04.姫様の救出
次の日の朝。俺は着替えた後、庭に出た。
庭の隅っこで、朝日を浴びながら、ルイーズが丸まって寝ている。
「ルイーズ」
『……』
ルイーズは無言で、丸まったまま片目だけ開けて俺を見た。
「仕事探しに行くけど、ルイーズはどうする?」
『……寝てる』
「分かった。午後くらいから仕事してもらうかもしれないから、それまでは寝てて良いよ」
『……ん』
俺はルイーズを家に置いて出かけた。
言葉が分かって、そういうやり取りが出来るから解る。
ルイーズはまだ、俺をちょっと警戒している。
さっきも、「寝てて良いって言ってたけど本当かな」という、試しが語気の中から感じられた。
まあ、それについては本気で好きにさせてやるつもりだから、そのうち分かってくれるだろう。
俺はいつも通りの道のりを通って、街の中心に向かった。
中心からちょっとだけ外れた役所の庁舎にやってきて、一階ロビーの掲示板に来た。
さて、今日はどんな依頼があるかな。
ルイーズがいるんだから、運搬系の依頼があるといいな。
それを目当てに依頼を探していると。
「あっ、いたいた。ちょっとあんた」
「え?」
後ろから声をかけられたので振り返ってみた。
するとそこに、一人のおばちゃんがいた。
「えっと……ローズさん、でしたっけ」
おばちゃん――ローズさんはニカッと笑った。
彼女はこの庁舎の役員で、この掲示板にはり出される竜騎士への依頼を取り仕切ってる人間だ。
これまで庁舎で二回ほど仕事を受けさせてもらったけど、全部彼女が担当して取り次いでくれた。
性格は見た目通りの「おばちゃん」。
豪快で細かい事は気にしない、フレンドリーで一気に懐の奥の奥まで踏み込んでくるタイプだ。
「探したよ」
「俺をですか」
「うん、あんた、この前カトリーヌお嬢様の依頼をやった人だよね」
「ええ、まあ」
「やっぱりね。ちょっとあんたに頼みたい仕事があるんだけどいいかい?」
「……喜んで」
俺はニヤっと笑った。
こういう「先」の事を考えてあの案件を引き受けたんだけど、意外と早くやって来たか?
俺はローズさんについていった。
すると、掲示板からの依頼を引き受ける窓口の奥にある部屋に連れてこられた。
そこは応接間の様な部屋になっており、そこで座らされた。
「なんで俺なんですか?」
まずはそれを聞いてみた。
「カトリーヌお嬢様が褒めてたからね。あのお嬢様に満足してもらえた野良は少ないんだよ」
「そうなんだ」
俺は頷いた。
因みに野良って言うのは、今の俺の様なギルドに入っていない竜騎士の事を言う。
フリーとか、その他にも色々呼び方があるけど、一番通っているのが「野良」という呼び方だ。
「だからそれを見込んで一仕事してもらいたいのさ」
「わかりました。どんな仕事ですか?」
「人捜し」
「人捜し?」
俺は首をかしげた。
人捜しなんて、普通は竜騎士に振ってくる仕事じゃないけど……。
「もちろんただの人捜しじゃない」
ローズさんの表情が変わった。
「極秘で」
「それはまた……穏やかじゃないですね」
「実は、姫様が行方不明になった」
「姫様?」
俺は首をかしげつつ、目線で聞き返した。
どういう姫様なのか、と。
物の例えとしての姫様、ということがある。
例えばカトリーヌも、あのタイプの子は時として「お姫様」って呼ばれる事もある。
もちろん本物の、「国」の姫様と言う可能性もある。
その場合――。
「それも含めて極秘だよ」
「……わかりました」
つまり本物って訳か。
カトリーヌみたいな物の例えとしての姫様だったら、ここまで素性を隠す必要はない。
本物の姫様――王女という立場の人間を探す仕事のようだ。
「詳細を話してもらえますか」
「ヒムヤーっていう山を知ってるかい?」
「ヒムヤー……ここから北に少し行ったところの山ですか?」
「ああ、そこで姫様の車列が消息不明になった」
「消息不明」
「昨夜の事だ。とりあえずまずは状況が知りたい――ということなのさ」
俺は少し迷った、が。
「わかりました。引き受けます」
この仕事を引き受けることにした。
☆
一旦家に帰ると、たっぷり寝たルイーズを連れ、北にあるヒムヤー山に向かった。
道中はルイーズに乗っていくことにした。
小型種だが、どっしりとした歩様で、楽なのはもちろんかなり快適安道中だった。
だが、快適なだけじゃいられない。
俺は眉をひそめて考えごとをしていた。
あの時一瞬迷ったのは、姫様がもしかするともう「死んでいる」という可能性を考えたからだ。
状況はまったく分からないが、消息不明から実は死んでいるという可能性は決して少なくない。
そうなった場合はやっかいな事になる。
だがもし姫様が生きており、見つけ出して助けることができたら、カトリーヌの件とは比較にならないほどの実績になる。
あの一瞬、迷ったけど俺は引き受けることにした。
そうこうしている内に、山の麓に辿り着いた。
「ここか」
『ここで何をするの?』
「人を探す。匂いを追えるか?」
『得意じゃないけど、人間よりはマシだよ』
「じゃあ頼む――これだ」
俺はそう言って、懐から封書を取り出した。
姫様直筆の書状を、ローズさんから借りてきた。
それを、ルイーズの鼻先にかざす。
ルイーズはクンクン、と鼻をならした。
「どうだ」
『いるよ』
ルイーズは即答した。
「もう分かるのか?」
『香料をつけてるみたいね』
「ああ、香水かな? そういうのつけてるだろうな」
『香料はきっついから。前に人間から聞いたけど、一滴を花何十本分から搾り出して使うんでしょ』
「そうみたいだな」
その辺は俺も詳しくは知らないけど、何となく、という程度で話は聞いたことがある。
『それを使ってるからすぐわかった』
「そうか、それを追ってくれないか」
『りょーかい』
ルイーズはそう言うと、俺を乗せたまま山道に入った。
普通に登れば下山する頃にはヘトヘトになっていそうな険しい山道だが、ルイーズはそこをすいすいと登っていった。
「にしても、お前すごいな」
『何が?』
「竜は鼻がきくって聞いたことがあるけど、こんなにすごいんだな」
『ふふん、たいしたことないよ』
ルイーズは上機嫌になった。
褒められると素直に喜ぶから褒めがいがある子だ。
『ねえ、これって仕事なんだよね』
「ああ」
『上手くいったらごほうびちょうだいよ』
「ご褒美? ああ、いいけど。何か欲しい物でもあるのか?」
『寝わら』
「寝わら?」
『ちゃんと干してて、ふかふかなのがいい』
「そうか。まあ、寝わらくらいいくらでも買ってやるけど――」
『本当!?』
「うわっ」
よほど嬉しいのか、ルイーズがちょっと「跳ねた」。
いきなりの事で振り落とされそうになって、慌てて彼女にしがみついた。
「ちょっとちょっと、危ないからもっとゆっくり歩いて」
『本当に寝わら買ってくれるの?』
「買うから」
『よし! じゃあちゃちゃっと探し物かたしちゃお!』
「うおっ!」
ものすごくテンションが上がったルイーズ。
俺の抗議もどこへやら――って感じで、山道をものすごい勢いで駆け上がって行った。
必死にしがみつきながらも俺はフッと笑った。
――道具に感情移入するヤツはいらん。
「……」
ふと、いやな言葉を思い出して、顔が自分でも分かるくらい強ばった。
今のも、あのギルドからすればあり得ない話だろうな。
が、俺はそうすることにしたのだ。
世の中のギルドの「普通」なんて知ったことか、俺は俺がやりたいように、俺のやり方で竜と付き合っていくんだ。
「うわっ!」
ようやく駆け上がるスピードにも慣れてきたと思ったら、今度は急ブレーキをかけられた。
危うく振り落とされそうになった。
「こ、今度はなんだ?」
『この下だよ』
「え?」
『匂いの持ち主はこの下にいる』
「この下って……」
俺は眉をひそめて、ルイーズから身を乗り出して下を見た。
そこは――崖だった。
「本当にここか――あっ」
乗り出して覗き込んだ俺は、十数メートル下に半壊している馬車を見つけた。
馬車の周りには何人もの兵士の格好をした連中が倒れてる。
中には、一目でもう転落死確実な見た目の人もいる。
「あの中か?」
『うん』
「そうか。さて、どう降りるか――」
『降りればいいの?』
「いけるのか?」
『よゆー』
ルイーズはそう言って、まったく躊躇なく飛びだした。
崖にあるいくつかの出っ張りを伝って、するするすると降下していった。
数秒もしない内に、馬車のそばにストンッと降り立った。
俺はルイーズから降りると、馬車の前に立った。
封書をとり出した。
馬車と封書に、同じ紋章が刻まれていた。
間違いなく、これが姫様の馬車だ。
俺は周りを見た。
兵士達がバタバタ倒れている。
ほぼ全員が手遅れな感じだ。
なら、姫様も?
俺はゴクリと生唾をのんで、馬車の中を確認するために手を伸ばした。
馬車の幌に触れた瞬間――パチッッッ!
火花が散って、俺の手が弾かれた。
「な、なんだ?」
『障壁だね』
「障壁?」
『取っちゃった方がいい?』
「……ああ、頼む」
『りょーかい』
ルイーズはそう言って、口を開いた。
口の先から光の槍が一本飛び出して、馬車を撃った。
光の槍が馬車に当たった瞬間、何かが割れて、ガラスがはじけ飛んだような光景が見えた。
『取ったよ』
「ありがとう、凄いな」
『えへへ』
ルイーズは嬉しそうにした。
俺はもう一度幌に手をかけた。
今度は弾かれることはなかった。
そして……中を見る。
中に、ドレスを着たいかにもお姫様な人がいた。
彼女は気を失っている――だけのようだ。
鼻先に指をあてる、息をしている。
さっと全身を見回す、大きな怪我とかはない。
「よく無事だったな」
『障壁に守られたんだろうね』
「……なるほど」
まだよく分からないけどそういうことか。
俺は姫様の頬を叩いてみた。
ペチペチと軽めに。
肩も揺すってみた。
すると、それが功を奏したのか。
「う……ん」
姫様がゆっくりと目を覚ました。
「私、一体……っ! きゃああああ!」
目覚めた瞬間、俺を見た姫様は悲鳴をあげた。
「あなた、何者ですか! 無礼ですよ!」
「落ち着いてくれ、怪しい者じゃない。あんたの捜索に来たんだ」
「捜索? ……あっ」
「周り」を見た姫様が急速に落ち着いた。
兵士達の死体を見て逆に気を落ち着かせるとは。
この姫様、なかなかのもんだな。
「そうでした、私……」
「状況が分かったみたいだな」
「私以外に助かった者は?」
「いない……みたいだな」
俺は周りを見回した。
「あんたはこの馬車に助けられたみたいだな。周りの人はそうはいかなかったようだ」
「そうでしたか……」
「とにかくまずは助ける」
「まって、この人達を――」
「道は覚えてる。後で回収にくる」
「……分かりました」
姫様は観念して、受け入れた。
俺は彼女を馬車から連れ出して、ルイーズの前に連れて来た。
「竜、ですか」
「ええ。申し訳ありませんがこれに乗って頂きます。馬車ほど快適ではないでしょうが」
「いいえ、感謝します」
姫様は大人しくルイーズに乗った。
「二人運べるか?」
『寝わら』
「もちろんだ」
『まっかせて』
ルイーズはテンション高いままに応じた。
俺が飛び乗った後、そのまま歩き出した。
バラウール種特有の安定さがものをいった。
姫様を乗せても、乗り心地を心配しないで済む安定さだ。
そんな姫様は、俺を見つめていた。
「どうかしましたか?」
「あなたは竜騎士なのですね」
「ああ、野良のな」
「野良……ですか」
俺を見つめていた姫様は、なにやら難しい表情をした。
「どうかしたのですか?」
「野良というのは……つまり?」
「ああ、ギルドに入ってない根無し草ってことさ」
「ギルドに入っていない……あなたほどのお方がなぜ?」
「うん?」
なんかものすごく買われてるぞ?
さっきであったばかりなのに何でだ。
それが分からなくて、俺はストレートに聞くことにした。
「そんな大それた人間じゃないですよ。何でそう思うんですか?」
「この子」
姫様は乗っているルイーズの背中にそっと手を触れた。
「この子の目が、あなたを心から慕っている目だから」
「……ふむ?」
「竜は初めてですが、他の生き物とそんなにかわりはありませんでした。この子はあなたをすごく慕っています」
「そうなのか」
俺はルイーズをみた。
彼女は俺と姫様の会話には入ってこないで、スタスタと山道を進んでいた。
「竜に慕われるのが一流の竜騎士と聞いたことがあります」
「まあ、それは」
そんなに間違いでもない。
「そんな一流の人が、何故野良? なのか」
「まあ、色々あるんですよ」
「はあ……」
そうなんですね、と姫様は不思議そうにつぶやいたのだった。
☆
俺は姫様をボワルセルの街まで連れ戻って、役所まで案内した。
話を聞いて、庁舎の中から出てきたローズさんはびっくりしていた。
「もう見つけたのかい」
「ああ、姫様だ」
「ちょ、ちょっと待っとくれ。上の人を呼んでくる」
ローズさんは慌てて庁舎に駆け込んだ。
予想よりも早く連れ戻して来れたのなら、報酬はもちろん、評価もまた上がるかな。
そんなことを思っていると。
「あの……」
姫様が話しかけてきた。
「なんでしょうか、姫様」
「本当にありがとうございました。なんとお礼を申し上げれば良いのやら」
「いえ、仕事ですから。ちゃんと役所から報酬ももらいますので、お気になさらず」
「そうですか……あの、これを」
姫様が懐から一枚の布を取り出して、俺に差しだしてきた。
俺はそれを受け取って、まじまじと見つめる。
「これは……」
「これをお持ち下さい、わたくしの紋章をあしらっております」
「ああ」
もう一度みると、確かに封書とか馬車とかと同じ紋章があった。
「なにかあったらこれを使って私の所をお訪ね下さい。できる限りお力に」
「……ありがとうございます」
俺はそう言って、恭しく頭を下げた。
どうやら仕事のボーナスとして、姫様との繋がりを持てたようだ。