36.名声の副産物
あくる日の昼下がり。
屋敷と竜舎が繋がっている所の敷居に腰を下ろして、ドラゴンたちと世間話をしていると、まったく知らない人間がたずねてきた。
初めて見る顔だが、商人っぽい格好をしてたから、門前払いにはしないで、とりあえず応接間に通して話を聞くことにした。
応接間の中、向き合って座ると。
「お初にお目にかかります、当方、ローラン商会代表、ローエン・ローランと申します」
「えっと、シリル・ラローズだ」
「存じ上げております。今をときめく竜騎士ギルドの代表たるラローズ様にお会いできて光栄です」
「今をときめく?」
俺は少し首をかしげた。
「はい。まだまだ少数ですが、業績や所持しているドラゴンなどから、間違いなくこの先『伸びる』と目されております」
「そんな風に見られてたのか」
「ですので、是非お近づきになりたく、本日は参上いたしました」
「そうか」
俺は小さく頷いた。
ローエンの顔をみた。
何となくだが、挨拶だけ、って顔じゃないと思った。
俺はストレートに聞いてみることにした。
「挨拶ってだけじゃないんだろ?」
「さすがラローズ様。本日は是非、ラローズ様にお買い上げいただきたい品物を持って参りました」
「へえ」
俺は――ちょっとだけ感動した。
知識では知っている。
買い物って言うのは、普通、店に出向いて買うものだ。
だけど、有名になったり金持ちになったりすると、商人の方から買ってくれと持ちかけてくる様になる。
金持ちとそうじゃない人間の違いの一つに、商人が訪ねてくるかどうか、と言うのがある。
俺も商人が向こうからやってくる側になったのかあ……とちょっとだけ感動した。
そんな事を思いながら、改めてローエンに聞いた。
「どんなものなんだ?」
「こちらでございます」
ローエンは懐から、丁寧な手つきで小さな箱を取り出して、俺達の間にあるローテーブルに置いた。
宝石箱くらいの小さな箱で、ご丁寧に鍵までついている。
「それは?」
「聖遺物の一種です」
「聖遺物か」
俺は鼻白んだ。
聖遺物というのは、文字通り聖人とか、聖なる存在が残したものだ。
もっと有り体にいえば【聖人とかの死体の一部】だ。
教会とかはそういうものを神聖化してありがたがっているが。
「聖遺物はあれだろ? 全部組み合わせたら聖人シモンが7つの首に130本の右腕を持つ化け物になるとかいう、あれだろ」
俺は微苦笑しながらいった。
ローエンも苦笑いした。
「はい、おっしゃる通り、ほとんどが偽物です。ですが、これは本物です」
「ふぅむ」
なんというか、どういう反応をしたらいいのか分からなかった。
俺が持ってきたのは本物だ、なんていうのは、商人の言葉のなかで一番鵜呑みにしちゃいけない言葉だ。
それでどうしようかと迷っていると、ローエンは鍵を取り出して、箱をあけた。
あけて、見せてきた。
「これは……骨?」
「はい」
ローエンははっきりと頷いた。
彼が開けた箱の中には、小さな骨が入っていた。
その骨の形は明らかに人間のものじゃなかった。
なんの骨なのかは分からないけど、人間の骨じゃないっていうのだけは分かる。
「なんの骨なんだ?」
「ドラゴンでございます」
「ドラゴン?」
「はい、聖竜王の骨――人間に使役される前の時代の、竜達を統べる存在の骨――でございます」
「へえ」
「率直に申し上げまして」
「うん?」
「竜騎士ギルドとして、この先更なる飛躍を遂げるかと思いますが、箔をつける意味でも、本物の聖遺物を一つは保持していた方がよろしいかと」
「むぅ」
「無駄に思えるかも知れませんが、名声や『格』というものは、どれだけそういった無駄に余裕を持てるのかに関わってきます」
「……そうだな」
その話は何となく分かる。
つまりは見栄ってことだ。
王族とか貴族とかは、いかにそういう無駄な見栄を張れるのかというところがある。
それが竜騎士ギルド――上位になると同じことになる、っていうわけだ。
そういう意味では、本音でそれを言ってくれたローエンは、立場が比較的に俺の味方と言うことだろうな。
だが、そうは言っても。
今はまだ、その無駄に金を使える余裕は。
『くはははははは、向こうからやってきたか』
クリス?
竜舎の方から聞こえてくるクリスの声。
ローエンのまえだから、首をかしげただけで聞き返さなかった。
『心友よ、それは買っておけ。我が色々と保証しよう』
「買った」
俺はローエンにそう言った。
クリスが保証する――何を保証するのかはわからないが――と言い切った以上、迷う必要性は全くのゼロだ。
「2万リール、で如何でしょうか」
「わかった」
俺は少しほっとした。
所持金ぎりぎりだったからだ。
これを払ってしまうとしばらくすっからかんになるが――まあ稼げばいい。
それよりもクリスを信じよう。
俺は、手持ちの教会札二万リールを払って、聖竜王の骨を手に入れた。
☆
ローエンが帰った後、竜舎の中。
クリスと二人っきりで向き合った。
『決断が早かったな心友よ』
「お前が言うことだ、疑うのは時間の無駄だ」
『くははははは、よい、よいぞ心友。その決断力もよいし、何よりその信頼に応えなければな、という気持ちになる』
クリスは上機嫌で大笑いした。
笑い声で建物自体が震える――本当に機嫌が良いときの笑い方だ。
「で、これは本物でいいんだな」
『うむ、しかし名前が違う』
「名前が?」
『そうだ、それは聖竜王の骨などというちんけなものではない』
「じゃあなんだ?」
『みるがよい』
クリスはそう言って、炎を吐いた。
吐いた炎は俺が持ってきた箱を包み込んだ。
箱ごと炎上した。
俺はクリスとの契約で炎無効の能力があるから、慌てないで持ったままでいたが。
「これは……普通の炎じゃないのか?」
『その通り、我の再生の炎だ』
「なるほど」
再生の炎は、箱だけを燃やし尽くして、骨に取り憑いた。
骨が、炎に燃やされながら、破壊どころか「再生」していく。
再生、あるいは受肉。
そういう言葉が、俺の頭の中に浮かび上がった。
やがて、骨は姿を変えて、あいくちの様な短刀になった。
「これは……体の一部じゃなかったのか」
『言ったであろう、聖竜王の骨ではないと。さっきまでのはただの擬態だ』
「なるほど。じゃあこれは?」
『レガシー・フェニックスホーン』
「フェニックス……フェニックス!?」
俺は驚き、パッとクリスを見た。
クリスはにやり、とどや顔をしていた。
『そうだ、我が何回か前に死んだ時に残した遺物で作ったレガシー、当時は神具と人間どもは呼んでいたな』
「神具!?」
俺はまたまた驚いた。
今日一番驚いたかもしれない。
竜具が竜のために使う道具なら、神具は神々がつかっていた道具と言われている。
様々な力があり、それは人間が作った道具を余裕で凌駕するもの。
普通なら、そんな太古の与太話だ、そんなのあり得ないってなるところだが。
『くははははは、心友の名声が呼び込んだな。さすがだ』
クリスが上機嫌に笑っている。
クリスが言うのなら、それは間違いなく本物だと俺は確信したのだった。
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