39.リーダーの素質
拠点パーソロンに戻ってきた俺は、竜舎で全員と向き合っていた。
人間はジャンヌ。
ドラゴンはルイーズ、コレット、エマ、クリス、ユーイ。
ギルド『ドラゴン・ファースト』の勢揃いだ。
「とりあえず、エマとユーイに一緒に来てもらう。荒事になるから、頼りにしてる」
『わかりました! がんばります!!』
『ん……わかった』
エマとユーイはそれぞれのテンションで応じてくれた。
『ねえ、あたしは?』
コレットがちょっとだけ不満っぽい声で聞いてきた。
「コレットは待機だ。採鉱をしててくれ」
『なんであたしはそれをしてなきゃいけないのよ!』
コレットは怒りだした。
「今回は救出、戦闘になる。だからエマとユーイが適任だ。コレットは戦闘得意じゃないだろ」
『そ、それくらいできるし! 相手全員丸呑みにして空気入らないようにすればいいじゃん』
「それはエグい」
コレットの言ったことを想像して、俺は微苦笑した。
相手を丸呑みにして空気入れないって事は、漆黒の中で窒息していくってことだ。
下手な拷問よりもエグいな、と苦笑いするしかなかった。
それはそうとして。
「コレットはやっぱり留守を頼む」
『だから――』
「家を守って、普段の事を続けるのも大事な仕事だ。何が何でも全員出撃するわけにはいかないからな」
『――守る?』
「そうだ。帰る場所を守る、ってヤツだ」
『……ふ、ふん。そういう事ならやってあげてもいいけど』
「ありがとう。ああ、それと俺が出る前の大事な下準備があるから、それを頼まれてくれないか」
『わかった』
コレットは納得して、頷いてくれた。
無事説得できたようだ。
「ジャンヌ、コレットと一緒にボワルセルの街に行ってくれ。さっき言ったとおりに」
「わかりましたわ。さあ行きましょうコレットちゃん」
ジャンヌは聞き分けが良くて、コレットと一緒に竜舎を出て、一旦ボワルセルの街に向かった。
「クリスもここを守ってくれ」
『我もついて行かなくていいのか?』
「クリスは切り札だから、大事な拠点を守ってて欲しい」
『ふははははは、切り札か、ならば仕方ないな』
『あたしはどうすればいいの、ゴシュジンサマ』
「ルイーズは寝てていいよ」
俺はにっこり微笑みながら、ルイーズにいった。
『いいの? それで』
「できないことを無理にする必要はない。どこかでルイーズの力が必要な時も来るから、そういう時に頑張ってくれればいい」
『ん、わかった』
コレットと違って、ルイーズは聞き分けが良く、あっさり引き下がってくれた。(クリスはまあ色々別枠)
次に……って思いつつ、ユーイの方を向く。
「能力を確認させてくれユーイ。擬態の能力なんだけど」
『ん……』
「目的地にこっそり潜入する場合も考えられる。俺達を敵から見えなくする、っていうのはできるのか?」
『人間は無理。ドラゴン――』
そう言って、ちらっとエマを見る。
『――はできる』
「そうか」
俺ができないとなると、潜入は難しそうだな。
『くははははは、ならばツンデレ娘を連れて行くのはどうだ?』
「なんでコレットを?」
『心友があの娘の腹の中に隠れて、無愛想娘にツンデレごと見えなくしてもらうのだ』
「面白い発想だな」
……。
『どうした心友、何を考えている』
「ああ、いま頭に何かひらめいたんだけど……」
俺は熟考した。
頭にひらめいたぼんやりとしたイメージを拾い集めて、はっきりとしたものにするようにくみあげた。
しばらくして、ユーイに振り向く。
「ユーイ、人間でも見た目は変えられる、よな?」
『ん、それはできる』
「見た目を景色に変えるのは?」
『景色?』
ユーイは首を傾げた。
「例えば……」
俺は周りを見た。
そして一番近くにある、竜舎の建物の壁に背中をつけるように立った。
「こうすると壁は見えないよな」
『ん』
「俺の姿を壁と同じようにするって事は?」
『……やってみる』
ユーイは少し考えてから、動いた。
次の瞬間、俺の姿が歪んだ。
歪んだあと、俺は自分を見た。
顔は分からないが、自分の体が「壁に」なっている。
まるで自分の上に「壁」という絵を描いたかのような感じだ。
『ほっほ……なかなか面白いではないか』
「クリスにはどう見えてる?」
『うむ、心友の狙い通りだ。背景にしか見えぬ、心友の姿はまったく見えぬ』
「これなら実質見えなくなる……けど」
『けど、なんだ?』
クリスが聞き返してくる。
俺は少し動いた。
俺に「壁」という絵を描いて見えなくした、という擬態は、俺がちょっと動いただけで違和感がでた。
『ふむ、なるほど』
「動いた後に合わせることはできそうか、ユーイ」
『できる……けど』
「けど?」
『疲れる……かも』
「なるほど」
いちいち「書き換える」ってことだもんな。そりゃ疲れもするだろうな。
俺は少し考えて、いった。
「無理してもいいことはない、いざって時に頼む。」
『……わかった』
『くははははは、面白い所を見せてもらったぞ心友』
「面白い所?」
『ドラゴンの力をうまく活用、アレンジするとはな。さすがだ』
「必要だったからな」
『我の力もそのうち頼むぞ』
「ああ」
俺は微苦笑しつつ頷いた。
クリスは多分、俺よりもずっと賢い。
神の子だし、実質何百年、何千年も生きてるからな。
まあでも、それはあえて言うまでも無いことだ。
☆
一時間くらいして、ジャンヌとコレットが戻ってきた。
『これでいい?』
「ああ」
俺は頷いた。
竜舎の外、シートを敷いた屋外の地面に、大量の食べ物が置かれていた。
ほとんどが肉・肉・肉! って感じのラインナップ。
思いっきり宴会ができる位の量で、人数で例えれば50人前はあろうかという食事の量だ。
それをジャンヌに買い出しに行ってもらって、コレットの胃袋に入れて運んできてもらったのだ。
「ありがとうコレット」
『別に楽勝だったから』
「そうか、それでもありがとう」
『……ふん』
コレットは何故か素っ気なく顔を背けてしまった。
一方で、ジャンヌが不思議そうな顔をして聞いてきた。
「シリル様、これはどうなさるのですか?」
「食べるんだ、俺が」
「シリル様が!?」
「ああ」
俺は頷いた。
「契約したスキルで、食べた分を食べた分だけ純粋なエネルギーに蓄えられるんだ」
「食べた分……」
「食べれば食べる程戦えるって訳だ」
「はあ……そうなのですね」
ジャンヌは感心半分、驚き半分って顔をした。
俺は地べたに座った。
量が多すぎて家の中に広げられずに外にだした宴会並みの食事を胃袋の中に入れていった。
たぶん、戦いはある。
だからエネルギーは多めに蓄えて行かないといけない。
俺はとにかく食べた、食べまくった。
食べた分をエネルギーにできるから太らないが、食べてるうちに徐々に「飽きて」くる。
特にエネルギーにしたくて、買い出しのジャンヌには肉を多めに頼んだが、それが思いっきり飽きてくる。
それでも、俺は食べ続けた。
飽きてきて気持ち悪くなっても、体にエネルギーが蓄えられていくのが感じられるから、俺は頑張って食べ続けたのだった。
☆
限界を超えて食べ続けるシリルを、ジャンヌもドラゴンも、全員が見守っていた。
『ゴシュジンサマ、苦しそう』
ルイーズがつぶやいた。
シリルの顔色がはっきりと悪くなっている。
まるで大食い競争の様に限界をこえて腹の中に詰め込んでいるため、顔色が目に見えて悪くなっている。
それでも戦闘用のエネルギーを蓄えるという、絶対に必要な事だから、シリルは続けているし、誰も止めようとはしなかった。
『変な人……』
『どういう意味ですかユーイさん』
エマがユーイの呟きに反応した。
『私達には無理するなっていうのに、自分は無理してる』
『それがゴシュジンサマだから』
『そう……』
『あんた達、ちゃんと働きなさいよね。ヘマしたら承知しないんだから』
コレットがエマとユーイ――シリルについて行く二人に言った。
『勿論です! 死ぬ気で頑張ります』
『ん……できるだけ、やる』
返事に温度差はあったが、エマは勿論、ユーイも目が少し真剣になっていた。
『くははははは』
それを見ていたクリスが愉快に大笑いしていた。
言葉ではなく、自ら率先して動いて、その結果部下をその気にさせて、より本気を引き出す。
クリスは、シリルに類いまれなるリーダーの素質があると、人知れず感心していたのだった。




