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40.素敵なご主人様

 俺はエマとユーイを連れて、パーソロンから出発した。


 街道沿いに、エマとユーイの二人と並んで歩いていた。

 俺は結構な早歩きで、ちょっとだけ息が上がっている。


 走るとすぐにバテるから、バテて動けなくならないギリギリの速度で歩いた。

 人間の俺は体力ギリギリの早歩きだけど、ドラゴンはさすがに身体能力が人間よりも遥かに高いから、この程度の移動速度では疲れそうな気配はまったく見せていない。


 もうちょっと速度あげられそうかな――と思っていると。

 そんな俺に、エマが横から話しかけてきた。


『目的地までどれくらいですか、シリルさん』

「ふむ」


 俺は頷きつつ、懐から地図を取り出して、広げた。

 ローズが使いの者をよこして届けてくれた地図だ。

 そこにはボワルセルの街と俺達の拠点パーソロン、そして目的地であるエタン牧場の場所が記されている。


 俺はそれを見つめつつ、頭の中で計算しながらエマの質問に答えた。


「地図だと街道沿いにいって、エクリプス川の手前で曲がって東にいった先の、ヌレイエフ山の麓近くに――」


 地図から読み取った内容を話したが、途中でエマがちんぷんかんぷんな顔をしてたから詳しい話はすっ飛ばした。


「――まあ街道沿いに行って半日ってところかな」

『もっと早く行けないんですか? 途中で曲がるのなら、直接向かった方が早いと思いますけど』

「それだと道にならないから」


 俺は地図を見ながら微苦笑した。

 ローズが用意してくれた地図はそこそこ詳しい内容まで書かれているものだ。

 たしかに、エマが言うように途中で曲がるんだから今から直線で行けば距離はかなり短くなるが。


「草原続きで、人間の俺の足だと逆に遅くなりそう」

『だったら私が乗せていきます』

「それはやめよう」

『どうしてですか?』

「今度は戦闘になる。無理して強行軍して、戦う前に体力を消耗しちゃったら元も子もない。そもそもエマは運搬係に向いてないだろ?」

『そうですけど……それならルイーズを一緒に連れてくれば』

「ルイーズも無理はさせたくない。彼女とは眠い時は寝かせるって約束だからな。無理に連れてきて途中で寝落ちしたら大変だ」

『そういう時は命令しちゃえばいいんじゃないですか。緊急事態ですし』

「命令……?」

『服従の輪、という竜具を使えば』

「ああ、あれか」


 俺は微苦笑した。


 服従の輪。

 それは名前通りの竜具だった。


 形はドラゴンにつける首輪が大半だが、一部のドラゴンのサイズに合わせて、首輪以外の形もある。

 効果の方は共通している、それをつけたドラゴンに無理矢理命令をする事ができるものだ。


「あれは好きじゃないんだ、無理矢理ドラゴンに命令するってのがもう好きじゃない」

『でも、緊急事態ですし』

「エマ」


 俺は真顔でエマをみた。


『は、はい』


 エマはちょっとだけたじろいだ。


「例外って、一度作ってしまうと、じゃああれも、そしてこれも――って感じで例外だらけになっていくものなんだ」

『例外……』

「俺はドラゴンに無理矢理命令したくない、緊急事態であっても。そこに例外は作っちゃだめだ……と、思う」

『はい……すみません』


 シュン、とうなだれるエマ。

 俺はそんなエマをポンポン撫でた。


「エマは全く悪くない。俺が頑固なだけだ」

『そんなことないです、むしろ素敵です』

「素敵?」

『はい、普通の頑固な人間と違って、頑固な所以外はすごく頑張ってるからです。ただ頑固な人だとこんな風に必死に急がないです』

「あはは」


 褒められてちょっと照れたから、笑いだけ返した。


『こういう人間ってかなり少ないの知ってます。えっと……確かこういう人達を指す事があったはずです……』


 エマはうーんうーん。


『……職人?』


 反対側から、今まで黙っていたユーイがぼそっとした口調で言ってきた。


『そう、それです! 職人気質って感じです。頑固ですけど、頑固だけじゃなくてこだわりもあります。自分にも厳しいです』

「ああ、なるほど」

『ただ頑固な人だと自分には甘いですから』

「そういうものかもしれないな」


 俺は早歩きを続けたまま、小さく頷いた。

 エマの言いたいことは何となく分かった。

 確かにそういう人種はいる、そして俺が今してることはそれに近いかもしれない。


「……ありがとうな、エマ」

『え? なにがですか?』

「……」


 俺はにこりと微笑み返して、なにも言わなかった。


 エマのおかげで、頑張れる様になった。


 実はちょっと前から息が上がってきてて、ちょっと休もうか――って考えが頭によぎりつつあった。

 でもエマは俺の事を「職人っぽくて素敵」って言ってくれた。

 そこまで言われると、やめるわけには行かなかった。


 俺も男で、見栄というものがある。

 褒められた直後からやめるというのはできなかった。


 それは今、いい方に作用したと思う。

 俺は自分の見栄に「乗っかって」、早歩きの気力を維持して、目的地に向かって急ぎ続けた。


     ☆


『……とまって』

「え?」

『シリルさん!!』

「――っ!」


 最初にユーイが気づいた。

 でもぼそっと言ったから、俺は事態に気づいていなかった。

 次にエマが叫んだ。

 そこでハッとした俺は、急停止して、真後ろに飛んだ。


 俺が飛んだ直後、それまでに自分が立っていた場所が爆発した。

 何かが飛んできて、そこを「えぐった」のだ。


 俺は更に距離を取った、「襲撃」されたと理解したからだ。


 距離を取って、相手の正体がわかると――驚いた。


「ルイ……? なんのつもりだ」


 そこにいたのはルイだった。

 かつておなじギルドにいた男は、三人のドラゴンを引き連れている。

 ドラゴン達は全員、エマと同じスメイ種だった。


 戦闘に向いているスメイ種、それが三人いて、フォーメーションを組んでルイを守っている。

 そのルイは、怒り心頭に発した顔で俺を睨んでいた。


「なんのつもりだと? しらばっくれるな!」

「何の事だ」

「てめえに行かれると困るんだよ」

「……正気か?」


 一瞬戸惑ったあと、行動の意味を理解した俺は、しかしルイの正気を疑った。


「当たり前だ! てめえに行かれるとうちのメンツが丸つぶれになるんだよ」

「メンツの話をしてる場合か! ……わかったそれでもいい、だったらリントヴルムはどうしてる」

「なに?」

「リントヴルムは事態収束の為に動いてるのか? そもそもおまえらが失敗したからこっちに話が回ってきたんだろ」

「そんなのてめえが気にする必要はねえ!」


 俺に怒鳴って、恫喝してくるルイ。

 これは間違いなくノープランだと悟った。


 もしも何かあれば、ルイの性格だったら嬉々としてそれをネタに俺を見下したりする所だ。

 それさえもしないって事は、まったくないっていう証拠。


 だったら――引き下がる訳にはいかなかった。


『何も変わってない……ひどいギルドです』


 エマが呟く様にいった。


「安心しろエマ、俺がなんとしても取り残されたドラゴンを助ける。なんとしてもだ」

『はい! シリルさんを信じます!』


 エマが語気からもにじみ出る位の信頼を向けてくれた。

 それが嬉しかった。

 そして、見栄とその先にある決意にもつながった。


 俺は頭の中で計画を練った。

 向こうのスメイ種三人に怪我をさせないようにしつつ、ルイだけを倒す方法を。


「いつまでもふざけやがって。お前ら! やっちまえ!!」


 ルイは手を振った。

 ドラゴンに出す、「攻撃開始」の合図を送った。

 それでスメイ種三人が俺に飛びかかって――来なかった。


「どうした! 攻撃しろお前ら!!」


 動かないスメイ種に苛立って、蹴り飛ばしつつ更に合図を送る。

 しかし小型種とはいえれっきとしたドラゴン、更に戦闘向けの種。

 ルイが蹴っ飛ばしたくらいでは蚊に刺されるほどのダメージもない。


 ルイを無視しつつ、三人は俺とエマを見つめていた。


『エマ、その人信用できるのか』

『うん、信用できるよミシェル。シリルさんの事をしらないの?』

『リントヴルムにいたのは知ってたけど、会ったことない』

『そうなんだ……うん、私が一番信用できる人間』


 同じ種同士だからか、エマは普段に比べて大分砕けた口調で話した。

 すると、それを向こうの三人が納得してくれた。


『わかった、行っていいぞ』

『いいの?』

『こいつの言いなりになるのはごめんだし』

『というかうちらも行きたいくらい』

『行っちゃうと面倒臭いから、ここでこいつの足を引っ張ってる』


 スメイ種の三人が口々にそういった。

 ルイの事をはっきりと見下したりするのもいて、普段からの人望のなさが浮き彫りになった格好だ。


 だが、これは助かる。

 ここでルイにかかわって力を消費したくない。

 特に俺の力は、大食いによるエネルギー貯蔵だから、いざって時までは使わないに越したことはない。


 必要な時も勿論ある、が。

 ルイごときにそれを使っちゃうのは勿体無い以外の何物でも無い。


「エマ、ユーイ。行こう」

『はい!』

『……ん』


 エマが大きく頷き、ユーイは相変わらずのローテンションでついてきた。


「てめえ! おいっ、何をしてるお前ら! あいつを殺れ!」

『……』


 スメイ種の三人は動かなかった。

 それどころか、これ見よがしに大あくびまでしている子がいた。


 会話で向こうの気持ちを知っている俺は、絶対に襲ってこないだろうという確信を持ちつつ、早歩きを始めた。


 ――が。


「てめえら……道具が舐めやがって!」


 ルイが逆上した。

 俺はそれを甘くみて「しまった」。


 人間がこの場合どう逆上したところで、戦闘向きのスメイ種には何もできないと高をくくってしまったのだ。


 それはある意味正しくて、ある意味間違っていた。


「――」


 ルイは手をつきだして、何かを唱えた。

 呪文っぽいのを唱えたあと、スメイ種の三人がいきなり苦しみだした。


『うぅ、うわあああああ!』

『や、やめろおお!』

『ギ……ギギッ……ギ、ギ、ギ……』


 三者三様の苦しみ方だが、共通点があった。

 それは、スメイ種達の首に何かが光っていると言うこと。


『服従の輪!』

「ルイ、お前!!」

「ふん――やれ!」


 ルイの号令に応じる形で、スメイ種達が飛びかかってきた。

 目が血走っていて、正気を失っている。


 服従の輪で無理矢理命令に従わせられたのだ。


 飛びかかってきたスメイ種達の攻撃を躱す。

 躱した先に追撃が飛んできた。


 これは躱しきれない――そう思った俺は地面に向かって炎弾を放った。

 炎弾が地面に爆発を起こして、砂煙を巻き起こした。


 砂煙に乗じて俺は大きく避けて、距離を取った。


「逃がすかっ!」


 ルイの怒号の直後、スメイ種が更に飛んできた。

 近接で襲ってきたスメイ種を文字通り「煙に巻いて」も、ルイからは丸見えだった。

 だから「操作」して一直線に俺の所に向かわせられた。


「てめえはここでくたばってろ!」

「ちっ!」

『シリルさん反撃してください! 私達はそんなにヤワじゃないです!』


 エマが叫んだ。

 それは、ある意味そうだ。

 スメイ種は小型だが、戦闘向きなだけあって、同じサイズのドラゴンに比べてタフだ。


『気絶するくらい思いっきりやって下さい! じゃないと動くだけで苦しいです!』


 それまたエマの言うとおりだ。

 操作されてるスメイ種、意志に反する動きをしてるだけで苦しそうだ。

 だからさっさと気絶するくらいの攻撃を与えて止めてしまうのが一番苦しまない方法である。


 戦闘に向いてて、かつ同じスメイ種であるエマは一瞬で最善の方法を言ってきた。


 それは正しい。

 が。


「ユーイ! 全力で俺を隠せ。自分もだ!」

『……ん』


 ユーイが相変わらずの感情に乏しい感じで応じると、俺の姿がすぅ――と消えた。

 ユーイの姿も消えた。


 自分の姿に背景を映して、事実上見えなくするユーイの技。


 動いてみる。

 ユーイが全力でやってるから、動いても俺に映ってる景色も変わって、見えないままだった。


「なに!? どこに消えた!」


 ルイは驚愕して、周りを見回した。


 スメイ種の動きが止まった。

 ルイの命令がなくなったから、攻撃がとまったのだ。


 とまったが、三人ともこっちを見ている。

 俺の事が見えてるのかってくらいこっちを見てる。


 おそらく見えてるんだろう。

 戦闘に長けたスメイ種が、何らかの形で俺の居場所をつかんでいる。

 が、ルイはつかんでいない。


 もしもスメイ種達が自分の意思で攻撃できてるのなら危なかっただろうが――ルイが無理矢理操っている状況だとどうもしなかった。


 俺は近づいていき、三人に迫って、炎弾で同時に服従の輪を撃った。

 三人の服従の輪が同時に炎上して――弾けた。


「なにっ!?」


 ルイは驚愕した、俺は姿を隠したままルイに肉薄する。

 そして――ボディにきっつい当て身を喰らわせる。


「ぐはっ……」


 ルイは一瞬だけ目を見開き、ヘドをまき散らしてから、白目を向いて倒れ込んだ。


「もういいぞ、ユーイ」

『……ん』


 俺とユーイは再び姿を現わした。

 エマが仲間たちのところに駆けていった。


『みんな大丈夫!?』

『ああ……とりあえずな』

『あのバカが思いっきり締めたせいでしばらくまともに動けそうにないけどね』

『よかった……』


 スメイ種達は弱っているが、たいしたことはなさそうで、エマはみるからにほっとした。


『あいつ!』

「やめとけエマ」


 倒れてるルイに飛びかかろうとしたエマを止めた。


『どうしてですかシリルさん』

「こんなのに力を使うのが馬鹿らしい。ドラゴンを助けるまで力は温存するんだ」

『あっ……シリルさんも……力使ってない』

「そういうことだ」


 俺の言うことを理解してくれたエマ。

 そう、俺もルイには力を使わないで、ただ無防備な所に当て身をたたき込んだだけだ。


 こいつに力を使うのも勿体無い、力は温存する。


『……うらやましいぞエマ』

『ほんとうほんとう』

『いいご主人様のところにいけたんだね。心配してたんだから』


 三人の仲間達の言葉に、エマは。


『うん! 最高のご主人様だよ!』


 と、満面の笑顔で答えたのだった。

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