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41.キメラの呪縛

 西の空が茜色に染まる中、俺たちは「目的地」を遠目で見ていた。


 事故を起こしたというドラゴン牧場――のはずなんだが。


『シリルさん、ここであってるんですか?』

「ああ、地図だとここだ」

『ここは……まるで監獄みたいです……』


 俺の横で「牧場」に目を向けていたエマが困惑顔でいった。

 俺もまったくの同感だ。


 目の前に見えている目的地の「牧場」は、牧場に見えないものだった。


 高い塀があって、上空はバリバリと放電していて。

 まるで重罪人を閉じ込めておくための監獄に見えてしまう。


「エマが生まれ育った牧場はこうじゃないんだな?」

『はい。もっと草原が広がってる所でした』

「ユーイは?」

『私は、店』

「ああ」


 俺は頷いた。

 たまにそういうパターンもある。

 竜市場で生まれたドラゴンが存在する。


 これが微妙に嫌な話だ。

 ドラゴンは、たまに売れないまま、大きくなってしまう。

 売れないまま店にいる期間が長くなりすぎると、それだけ価値が下がる。


 悲しいけど、大半の竜騎士はリントヴルムほどじゃないが、ドラゴンを「使う」ものと見ている。

 年を取り過ぎると稼働できる期間が短くなってしまうから、買い手がつきにくいのだ。


 そういう場合、「訳あり品」として捨て値で売られるか。

 あるいは「血統」がいい場合、仔をとってその子を売るという場合がある。


 ユーイがそのパターンなのかもな。


 まあそれはともかくだ。


「あれはおかしい、普通の牧場じゃない」

『なにか聞いてませんかシリルさん』

「ローズさんからは何も。使いの者にもそれとなく聞いてみたけど、『事情を知る必要はない』って雰囲気だった」

『そうなんですか……』


 何か裏が、それもよほど探られたくない裏があるんだろうな。


 まあ、それはいまはどうでもいい。

 この場で何をしても知りようがない裏の事情を考えててもしょうがない。


 依頼を解決する、それだけだ。


「行こう」

『は、はい』

『ん……』

「二人とも俺から離れすぎるなよ。離れすぎるといざって時困る」

『分かりました!』

「ユーイは、俺の合図でいつでも擬態できるようにしててくれ。気を張らせるが頼む」

『……わかった』


 二人にそう言って、俺達は再び歩き出した。


 牧場とは名ばかりの、監獄の様な施設に向かっていく。


 監獄の正門はひしゃげて、崩れ落ちていた。

 内側から外側に向かって破壊されているそれは、多分今回の件の「事故」の一部なんだろう。


 門の前にやってきて、崩れている所の隙間から奥を覗き込んだ。


『ど、どうですか?』

「大丈夫そうだ、行こう」

『はい!』


 俺達は中に入った。

 堅牢そうな壁の向こうにあるのは、やはり監獄のような、物々しくて無骨な建物の数々だった。


 ドラゴンさえも閉じ込められそうな建物は、半数以上が倒壊している。


『これは……』

「どうしたエマ」

『暴れてるドラゴンが沢山います』

「どういう事だ?」

『あっちの壁にあるツメ跡、その向こうの建物の炎の焼かれ方、こっちの建物に上がないのはかみ砕かれたからなんです』

「ふむ」


 俺はエマの説明に視線で追いかけた。

 なるほど、攻撃の痕跡か。


 確かに、ドラゴンはそれぞれが違う形で攻撃する。

 例えばエマとルイーズでも、同じものを攻撃してもその「跡」は違ってくる。


 それを戦闘に長けているエマが俺よりも早く見抜いたのだ。


『見えているだけで、少なくとも六種類のドラゴンがいます』

「そうか、ありがとう。用心していくぞ」

『はい!』


 大きく頷くエマとユーイを連れて、牧場の中を歩いた。


 手が自然と懐に触れる。

 そこにある(、、、、、)ものが、少しだけ安心感を与えてくれた。


 少なくとも六種類、ということはすくなくとも六頭。


 それだけのドラゴンを何とかするのは命がけになりそうだ。


 そう、思っていると。


『な、なんですかあれは!』

「なに!?」


 驚愕するエマ。

 そんなエマの視線を追いかけて前方をみた。


 俺も、驚愕した。


 崩れた建物の陰から現われたのは、およそドラゴンとは呼べない生き物だった。


 自然物に似つかわしくない造形。

 何種類ものものを「つぎはぎ」したような見た目だった。


 前足と後ろ足がまるでちがっていて、体の左右に違うタイプの羽を生やしている。

 何よりも、まったく違うタイプの首が二つある。


『……キメラ』


 ユーイがぼそりとつぶやいた。


「キメラ?」

『そう。ドラゴンを改造したもの。何種類ものドラゴンをつぎはぎした合成魔獣』

「ーーっ!!」


 瞬間、俺は全てを察した。

 これが、多くを知らない方がいいことの理由だ。

 その、「入り口」だ。


『ぐおおおおお!!』

「ーーっ!!」


 キメラがこっちを見つけた。

 天を仰いで咆哮した直後、口から炎を吐いてきた。


 それに反応して、避けようとした――瞬間。


 避ける前に、もう一つの首が白いなにか――吹雪を吐いてきた。

 左右の口から炎と吹雪をそれぞれ吐いてきた。


 普通のドラゴンじゃ到底できないことだ。


「避けろ!」


 俺は右に飛んだ。


 戦闘反応の早いエマはすぐさまついてきて、ユーイは遅れてついてきた。


 遅れたユーイの胴体に炎がかすめた。


『……ッ』


 ユーイは明らかに苦しそうに呻いた。

 大丈夫か――と聞く暇さえもなく、キメラは更に攻撃をしかけてきた。

 炎がユーイをかすめたのでそれに味を占めてか、キメラは連続で炎を吐いてきた。


『シリルさん!』

「くそっ!!」


 俺は両手を突き出した。


 九指炎弾――炎弾を連射して打ち合った。


 両方の炎がぶつかり合って、爆発を起こした。

 爆炎の中で、俺はユーイに。


「姿を消してくれ」

『ん』


 いつにも増して短いはっきりとした返事。

 その直後、俺達三人は姿が見えなくなった。


「声をだすな、ゆっくり移動するぞ」


 エマとユーイに触れて、二人を連れて移動する。


 炎が渦巻く中その場から離れた。

 物陰に隠れてから、ユーイに指示をだす。


「もういいぞ」

『わかった』


 俺達の姿が戻った。

 物陰から、キメラを観察する。


 俺達を見失ったキメラは周りをさまよって探していた。


『どうしてあんな……』

「どうしてなのかは知らないけど、あれが答えかもしれないな」

『答え?』

「ついてこい。ユーイはいつでもできるように準備してて」


 俺はそういい、二人を連れて歩きだした。

 キメラから離れて、牧場の中をこっそり探索した。


 キメラの物音を聞きながら、それから距離をとって探して回る。


『ドラゴンが……いない?』

「あいつだけって訳だ。六種類のドラゴンがいるんじゃない、六種類のドラゴンを組み合わせた一人がいるだけだ」

『あっ……』


 俺の説明にエマがハッとした。


『じゃ、じゃあ、痕跡は全部あのキメラの?』

「そういうことだろうな」

『どうする、の?』


 ユーイが聞いてきた。


「話せるといいんだが」

『できるんですか?』

「やってみる。ユーイとエマは離れててくれ。俺が近づいて話してみる」

『そんな! 危ないです!』

「話すだけだ。それよりも俺が合図したらまったく関係ないところを攻撃して気をそらしてくれ。その間に逃げる」

『わ、わかりました』

「逃げてる最中は擬態もたのむ」

『ん……』


 二人と簡単な打ち合わせをした後、離れてキメラの方に向かった。

 近づいていくと、向こうがこっちを見つけた。


『ぐおおおおおぉぉぉぉぉ!!』


 絶叫、いや咆哮か。

 それとともに、左の首が伸びて噛みついてきた!


「くっ! よく見たら頭と首は別もんか!」


 とっさに避けつつ、悪態をつく。

 細かいつぎはぎをしている事に気付いて、ますます嫌悪感が沸き上がった。


「話を聞いてくれ! 俺の声が聞こえるか!」


 避けつつ、話しかける。


『ぐおおおおおぉぉぉぉぉ!!』

「何か返事をくれ!」

『ぐおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

「くっ、ダメか!」


 俺は避けつつ、反応のないことに眉をひそめた。

 聞こえてくるのは咆哮のみ。


 ふつう、ドラゴンであれば、絶叫とか咆哮とかしても、俺の耳にはそれなりに意味のある言葉に聞こえる。

 しかし、今はそれがない。


 俺はドラゴンの言葉が分かるだけで、他の動物の言葉は分からない。

 例えばライオンがいくら叫んでも俺には叫び声にしか聞こえない。


 今のがそうだ。

 つまり、目の前にいるのはドラゴンではなく別の何かの生命体、ってことになる。


「命をなんだと思ってやがる!」


 俺がそう、この事を引き起こした顔も知らない連中に悪態をついていると。


(……シテ)

「むっ!?」

(コロ、シテ)


 声が聞こえた。

 はっきりと言葉が分かる声だ。

 しかし声そのものははっきりとした声じゃない。

 空耳とか幻聴とかに近いような声だ。


 だが、俺は確信する。


「これはお前の声か!」


 それは、目の前のキメラの声なんだと。


(ワタシヲ、コロシテ)

「何故!?」

(クルシイ……ツライ……シニタイ……)

「ちっ!」


 まともな会話にならなかった。

 意識がかなり混濁してる。

 もう正気さえもなくて、ぎりぎりで人格が保たれている、ってことなのか。


(コロ、シテ……)

「……」


 俺は立ち止まった。

 息を大きく吸い込んだ。


 やるしか、ない。

 賭けになるけど、やるしかない。


「……すまん」


 俺は駆け出した、キメラに向かって突進していった。


 キメラは咆哮しつつ、右の首を螺旋を描かせる様に伸ばしてきた。


 そして、俺に噛みつく。

 俺は両手を突き出した。


 九本の指を全部前に突き出した。


「全開だ」


 と呟いた。

 次の瞬間、炎弾を連射した。


 九指炎弾の連射。

 九、十八、二十七、三十六――。

 九の倍数でとにかく連射した。


 出し惜しみすることなく、出発する前にため込んできたエネルギーを、全部キメラに向かって吐き出した。


 大きく開け放った口が急所になった。


 炎弾が次々と口の中にぶち込まれていく。

 口が、首が、腹が。


 徐々に膨れ上がった。


 そして――爆発。


 キメラの体が爆ぜた。


 爆煙の中、白い塊が見えた。

 ウニのトゲトゲが全部クリスタルになったような、そんな塊。


 核。


 という言葉が頭にうかんだ。

 それは正しかった。


 その証拠に、おれが核だと思ったものが。


(ありがとう、やっと、逝ける)


 そんなことを言ってきた。


 核を取り巻くつぎはぎの肉体が消滅したことで、なんらかの呪縛があったのが解き放たれたんだろう。


 だから、俺は。

 突進した。


 核に向かって突進した。


 そして、懐に在ったものを取り出し、核に突きつけた。


 フェニックスホーン。


 これが――俺の賭けだった。


     ☆


 拠点パーソロン、竜舎の中。


 クリスとコレットが顔をつきあわせていた。

 コレットは立ったり座ったりして、そわそわと落ち着きがない。


『くはははは、そう心配するな』

『あ、あたしは別に!』

『心友なら死なぬよ、我の骨を持たせたからな』

『え? 骨って、あの?』

『あの』


 クリスははっきりと頷いた。


 フェニックスホーン。

 死んだときに身代りになって、一命を取り留めてくれる神具。

 それをクリスはシリルに持たせた。


『も、持たせたんだ』

『当然。我がいる限りつまらぬ死に方はさせぬよ』

『そ、そうなんだ……』


 コレットは見るからにほっとした。

 クリスの力、神の子フェニックス種の加護で命は守られると知って、コレットは安堵した。


 そんなコレットの反応も面白いとクリスは思っていたが、それ以上に。


『さて、心友はそれをどう使う?』


 シリルの、フェニックスホーンの使い方が気になった。


『貴重な道具の使いかたで器が見えてくる。我に見せてくれ心友』


 クリスは楽しげに、そして器用に口角を持ち上げた。


     ☆


『……あれ?』


 光が収まった後、目の前に一頭の小型種がいた。

 小型のドラゴンは、自分が生きている事に気づいて、驚いた。


『どうして生きて……それに元の姿に!?』

「成功したみたいだな」


 俺はほっとした。


 賭け(、、)に勝ってホッとした。


 本人も言ってたが、あの手の呪縛は、死なないと解放されない。

 だから――殺した。


 一旦殺して、呪縛が解けたところで、クリスが念の為に持たせてくれたフェニックスホーンを使った。

 そうして、キメラの呪縛が解き放たれて。


 一人の、小型種に戻ったのだった。

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