの」


 姫様は笑顔だが、笑っていない目で言った。


「あの程度で許してあげるつもりはありませんのよ」


 ……あ。

 それで、大口取引先の伯爵夫人を引っ張ってきたのか。

 リントヴルムを弱体化させるために。


「お話を聞かせて下さいな」


 微笑みながら話す姫様は、敵に回したくない頼もしさと恐ろしさを感じた。

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