38.尻拭い
拠点パーソロン。
元荘園だったここに名前をつけて、本格的に引っ越してきた。
人間が使う家はもちろん、竜舎も落成したから、ボワルセルのまちの家は保持したまま、こっちに越してきた。
そんなパーソロンの中、散歩がてらに歩いていると。
「あの……シリル様」
「ん? どうしたジャンヌ」
横で一緒になって歩いているジャンヌが話しかけてきた。
変装した彼女をみて、姫様だと分かる人はまずいないだろう。
そんな彼女は、おずおずとした感じで、横にある家と竜舎を見比べていた。
「シリル様の家、竜舎よりもかなり作りが簡素に感じられますが」
「ああ」
「どうしてですか?」
「どうしてって、ドラゴンあっての竜騎士ギルドだからだよ」
俺はジャンヌを見つめ返して、答えた。
「ドラゴンがいないと竜騎士ギルドは成り立たないからな。まあ、予算的にちょっと足りないからこっちが割を食った、っていうのもあるけど」
俺は肩をすくめて、おどける様にいった。
「足りないから、竜舎を優先した……ということなのでしょうか」
「そういうことだな」
俺ははっきりと頷いた。
「本当にドラゴン・ファーストなのですね……さすがです」
「うん?」
「口で言うのは簡単ですけど、言行一致出来る人をわたくしほとんど知りませんから」
「そういうものなのかな」
俺はちょこんと小首を傾げた。
言ってること通りに動くだけの何が難しいのか、今ひとつ分からない。
『シリルさーん!』
道の向こうから、エマが走ってきた。
ちょっとした馬と同じサイズのエマは、ほとんど全力疾走に近いスピードで走ってきて、俺の前にピタッ! と停まった。
「おー、エマ、そんなこともできるのか?」
『え? そんなことって?』
「今ピタッととまっただろ。全力で走ってきたんじゃないのか? それで止まれるって凄いなって」
『あ……ありがとうございます』
エマは俺に褒められて、ちょっと照れた。
『他のドラゴンと戦う時って、こういう風にピタッと停まれると切り返しとかしやすくなりますから』
「ああ、なるほど」
俺は大きく頷き、納得した。
スメイ種のエマ。
スメイ種は小型種の中で「攻撃」に特化した能力を持ち、その戦闘能力は小型種の中で突出してる種だ。
ドラゴン・キャリアになる大型種にスメイ種を大量に乗せて、戦場についた後スメイ種を出撃させる、という戦法は超大手ギルドや国の軍隊とかがやってる。
そんなスメイ種の能力を改めて知る日常のワンシーンになった。
「それよりも、俺になんか用でもあったのか?」
『あっ、そうでした! シリルさん、シリルさんにお客さまです。パーソロンの入り口でまってます』
「客? わかった。ジャンヌ、一緒に来てくれ」
「はい!」
ジャンヌを連れて、エマが駆けてきた方に向かっていった。
暫く歩いて、拠点パーソロンの入り口。
簡単な木柵で囲んだ所につけられたこれまた簡素な正門の所にやってきた。
このあたりもいずれ資金に余裕ができたら――って思ってるところだ。
その正門のところに、一人の青年が立っていた。
「シリル・ラローズだ。あんたは?」
「リノっていいます。ローズさんの使いできました」
「ローズさん?」
「はい、すぐに庁舎まで来てほしいとのことです」
「わかった、すぐにいく」
「ありがとうございます」
リノはそう言って、振り向き、小走りで去っていった。
ボワルセルの庁舎に戻って、ローズに報告するのだろう。
しかし……すぐに来てくれって。
「何かあったのか?」
不思議に思った俺はしばし首をかしげていた。
☆
ボワルセルの庁舎の中、いつもの応接間。
ジャンヌと一緒にやってきた俺は、ローズと向き合って座っていた。
「すまないねえ急に呼びだして……その子は?」
ローズは俺の横にいるジャンヌのことを聞いてきた。
「ギルドに新しく入った子です。名前はジャンヌ」
「よろしくお願いします」
ジャンヌはしずしずと頭を下げた。
「へえ……どこぞのお嬢様でも捕まえてきたのかい」
「え?」
「振る舞いがやたら上品だね。商人の娘、いや没落貴族の娘あたりかね」
なんというか、一瞬でローズに見破られていた。
言葉遣いをジャンヌは気をつけているみたいだが、所作からあふれ出る気品までは変えられなかったみたい。
「その、わたくし――いえわたしは」
見破られたジャンヌはちょっとだけパニックになっていた。
俺は手をかざして、ジャンヌを止めつつローズに微笑み返した。
「まあそんなもんです。それよりも俺を呼び出したのは?」
躍起になって否定するものでもないから、と認めつつ話を先に進めた。
「ああ、そうだったね。先に言っちゃうけど、尻拭いみたいな事をさせてしまうけど……いいかい」
「尻拭い、ですか」
「ああ。リントヴルムがちょっとドジふんじゃってねえ」
ローズは眉をひそめて、困った表情でいってきた。
リントヴルム。
かつて俺が所属していた竜騎士ギルドで、方針が合わずに俺を追放したギルドである。
有名なギルドで、このボワルセルだと最大手ってところだ。
人間もドラゴンも揃っているなかなかの実力派なんだが。
「何をしくじったんです?」
「とあるドラゴン牧場で事故ってね。スタッフは全員逃げ出せたんだけど、ドラゴンがそのままなのさ」
「……むぅ」
「シリル様……」
ジャンヌに手をかざしつつ、自分の眉を揉みしだいた。
自分でも顔が強ばったのを実感している。
「流石に全部のドラゴンを見殺しにするのもねえ、ってことでリントヴルムに救出を依頼したんだけど、連中も失敗してね」
「それで俺に御鉢が回ってきた、と」
「正直いって尻拭いさ」
「そうですか、まあ――」
「ここか!」
俺が答えようとしたその時。
パン! と乱暴にドアが開け放たれた。
いきなりなんだ――と俺もジャンヌもローズも、ドアの方に一斉に視線を向けた。
ドアを開けて中に入ってきたのは、男の二人組だった。
「ルイ……それにエリク」
どっちも見知った顔だ。
ちょこちょこ街中で会うルイと、あれ以来久しぶりの再会になったエリク。
どっちもリントヴルムの所属で、エリクに至っては三番隊の隊長という、幹部の人間だ。
そのエリクが、俺を一瞥しただけでローズに詰め寄った。
「おい! うち降ろすってどういう事だ!」
「後で話をするって言ったろ」
ローズは困った顔で言った。
「今はこっちの――」
「うちが一度受けた話だ。ちゃんとこっちに話を通す前に他に持ってかれるとかメンツが丸つぶれだ」
「……どうしろって言うんだい」
「まずは正式に書類で――」
「ローズさん」
俺はエリクの言葉を遮って、立ち上がった。
立ち上がって、ローズさんを見下ろした。
「すぐにでます。うちのドラゴンをかき集めてきますので、場所とか注意事項をおくって下さい」
「ああ、わかった」
「おい! お前!!」
今度はルイが俺に怒鳴ってきた。
エリクの目配せで怒鳴ってきたルイは、ただの使いっ走りのチンピラに見えてしまった。
「メンツの話はゆっくりそこでしててくれ」
「なにぃ!?」
「ドラゴンたちの命がかかってるんだ。悪いがこっちは先に行かせてもらう」
俺はそう言って、振り向いて歩き出した。
「待てよ! 話は――」
ルイは俺の肩をつかんできた。
肩をつかんだ手が燃え上がった。
「ぎゃあああ!? な、なんだこれは!」
ルイはパッと手を離した。
エマの炎弾と、クリスの炎無効化の組み合わせ。
それで肩ごとルイの手を燃やしてみた。
ルイは手を引いて、慌てて炎を消そうとする。
エリクが愕然とした顔で俺を見ている。
「お前……そんな力をいつ……?」
「……」
俺は答えず、無言で部屋を出た。
ジャンヌが追いかけてきて、肩を並べて廊下を歩いた。
「なんなんでしょうか、あの人たちは」
「ん?」
「いきなり怒鳴り込んできたかと思えば、メンツとかの話ばっかり」
「まあ、そういう所だ。リントヴルムは」
俺は肩をすくめた。
昔からそうなのは知っていたから、驚きに値しない。
「それに比べて……やっぱりシリル様は素晴らしいです」
「ドラゴン・ファーストなだけだ。さて、急いでパーソロンにもどって準備をしよう」
「はい!」
俺は、大きく頷くジャンヌを連れて、急ぎパーソロンに戻るのだった。




